第13話 愛について
俺の腕を枕にしているペニンナが、俺の額を触りながら言う。
「この【奴隷縛】の奴隷主はもう死んでるわ、まさかあなたが殺したの?」
「まさか。急に逃げる気になったから逃げただけだよ」
「そう。今すぐこの【奴隷縛】を解除してあげる事もできるのだけれど、警護の仕事が終わるまで待ってね。私の奴隷ということで側にいてもらいたいから」
生まれてからずっと額にあったのだ。
今更、数日後になろうが気にならない。
そう伝えるとペニンナは俺の額にキスをした。
「可愛い子。可愛そうな子。今だけは私が無償の愛を注いであげるからね」
ペニンナは俺を抱きしめてくれた。
警護する会食の夜までの二日間は俺の人生で最も幸福で平和な生活だった。
ペニンナとご飯を食べ、掃除をし、ともに眠った。
ペニンナは酒が好きで、教義では飲んじゃだめなはずなのに「アーサーには全部バレてるから隠してもしょうがないわ」とけらけら笑って酒精の強い酒を飲む。
俺も一緒に酒を飲み酩酊してベッドに倒れ込む。
たくさんの話をした。
特に海老との戦いは好評で、海老人のパンチを真似た海老拳を打ってみせると手を叩いて喜んでくれた。
パシュッと光り空気が摩擦で煙になって残るのが綺麗だと褒めてくれた。
ペニンナは稼いだ金を自分が担当している孤児院の運営費にしているらしい。よくある話よ、と笑う。でも子供は宝だから、と呟く彼女を見てこの人と生きていきたいと思ったのだ。
空間ポーチから持っているすべてのお金を出す。
ペニンナに数えて貰うと孤児院を五年は運営できる額らしい。
すべてペニンナに渡した。要らないというが俺は金がなくても生きていける。
このお金は渡すから、何か俺が稼ぐ方法を一緒に考えてくれ、というとペニンナは渋々の仕草なのに満面の笑みでお金を受け取った。
なんの知識もないおれにペニンナは常識を教えてくれた。
世界についてわかっていることを教えてくれ、魔法について、お金の価値について、モンスターとダンジョンについて。
一番驚いたのは世界には千を超える国があるという事だった。
(そこまで広大だとミリアムに復讐するのはむりだろうなぁ、一発殴りたかったけど。)
【奴隷縛】の仕組みも教えてくれ、一緒に練習してくれた。自分で解除できるようにまでなり、じゃあ解除は自分でやりなよとペニンナは笑う。
「【奴隷縛】を掛けられた奴隷は魔力や特性に制約を受けるのよ。雇い主より強い奴隷だと殺されかねないからね。アーサーからこの魔法が消えたらどうなるのかしら。楽しみだわ」
そう言いながらペニンナはまた額にキスをするのだった。
煙管で煙草をプカプカと吸いながら、俺にも無理やり吸わせようとして来る。
ゴッホゴホと咽ると腹を抱えて笑う。
仕返しに右足の義足を奪う。
「昔は冒険者とかしてたのよ」
膝下で切れた足は引き攣り肉が歪に固まっている。
「治せるけど、治す?」と聞くとぶんぶん頷くので、傷口の少し上を縛るとエロンの疑似日本刀で切って瞬間に治療する。
ずるずると骨ができ、肉が付き、左足と対になる右足ができる。
ペニンナは涙を流してキスの嵐をくれる。
あっという間に三日が経ち、二人で教団幹部との会食に向かう。
呆気なく会食は何事もなく終わった。
ペニンナがレストランの入り口で幹部とひそひそと話している。
最後に握手をしてから離れて見守っていた俺の側に来た。
「お土産だって、これ」
手には二本の細長い瓶を持っていた。
ポンっとコルクの栓を抜く。
ぶどう酒だろう、ワインの良い香りがする。
星がよく見える夜で気温も丁度いい。
少し歩いた先にあるベンチに座って二人で飲んだ。
俺は気分が良くて、明日からやりたい事とかペニンナの可愛いところとか一人で喋っていた。
眠くなった、と言うと膝枕をしてくれて、目を開けていられないくらいの眠気の中で見たペニンナは泣いていた。
