第19話 受難のマラコイ
身体にまとわりつくパウロの手を払いのける。
何と美しい娘だったんだろう。
「ねえ、アーサー。お願いだよ。アーサーは気持ちいいだけだから。ちょっとだけ、ね?ちょっとだけハアハアハアハア」
股間に伸びてくるパウロの手を払いのける。
完璧な無駄のない身体に、太めの眉に猫のような大きな目、瞳は紫だった。
紫のふんわりした髪が揺れ、額からはねじれながら力強く天を向く角が生え、何よりも愛らしい微笑みであった。
淫魔とは違う、血の通った美しい表情だったのだ。
「お願いだよアーサー、こんな殺生なことはないよ。しゃぶるだけ、少し口に入れさせてくれるだけでいいんだハアハアハアハア」
ベルトに手を伸ばしくるパウロの手を払いのける。
いったいお前は何をしゃぶるつもりだ。
いい加減パウロが邪魔になったので適当な部屋の前まで首根っこを掴んで引きずり、部屋に放り込む。
あとは知らん。
ドアの前で腕を組みながら、あの娘のことを思い出す。
目にした瞬間から恋に落ちた。
もう一度あの娘に会いたい。
お話してみたい!
追いかけたいがパウロを放っていく訳にもいかず早く配合種ゴブリンで魔法を解いてくれないかと思う。
意外に早くパウロは部屋から出てきたが、未だにズボンの股間部分がテント状である。
「おい、キレイな顔のゴブリンで済まさなかったのか!?」
早く彼女を追いたくてイライラする。
なんでこんな男の性欲解消を待たねばならんのだろうか。
「だって!こんなゴブリンじゃ無理だ。試してみたが、細すぎるんだよう」
部屋の中を見ると小奇麗なゴブリンは死んでいる。
まじかよ。試したのかよこれ。最後は殺すとか非道すぎるやろ。
「パウロ、俺は無理だぞ。こうなったらマラコイを追おう!」
「俺はアーサーくんなら全然、というかむしろお願いしたいけど…」
「行くぞ、パウロ!」
とにかく彼女が消えた方へ走る。
走りながら俺とパウロに【加速】をかける。
向かった先には下に向かう階段があり、階段を降りるとまた回廊であった。
見渡せるあたりには誰もいない。
「くそ!一部屋づつ探すしかないぞパウロ!」
「いや、待ってくれハアハアハアハア」
いまだ息が荒いパウロは突然、地面に四つん這いになった。
地面を顔に擦りつけ、尻を高く突き出している。
「こんな時にふざけてんじゃねえぞパウロ!」
だがパウロはすっと立ち上がり「こっちだ」といきなり走り出す。
「何だ!?なぜわかる?」
「匂いだ。俺はマラコイの匂いなら分かる。こっちだぞ!シミがこっちに続いているぞ」
床をよく見ると小さな飛沫のようなシミが落ちている。
「なんだこりゃ?」
「マラコイのだよ!ああ、匂いだけでゾクゾクするハアハアハア」
どうやら体液だそうである。聞かなければよかった。
世の中知らないほうが幸せなことは多い。
二人でシミを追い始める。
そのフロアでは配合種オークが出るようで、回廊を歩いていると何度か出会った。
イケメンで細身のオークだったが、戦う時間も惜しい。
パウロが走りながら身体を触ってくるのだ。
オークの脳を焼き切り、崩れ落ちても放って先を急いだ。
また階段があり、シミはさらに下のフロアに続いている。
(あいつどんだけ体液出しっぱなしなんだ)
ちょっとだけ男として可哀想になる。
降りたフロアではシミを追うだけで、ダンジョンの部屋には入らない。
急がなくてないけないからだ。
パウロが発情しすぎて目つきがおかしくなってきている。
時折、諦めきれないように俺の身体を触ろうとするので、ちょっと本気で殴っている。
海老ダンジョンで鍛えた拳はパウロの腕を何度も破裂させたが、すぐに治してやった。
それが良くなかったのか、変な趣味に目覚めたようで「もっと、もっと」と言いながら手を伸ばしてくるのだ。
さすがにキモいので軽く足で蹴るだけにすると、駄々っ子のような目つきになってしまったのだ。
パウロを蹴飛ばして、マラコイの匂いを辿らせる。
