6-5.
美味しいはずの昼食を味がしないまま言葉少なに食べ、夫婦に礼を言って足早に外に出た。
アパートに戻る道すがら、春日原が呆れた様子で薄曇りの空を見上げた。
「歌ヶ江さんのストーカーは、川崎さんだったわけですね」
洋食屋で俺のことを聞いた女というのも、おそらくは。
「メイクと髪型が違えば、免許証の写真と印象が違うことなんてしょっちゅうですからね……」
飯島刑事も頷いた。皆が春日原のように顔を覚えるのが得意なわけでもない。本人が顔を覚えられないよう変装していたなら尚のことだ。
「……川崎沙耶花は、アパートの管理を委託されてる不動産屋に、一月から勤め始めたばかりだったそうだ」
権藤刑事は、ため息代わりに鼻から深く息を吐く。
「……ええっと……。要するに川崎さんは、お正月に神社でぶつかった歌ヶ江さんに一目惚れして、後を付けるか何かして住んでるアパートを突き止めて、それからひと月もしない間に不動産屋に就職して合鍵を手に入れて、ずっと部屋に侵入する機会を伺ってたってことですか……?」
飯島刑事の言う通りなら、あまりにも迸る愛と行動力だ。どれだけ愛されていたとしても全く嬉しくはないが。
「歌ヶ江さんが通りすがりに注目されるのはよくあることですが、迂闊でした」
実は春日原は、俺が時々盗撮されていることには気付いていたらしい。
「毎回同じ人物かどうかまでは確認できませんでしたし、様子を見ていたんですけど……。こんなことになるなら、最初に気付いた時に捕まえて、警察沙汰にでもしておくべきでしたね」
春日原が肩を落として申し訳なさそうにしている。が、俺は全く気付いていなかったので、彼が気に病むことではない。むしろ俺が気にしないように、今まで言わないでいてくれたのだろう。
「まあ、これで被害者がどうやって部屋に入ったのかって謎は解けたわけですね」
春日原が、わざと明るく言う。
「代わりに、犯人が誰なのかわからなくなりましたけどね……」
しかし、刑事たちの顔は浮かない。ストーカーイコール犯人ではないとすると、じゃあ一体、誰が川崎と鉢合わせたというのだろう。
*****
検証が続く現場、もとい俺の部屋に戻ると、いつかも見た鑑識の早坂と話していた若い男性刑事に、権藤刑事が声を掛けた。
「おい、他の住民の証言は出たか」
「はい、二階の住人と、一階に住む男性には確認が取れました。二つ向こうの部屋は夜勤で在宅しておらず、隣の部屋の男性も特に不審な物音は聞いていないそうです。一階の男性も、その時間は既に寝ていたと」
「……一階の……大家さんなんですけど……。ちょっと耳が遠いので……。寝てたらホントに、何も聞こえてないと思います……」
「ええ、話を聞くのが大変でした」
大家さんは七十代半ばほどの小柄な男性で、奥さんを亡くして一人で暮らしている。お喋り好きだが、ハキハキと喋れず大きな声を出すのが得意ではない俺とは相性が悪い。
「他の部屋の住民と交流は?」
「……ほとんどないです……。ゴミ捨ての時に、たまにすれ違うくらい……」
引っ越し挨拶に来た住民も、今は一切交流がない。俺よりも前から住んでいる入居者や挨拶のなかった入居者に至っては、同じ階の住民なのか、一階の住民なのかもよく知らない。相手も似たようなものだろう。
「なるほど……」
刑事たちと一緒に、春日原がふんふんと頷いている。うっかり視線が集まり、
「何ですか?」
あざとく首を傾げた。
「いつもの口出しは、洋食屋で終わりか」
どうやら権藤刑事には、毎度春日原が俺に犯人を指摘させていることがバレているようだ。昼食を提案したのも、あの店の夫婦が外をよく見ていることを知っていて、目撃証言を聞きに行きたかったからだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。……ちょっと確認してほしいことがあるんですけど」
開き直った春日原は、ひそひそと刑事たちに耳打ちする。顔を上げた権藤刑事は不満そうなジト目で春日原を睨んだ後、飯島と男性刑事を顎でしゃくった。
部屋を出て行く刑事たちを見送ると、春日原は俺を見上げて言った。
「今回は、歌ヶ江さんに頼らなくて済みそうです。歌ヶ江さんは、安心してホテルでも探しててください」
そうだ、この部屋がこうなってしまった以上、もう住む気にはなれない。せめて今日泊まる場所だけでも見繕わねば。
「……ていうか、犯人、わかったの」
スマートフォンを取り出して近隣の宿を調べようとして、ふと春日原を見た。
「概ね、間違いないと思います」
誰よりも頼り甲斐のある小柄な少年は、アハハと緩く笑って頭を掻いたのだった。
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