第156話 妖怪軍団
入って来たのは御前試合にエントリーされていた剣士たちだ。どいつもこいつも、胡散臭い奴らだと思っていたら、案の定。どうやらみなさん、妖怪さま御一行だったらしい。
妖怪
白い着物の裾をひきずった柳腰の女性、雪村
妖怪雪女である。
そして、こげ茶色の着流しに、大刀を落とし差した隻眼の浪人。手に蛇の目傘を下げている。人の姿をしているが、おそらくは妖怪唐
「ふはははははは。いまのお江戸は百鬼夜行、魑魅魍魎が跳梁跋扈よ」
隠神刑部が白い牙を剥いて、嘲笑する。
「おまえらプレイヤーが5人、6人歯向かったところで、何がどうにかなるものではない。おぬしらまとめて、この本丸御殿から生きては返さぬ。一人残らず平らげてくれようぞ」
獣の声で笑う刑部が、食欲を抑えきれずに口の端からよだれを垂らし、それを長い舌でぺろりと舐めとる。
だが、そのタヌキの妖怪を嘲笑うように前に出た者がいる。
よちよちと短い足で歩く、顔だけイケメンの胴長犬、イガラシ。
彼女は大兵の刑部も、血刀を下げた劍禅すらも恐れず間を詰める。そして口元をニヒルに歪めて、シャープなマズルで夜空を見上げ、煌々と蒼く輝く満月を指さした。
「今夜は、月が綺麗だね」
「これが句会だったら、良かったのにな」
劍禅も無表情に前に出る。彼はイガラシもカエデも、陽炎すらも斬る気でいる。
だが、最強の剣士が間合いを詰めても、短足犬のイガラシは引かなかった。
「知らないようだから、教えてあげるよ。満月の夜にあたしの相手をするのは、ちょっと骨が折れるってことをね」
言い終わらぬうちに、イガラシの変貌が始まった。食パン色の毛皮が、みるみる銀色に染まり、身体が膨張を開始する。尖った耳も、シャープなマズルもそのままに。ただし手足はぐいぐい伸びて、筋肉が盛り上がり、ふさっとした尻尾が彗星の尾のように後ろへ流れる。
イガラシの身体は、たちまちのうちに八頭身の美しい獣人、ライカンスロープへと
「ぬ」
ひとこと呻いて、劍禅が間合いをとる。
「あたしの毛皮に、刀の刃は利かないよ」
銃弾のようにダッシュした人狼が劍禅に襲い掛かり、するどい鉤爪を一閃させる。劍禅は超人的な反応速度で、イガラシの攻撃曲線をすり抜けると、白刃を一閃。鋼の雷光を一刀浴びせる。
が、その刃が、肘で受け流すイガラシの白銀の毛皮を舐め、刃がじゃりっと滑る。
「むっ」
呻いて、鉤爪の第二撃を躱す劍禅。すかさず、返す刀の払い斬りを放つ。
「だから、効かないっての!」
毛皮の厚い背中で刃を弾いたイガラシは、開股して地を這うような低い構えにシフト。
獣人の巨体を、子供の背丈くらいまで低くした体勢から、全身を赤いオーラに燃え立たせる。
「喰らえ! ビースト・ドライブ……」
ばっと血しぶきがあがった。
逆袈裟に斬り上げた劍禅の甕割刀が、イガラシの脇腹を裂き、血煙が噴き上がる。
「っ!」
声にならない呻きを上げて、イガラシが切り裂かれた腹をおさえる。その鉤爪の間から、ぼたぼたと血が零れ落ちる。
「な……」
なぜと問おうとするイガラシの言葉は、声にならない。
だが、劍禅は淡々と語る。
「剛い毛皮が刃を弾くのなら、毛並みに逆らって斬ればいいだけの事。あまり剣客を舐めぬ方がいいな、犬っころ」
「くっ」
屈辱と怒りの炎にイガラシの目が燃え上がる。だが、ばっくりと裂けた脇腹から零れ落ちる血と内臓は止まらない。
「ヒール!」
だが、そこへ死織の呪文が朗々と響き渡る。
クレリックの回復魔法が、イガラシのダメージを消し去り、がっつり短くなったHPバーを復旧させる。
「あ、ありがとうございます。死織さん」
イガラシはすぐさま、両手の鉤爪を開いて、体勢を立て直し、構えを取る。HPは回復し、傷もすぐさま消えたのだが、だからといって受けたダメーじがなかったことにならないのが、VRゲームの厳しいところだ。
一度瀕死にされた記憶は、システムはどうあれ、プレイヤーの心に心的外傷として残る。痛みが消えてもそれでも痛むような幻肢痛と、受けたダメージの受傷記憶からくる敗北感の刷り込みは、回復魔法では癒すことのできぬ、プレイヤーに与えられる絶対値の被破壊感覚であるのだ。
イガラシの獣化でこちら向きに変わった流れが、いまの劍禅の一刀でふたたび敵の手に渡る。
勢いを得た隠神刑部が号令を放つ。
「一気に掛かれぃ!」
広間の妖怪どもが飛び出した。
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