もはや俺には見えないのだが、パウロは匂いがはっきりと分かるのだそうだ。
走っていると、部屋からイケメンのミノタウロスが登場する。
急いでいるので脳内をファイヤーして走り抜ける。
やはり予想していたがこの階は配合種ミノタウロス階だった。
そういえば、未だに攫われた人間を見つけていない。
走っていると下への階段があり、迷わず降りていく。
マラコイの匂いも下に続いている。
階段を降りている途中から今までと違う雰囲気を感じる。
気流が下から吹上がってきているのだ。
しかも異臭である。
体臭とお香の匂いが混ざった熱い空気だった。
賑やかな嬌声も耳に届く。
警戒度を強めて階段を降りた先にあったのは、剥き出しの欲望だけが渦巻く空間であった。
能面のような美しい女と絡み合うのは人間の男たち。
農村から攫われた男たちであろう。
広いパーティー会場のようなフロアにはキャバクラのようにソファが並べられている。
ソファの間には篝火が焚かれ、お香が仕込まれているようで、あちらこちらから白い煙がもうもうと吹き登る。
見渡す限りのソファで繰り広げられている痴態である。
そこかしこでピンクの光が輝き、嬌声が続いている。
最奥には一段高い場所にドでかいソファがあり、誰よりも大きな乳房をした淫魔がM字開脚で座っていた。
そして我らがマラコイはその淫魔の股間に必死で腰を押し当てているのだった。
2~3回腰を動かすとガクガクと震えて動けなくなり、ぷしゅーっと頭の上からピンクの煙が抜ける。
その度に巨乳淫魔に全身が光る強烈なピンク魔法をかけられている。
俺は呆然とその光景を見ていた。
もうやめてあげて!マラコイが死んじゃう!と思ったら隣のパウロが叫んだ。
「マラコーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!!」
パウロは力の限り声を出すが、周りの嬌声に邪魔をされてマラコイには届かない。
焦ったパウロはマラコイの元へ飛び出し走りだした。
途中で横から淫魔に飛びつかれている。
あ!斬り殺した!
「僕は女なんて大嫌いなんだ!!!!」
パウロが何か叫んでいる。
周りの淫魔たちが一斉にピンク魔法放つ。
パウロはすべてのピンク魔法を全身で受けながら走っている。
走りながら服を脱ぎだしたパウロは走った勢いのまま、こちらに背を向けるマラコイに下半身から抱きついた。
「チェストォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
パウロはマラコイの腰を掴み叫んでいる。
二人の頭の上からプシューとピンクの煙が抜けていく。
二人の身体から力が抜ける。
巨乳淫魔は脱力しているマラコイの身体にピンク魔法を撃つ。
鬼畜すぎるやろ、あの巨乳。
俺も慌ててパウロを追うが、なんかバカバカしくてたまらない。
ちんたら走っていると、巨乳淫魔が座るソファの後ろから、のそりとマラコイの戦斧を持った紫髪の少女が現れたのだ。
愛しの我が君である。
走り出す足にも自然と力が入る。
少女は戦斧を軽く振りかぶると、パウロの首を刎ねる軌道で上から振り下ろした。
間に合え!
俺は【加速】を重ねがけをする。
世界がゆったりと動く。
のろのろと振り下ろされる斧には間に合いそうにない。
左手の青い指輪に魔力を打ち込む。
火の玉を圧縮してパウロの頭上に発現させる。
斧は火の玉にぶつかり溶ける。
手に残った柄の部分だけが振り下ろされることになり、少女は前につんのめる。
マラコイとパウロも頭上に突然現れた超高温の火の玉の熱に驚き崩れ落ちている。
熱風で肌が燃えているので【治癒】を二人に飛ばす。
少女は空振って振り下ろした柄で地面を叩いたせいで体勢を崩している。
男二人は放置して、俺は彼女の正面にたどり着いた。
顔面から地面に突っ込みそうな彼女を俺の胸で受け止める。
少女は紫色の大きな目を見開き俺を見る。
いや、俺の後ろかな、見てるのは。
少女は手を伸ばし、息を吸い込んで叫んだ!
