第16話 二人の男

馬車に揺られる俺の前で、御者台に二人の男が座っている。


若い男は髪を肩まで伸ばしたガリガリで垂れ目のイケメンである。

軽そうな革の鎧で腰に薄い長剣を挿している。

背は俺より少し低い。パウロという。


もう一人のマラコイと名乗る男は真逆で筋肉質で長身の角刈りである。

歳は四十手前あたりだろう。

マラコイは革のズボンを履き、上半身は裸にスケスケのチェーンメイルを着け大きな戦斧を持っていた。


マリアの家の前で挨拶をした時からこの格好である。

街をこの格好で歩いてきたのか、と戦慄が走った。攻め過ぎだ。

チェーンメイルの隙間から見える胸毛や乳首を、見たくないのになぜか見てしまい、パウロが間に割って入ってきて二人の関係を察したのである。


一方俺は安い革鎧で腰にポーチである。

ちょっとお金を使いすぎてマリアに服代のお金を返したらほぼ残らなかったのだ。

さらに魔石を換金しようと雑貨屋に行ったが、そんな大量の現金をいつも置いてないから待てと言われてしまった。


仕方がないので減った予算に合う鎧を買った後で、他の店で魔石を買い取ってもらえばいいと気がついたが後の祭りである。

もうこれでええわと諦めて安鎧になった。


水と食料を大量に買い込みポーチに入れてある。

とにかくダンジョンでは食料が大事。

海老ダンジョンで学んだことである。


いま、マリアの父が用意してくれた馬二頭引きの馬車でダンジョンへ移動中。

馬車に屋根はなく車輪の付いた箱である。


案内人の二人は仲良く前の御者台に座り、俺は一人で後ろの箱に座っている。


二人はマリアの父に傭われた冒険者だそうだ。ダンジョン内でモンスターが出たら自分たちで倒せるからフォローはいらないらしい。

つまり、こっちは助けはいらないしお前が負けそうでも加勢しないぞ、と釘を刺されたのだ。


マラコイが手綱を持ち、パウロは何もしていない。

時折、パウロがマラコイの胸毛をぷちっと抜く。

マラコイはパウロの手を掴んで止めろよ、と言いながら俺の方をちらっと見てくるのである。


馬車に寝転んで目をつぶる。

サスペンションが効いているのかそこまで不快ではない。

特にすることもなく気がついたら眠りに落ちていた。


食事の匂いで目が覚める。

マラコイが飯を作り、パウロは地面に毛皮をひいて寝そべっていた。

身体の大きなマラコイが、パウロのコップに水を入れてやったり、スープをよそってやったりと世話を焼いている。


ダンジョンは馬車で一週間ほど先にあり、のんびりした移動旅である。


マラコイによると、このあたりは魔物があまり出ないらしく、道中は平和なものであった。


マラコイは気さくで、パウロは内気であまり喋らなかった。

だがマラコイが俺と話をしていると「マラコイちゃんと前見て運転しなよ」とか「マラコイ水取ってきて」などと言ってマラコイに絡む。


昼間は一応秘めた関係にしてくれるが、夜になってテントで二人きりになると周りが見えなくなるらしい。

俺のテントと彼らのテントの距離は日を追うごとに離れていった。


ある日、マラコイに向かっているダンジョンに何が出るのか聞いた。


「ゴブリンにオーク、ミノタウロスの目撃例もある。なぜか村の若い男だけ攫っていくので、農家が人手不足になってるそうだ」


村人が攫われると聞いていたが、まさか「若い男」だけ、だと。

マラコイとパウロのせいで、俺の脳内はピンク色の警報がガンガン鳴っている。

すごく駄目なダンジョンに、駄目な面子で向かっているぞこれは。


冷静なふりをしながら会話を続ける。

「オークは戦ったことがあるんだけど、ゴブリンとミノタウロスってどんなやつなの?」


ゴブリンは緑の肌で背が低くマッチョだという。

詳しく聞くと最初のダンジョンで出会った筋肉ダルマであった。


「あいつやばいよね、マッチョすぎじゃない?」

「おお、わかるぞ。あの筋肉。ほれぼれするよな!」

いや、そこじゃないんだよマラコフさん、と思ったが言えなかった。


ミノタウロスはマラコイも出会ったことがないらしい。

身長が三メートル近い牛人間だそうだ。

それぐらいしか情報がなかった。


もっと聞こうとしたら、パウロが「アーサー君、マラコイを運転に集中させてあげてよ!」とプンプン怒り出したのだ。

面倒くさい男である。

興味ねえよ、お前の男になんか!と言いたかった。


そんな感じで馬車は進み、7日目の昼には村の手前に着いた。

道が別れていて、片方はダンジョンへの道で、もう一つは村への道だった。


「おいアーサー、村かダンジョンかどっちに行くんだ?」

さすがに一週間も一緒にいると仲良くなる。

俺たち三人は名前で呼び合う程度には打ち解けた。

ダンジョンに行こう、とマラコイに返事を返す。


馬車はダンジョンがある山の方に進みだした。

山の麓から坂を少し上がったところで行き止まりの広場に出る。


「ここから先は歩きだ」

マラコイは戦斧を持ち、食料などを詰めたカバンを背中に背負っている。


パウロは身軽で荷物がなく、出発の準備もすぐ整ったので馬を馬車から外している。

「アーサーくんさあ、何日ぐらいダンジョンの中に入ったままなの?」


「とりあえず二日ほど入ってみて長くなりそうなら一回出るわ」

それを聞いたパウロは馬に多めに餌と水桶を用意してやっている。

それが済むと、広場の四隅に魔石を置き魔力を注ぎ込む。

魔力を注いだ石から光が地面を走る。

光は魔石同士繋がり、広場に大きな四角の線が出来た。


「パウロ、これって結界?」

「そうだよ、モンスター避けのね。馬が襲われたら勿体無いからね」


準備ができた三人でさくさくと山道を登る。

一時間ほど登った先の洞窟の奥に、銀色の波打つダンジョンの入り口があった。


後ろの二人を振り返る。

「二人ともずっと着いてくんの?」

「そうだ、仕事だからな。ダンジョンボス討伐まで見届けるまで着いていかにゃならん」

マラコイはそう言いながら戦斧の重さを確かめるように持っている。

パウロは剣を抜いて地面に刺して寄りかかっている。


「じゃあ、後ろは気にせず行くから付いてきてね」

そう言って俺はダンジョンの膜をくぐったのだった。

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