(かわいいよペニンナ。大好きだ。)
眠りに落ちる寸前に、ごめんね、と言われた気がしたが起きることができないまま意識を失ったのだった。
※※※
目が覚めると豪華なベッドで寝ていた。
横には蝶ネクタイをしたスーツの男がいて、コップに水を入れてくれ、暫くお待ちを、と言って部屋を出ていった。
しばらくすると豪華な食事が運ばれ、食べ終わる頃に一人の男が付き添いを数人連れて入ってきた。
「やあやあ、初めまして。私はボースマン・ピルトダウン。上帝サッリ国、魔法省で理財局の次官をしている。」
そう話し始めた男は五十歳手前の白髪混じりのオールバックの男で、快活な話し方のエネルギッシュな男だった。
「ペニンナは?」
気になっていたことを聞く。
「あぁ、そうだね。彼女は家に帰ったはずだ。どこから説明しようか、少し時間を貰う事になるが順に説明しよう」
そう言ってピルトダウンが語る話はとても自分のことだとは思えなかった。
突然現れた男に、あなたは勇者だと言われても。
ピルトダウンの説明は続く。
召喚には失敗したがこの世界に到着しているのは分かっていたので、懸賞金をかけて探していたこと。
宝くじ並の大金がペニンナに支払われたこと。
彼女からの伝言で、私のことは忘れてね、ごめんね、と言っていたこと。
「アーサーというお名前だそうですね、あなたにお願いしたいのは我が国に進攻してくる侵略国の排除です」
聞くと、軍隊に所属して他国の軍隊をボコ殴りにして欲しいらしい。
「待遇は勇者の称号と貴族階級の男爵が授与されます。首都にお屋敷と給金が支給され、生活に困ることはないのでご安心を。もっとも年間の半分以上は戦場での生活になりますがね」とピルトダウンは笑う。
不快だった。
愛し合っていたと思っていたのにペニンナのくそったれめ。売りやがったな。
愛おしかった気持ちがしゅるしゅるとしぼんでいく。
教会の幹部というのは嘘だったのだ。
目的は俺の確認である。
何かの方法で確認が取られ、間違いないと判断されて睡眠薬入りの酒が渡されたのだ。
何も眠らせなくてもいいだろうが、彼女が望んだらしい。罪悪感だろう。
突然出てきて戦争に行かそうとする目の前の男にもうんざりである。
「お断りします」
「お断りなさる、と?」
「ほう、左様ですか。ここでお断りなさると男爵位を放棄される、という事になりますが宜しいのか?」
ピルトダウンは端正に整えた眉をしかめながら言う。
「いらん、俺は自由に生きたいんだ。好きにさせてくれ」
「わかりました、男爵位は放棄ということで。」
そう言ったピルトダウンは振り向くと、メモを取っていた付添の男に、ちゃんと記録したか?と確認し付添の男がうなずく。
「じゃあ、堅苦しい話し方はやめだ。男爵位を蹴るならお前はただの奴隷だぞ。わかってんのか?」
「今までと何も変わらねえよ」
そう言ったとき、ピルトダウンが手を上げて後ろにいた男たちに合図をする。すっと前に出てきた男たちは荒事に馴れた様子で、俺の肩と腕を掴んでくる。
とはいえ海老人と殴り合いできる俺からすると大した力ではない。
「抵抗しても無駄だぞアーサー。こいつらは一流の冒険者たちだ。残念だよ、勇者様をお迎えできなくて。【奴隷縛】で拘束すると判断力が落ちるから不本意だけど仕方がない。お前の召喚には莫大な金が掛かっているのだ。せめてその分は働いて頂こう。」
そう言いながら右手を俺の額に近づけるピルトダウンを、俺は全力で殴り飛ばした。
カッ!と壁に何かが刺さる。
ピルトダウンは何が起こったのか分からないまま、右手を俺に伸ばした状態で止まっている。
その顔は鼻から下が吹き飛んでいて、生々しい肉が鼻の下で露出している。
ボタボタと血が落ち始め、ピルトダウンは顎が無くなっていることに気がついた。