「いやあああああ、ママーーーーー!!!」
俺も振り返るとそこには溶けた鉄で全身を焼かれる巨乳淫魔がいた。
腹部を中心に溶けた鉄を浴びた箇所は黒い穴が空いている。
下腹部には巨大な魔石があり、真っ赤な鉄が張り付き、ヒビが入り、そして粉々に砕け散ったのだ。
巨乳淫魔の身体から2つの光が現れる。
ピンク色とオレンジ色の光の玉だった。
ピンク色の玉はふよふよとマラコイに吸い込まれた。
そしてオレンジ色の光はゆっくり飛んで俺の身体に入ったのだった。
俺の腕には紫髪の全裸の少女がいた。
巨乳淫魔いた方に伸ばしていた手はだらんと垂れて、俺の肩にもたれかかっている。
「ママが~しんじゃったら~わいもしんじゃうよ~」と少女は泣いている。
「え?そうなの?」と聞いたら「わい死んじゃうでしょ?」と涙目の上目遣いで聞き返された。
なんやこの可愛い生き物は。
角がちょっと邪魔で顔に刺さりそうだけど。
「とりあえずまだ生きてるね君」
「そうだね、ママ死んだけどわい生きてる」
俺の胸に手を当てて押しのけるように身体を離す。
「お前、わいの敵か?わいらとかお客さん殺したみたいにわいも殺すんか?」
お客さんだって?
「お客さんて、ゴブリンとかオークのことか?」
「そうだ。あれらはわいらが呼んだお客さんだ。繁殖を手伝ってくれてたんだぞ」
まあ繁殖は生物の基本欲求である。
淫魔といえど繁殖行為は正しいのである。
「すまん、人間の男を助けに来たハズだったんだがな」
「人間はここのこと気に入っているぞ、わいが帰れといっても帰りよらん」
確かに農作業するよりも繁殖行為に協力する方が気持ちいい。
「俺はアーサー、君を殺すつもりは全くないよ。君、名前は?」
「わいは『おい』だよ」
いや、それは『おい、お前ちょっと来い』のおいだろう。
何かちょっと俺の境遇に似ている。
まあいい。
「とりあえずおいちゃん、このダンジョンから一緒に出ないか?」
「いやだ、わいの家はここだぞ」
そりゃあそうだ。いちいちごもっともである。
俺はおいちゃんに説明する。
ボスが死ぬとそのダンジョンは崩壊することを。
おいちゃんは両手をオーバーにあわあわと動かしながら、こまったこまった、と言う。
とにかくここにいたらダンジョンの崩壊に巻き込まれるから、と無理やり一緒に連れ出す作戦にした。
俺はおいちゃんを逃さない。もっとお話したい。
天井にヒビが入り、小石が落ち始めた。
パウロとマラコイも立ち上がっているので、手で入ってきた階段を指す。
二人は力強くうなずいた。
何のうなずきやねん、と思うが逃げる意図は伝わっただろう。
大声で人間の男たちにダンジョンが崩れることを知らせる。
男たちは部屋の隅に追いてある服を身につけるとパートナーの淫夢の手を取って階段へと殺到した。
淫夢を連れて行くのを許していいのか迷う気持ちもあるが、俺もおいちゃんを連れて行く気満々である。
むしろ同士である。
ビキビキと天井のヒビが大きくなる。
俺はおとなしいおいちゃんの手を引く。
途中、どうしていいか解っていない淫夢たちも全員階段を登らせた。
ガランとした部屋を俺とおいちゃんは眺める。
「アーサー、ママの荷物もって来るからまっててくれ」
とおいちゃんが言うので俺も着いていく。
巨乳淫魔のソファの裏には様々な色の金属のインゴットが大量にある。
おいちゃんはそれには目もくれず、総柄に細やかな刺繍が入ったローブを手にして、さあ行こうか、と俺に言う。手早くローブを身体にまとっている。
ちくしょう。せっかくの全裸がもう見れないなんて。
悔しさがこみ上げるが、目の前の金属からは金の匂いがする。
俺はおいちゃんにこの金属もらっていいかと聞くと好きにしろというので、空間ポーチに片っ端から入れていく。
おいちゃんは呆れ顔で、先に行くからな、といってローブをひるがえすと、広間を突っ切りスタスタと階段を登っていく。
俺はインゴットを全てポーチに入れると走っておいちゃんを追いかけるのだった。
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