5-6.
春日原に先導されながら、一同は船内を移動していた。
「あの文章は問題と言うより、次の場所をそのまま示していると思います」
「乾杯といえば、お酒だよね。お酒が飲める場所? 船内のほとんどが該当すると思うけど」
もちろん、ルームサービスを頼めば自室でも飲める。
「……星空……。空が見えるような、屋根のないところってこと……?」
俺のほとんど独り言のような呟きを聞いて、花枝嬢がパチンと指を鳴らした。
「わかった! スカイデッキのバーラウンジだ!」
スカイデッキは最上階のことだ。俺はプールやテニスコートなどの設備があるらしいということしか知らなかったが、さすが生粋のお嬢様は、船内施設をきちんと把握している。案内冊子を貰ったものの、充実しすぎていて目が滑っていた俺とは頭の出来と経験が違う。
「バーラウンジで乾杯したら何か起きるのかな。参加してないお客さんが偶然行くってこともあると思うけど……」
「そこで、部屋番号ですよ」
「部屋番号? E二○四号室?」
俺は春日原の言わんとすることを、ようやく理解した。
「……そういえば、ルームサービスにも、番号が振ってあった」
「つまり、部屋番号がメニュー番号?」
青山が追随する。
「待って、確かEはイブニングの略で、夜限定メニューだよ。ああ、それで『今行っても何もない』なのね」
「もしかしたら昼間でも注文できるかもしれないので、一応確認はしてみますが」
「うん、彩菜もいるかもしれないし。……ところで青山くん、ホールで言ってた歌ヶ江くんの話、聞かせてよ」
「言わなくていい……」
ご令嬢の耳に入れるような話ではない。
「僕も聞きたいです」
春日原、促すんじゃない。
「そこまで期待されると、ちょっとがっかりさせちゃうかもしれないけど……」
どうやら青山も話したかったようで、頭を掻いてから話し始めた。
「僕たちが同じクラスだった高校一年の一学期、採点前の期末テストの答案が、僕たちのクラスの分だけ職員室からなくなったことがあったんです。それを歌ヶ江が見つけてくれて」
「へえ。どうやって?」
「もちろん推理してですよ!」
自分のことのように嬉しそうに話す青山。――まあ、彩菜嬢のことでずっと落ち込んでいるのを見るよりは良いが。
「……推理とか、大層なものじゃ……」
「真犯人を指摘して、疑われてた僕の身の潔白を証明してくれたんだから、れっきとした推理だよ! 歌ヶ江には関係ないことなのに、一人で職員室に来てくれてさ」
青山は目を輝かせ、鼻息荒く花枝嬢を見る。
「今みたいに落ち着いた感じで、堂々と『青山は答案を盗んでません』って言ってくれたんですよ!」
実際のところは堂々どころかぼそぼそと言っただけだ。それに記憶が確かなら、『盗んでません』ではなく『盗んでないと思います』と言った。やはり青山の中で脚色が進んでいる。
「歌ヶ江くん、案外正義感が強いんだね。面倒くさがりが勝つかと思った」
俺は首を振る。
「……周りの空気が、悪くなるのが嫌で」
あのままでは、青山はいじめの対象になっていた。もちろん加担するつもりはないが、見て見ぬふりをしても要らぬ罪悪感に苛まれる。
かと言って、積極的にクラスメイトから青山を庇うほど仲が良いわけでもなく、ましてやクラス全員を敵に回す気概もない。
「……ただの自己中です」
自分が嫌なことを回避するための解決策をぼんやりと考えていたら、急に辿り着いた答えが、たまたま当たったというだけだ。
「ひけらかさないところもかっこいいんだよ」
ばしばしと背中を叩いてくる青山。そういえばあの時も、同じように背中を叩かれた。気は紛れたようで何よりだ。
「あ、あの上がスカイデッキですね?」
話しているうちに、いつの間にか結構な距離を歩いていたようだ。春日原が指さす先には扇状の階段があり、四角く切り取られた青空が見えていた。
*****
スカイデッキのバーラウンジは、屋根と全面ガラスの壁に囲まれたスペースの外に開放的なテラス席がある、居心地の良さそうな落ち着いた空間だった
「星空と書いてあったことから考えても、やっぱり夜来るのが正解なんだと思います」
閑散とした店内を見回し、春日原はカウンターへ寄っていく。
「すみません、E二〇四はありますか?」
高めのテーブルに両手を掛けて、バーテンダーへ上目遣いで訊ねた。E二〇四が酒だったら、出してもらえないのではないか。
「申し訳ございません、お客様。E二〇四は夜限定メニューとなっております」
しかしバーテンダーは何の動揺も見せず、愛想良く微笑んだ。恐らくは他のEの付くメニューを訊ねられても同じように答えるだろう。
「せっかく一泊二日なのに、あんまり早く解けたら面白くないものね」
予想していた通りの返答に、花枝嬢は笑った。それから、バーテンダーへの質問を変える。
「じゃあ、夜にテラス席を予約できる? それと、E二○四を五つ」
「畏まりました」
今度は快く応じてくれた。
「宝探しにばかり忙しくなって、本来の豪華客船の旅が楽しめないのも本末転倒ですから、謎解きは程々に、ということですね」
「じゃあ、のんびり待ちましょうか、夜まで」
「はい」
カウンター席のハイチェアーに優雅に座る花枝嬢と、頷いてその隣にさっさと座る春日原を見て、
「あの、その間に彩菜さんを探しに行かないと……」
さすがに青山が怪訝そうに進言した。それを見て、俺は気付く。
気付いたものの、少し言うのを躊躇った。何か理由があるのなら、ここで軽率に言わないほうがいいのでは。
しかし、これ以上は青山が可哀想だ。俺は腹を決めた。
「……一度、涼城さんの部屋に戻ろう」
ちらりと春日原を見ると、いつも通りに微笑んでいた。
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