俺を両側から拘束していた二人は腕を振ったときに吹き飛んで尻もちをついていた。
(やべえ、やりすぎた!まさか顎だけ吹っ飛ぶとは)
「ピ、ピルトダウンさん。ご、ごめんね。」
謝ったがピルトダウンはそれどころではない様子で顎あたりに手を持ってきては、あふあふと言葉にならない空気を口があったあたりから吹き出している。
横に倒れている冒険者たちも状況がわからず微動だにしない。
(あかん、とりあえず治さな)
俺は壁に突き刺さっている骨と肉片を取り出すが、ぐちゃぐちゃである。
グロいなあ、と思いながら血を吹き出しながら歩き回っているピルトダウンをベットに押し倒す。
マウントポジションに馬乗りになって落ち着かせる。
「治療するから大人しくしててくれよ。思ったよりあんたの身体が脆いのが悪いんだからな」
信じられないものを見る目をするピルトダウンの顎に治癒魔法をかける。舌顎がキレイに吹き飛んでいるが、上顎は歯もきれいに残り無事である。
(まずは骨から作るか)
骨、筋肉、肌の順にするすると吹き飛んだ顎が受肉していく。
出来上がった顎は髭がなくつるりとした肌だがまあ顎なしよりはマシだろう。あと最初より顎がシュッとし過ぎた気がするが、まあ所詮は他人事である。新しい顔に慣れてもらうしかない。
出来ましたよ、と言うと顎をつるつる触るピルトダウン。冒険者ふたりと書紀係の男も顔を覗き込んでいる。
寝室は血塗れである。
いつもそうだ。気がつけば血塗れになるのだ。
でも今回は生き残ってくれたからセーフである。
一体何がセーフなのかという話ではあるが。
場がいたたまれなくなり用事も済んだようなので、じゃあ、と片手を祈るように出して部屋から出たのだった。
どうやらホテルの一室だったようで、エレベーターが完備され降りた先は広いロビーで賑やかに人が行き交っている。
外に出て周りを確認するが、見覚えのある景色だったのでペニンナに文句を言いに行くことにした。
睡眠薬を使って人を売り渡すとか、愛し合っていたと思ったのにひどすぎる。
なんせ直接文句ぐらいは言いたいのだ。
ペニンナの部屋に行くが鍵が掛かっており、ならばと教会へ行く。
教会ではシスター達と何人かの子供たちが、集まって何かを囲んでいる。
ペニンナの姿はなく、近くのシスターに聞くと涙目で囲まれていた物を指した。
棺である。
覗き込むと青白い顔のペニンナが入っている。
身体にかけられた布をめくる。
胸の前で手を組むペニンナはシスターの服を着ていて死因が何かわからなかった。
ぼんやりした気持ちでペニンナを見つめる。
隣で泣いているシスターに何があったのか聞いてみる。
ペニンナが稼ぎを孤児院に入れているのは嘘だった。
ヒモの男に入れ込んでいて、昨夜は大金が入ったと大盤振る舞いをしたらしい。
そこで男が金目当てでペニンナを刺殺して逃げようとしたがすでに捕まっているという。
やるせない気持ちで一杯である。
会いに来なければ美しい思い出だったのに。
いや、売られて腹はたつが、死んだことを知りたくなかった。
ヒモって。
お前シスターやないか。
俺は教会を出てしばらく歩き、海老人ダンジョンが湖底にある池を眺める。
空には太陽が輝き、湖面はてらてらと輝いている。
(人生って本当に虚しい)
ペニンナが死んで悲しい気持ちになりたかった。
でもホストと俺を売った金をめぐって殺されるとか。
何だかなあ、である。
どうしようかな、これから。
暇だしオーク臭いミリアムでも探す旅に出ようかしら。
はぁ。ため息を吐く。
とりあえず、【奴隷縛】を解除しよう。
重い気持ちでペニンナに教えてもらった解除の魔法を自分にかけたのだった。
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