第120話 中二病の白拍子
「あれ、なんで、ここにいるの? 柳生ちゃん」
「おまえこそ、なんでここにいる。ってか、柳生ちゃんじゃないし、ソラララトフだし」
柳生ちゃんは不機嫌そにう口をとがらせた。
「その恰好、陰陽師ですか?」
以前のクエストでヒチコックの師匠ともいえるコヨーテを倒した、片目に眼帯をしていた狙撃手、柳生ちゃん。
ヒチコックにとってはいわば敵だが、たぶん悪い人ではない。
その柳生ちゃんに、なぜかここ、お江戸で再会するとは。
ヒチコックはちょっと驚いて、柳生ちゃんの和風衣装に目をぱちくりした。
今日の柳生ちゃんは、白い豪華な着物を着ていた。赤い飾り紐のついた、袖の超長い羽織、千早という名前の着物らしい。袴は鮮やかな緋色。ただし、足元がすぼまっていて、裾は広がっていない。ちょっと動きやすそうな感じ。まさに妖怪と戦う陰陽師の格好だ。
ただし、髪の毛は紫のショートボブのままだし、片目にはやはり眼帯をしていて、そこだけ中二病だ。でも、今している眼帯は、ちいさい刀の鍔で、そこはお江戸を意識しているのかもしれないし、ちょっとしたお洒落のつもりかもしれない。
そして、頭には平安時代の偉い人みたいに、黒くてさきのとがったコック帽みたいなのを被っていた。
「
「あ、エボシっていうんですね」
訂正されてしまった。
「あと陰陽師ではない。
「なんすかそれ」
「こういう格好をして、踊る仕事」
「え? アイドルみたいですね。スナイパーじゃないんですか?」
「江戸にスナイパーなんて職業はない」
柳生ちゃんは不機嫌に口を尖らせる。
「あたしは、これです」
岡っ引きだと教えるために、十手を抜いた。が、その瞬間柳生ちゃんは電光石火の早業でヒチコックの右手首をおさえ、反対の手で銃を抜いていた。
銀色の銃口が、ヒチコックの喉に突き付けられている。
どうやら、ガンマンにありがちな、攻撃されそうになると、反射的に銃をぬいてしまう病気のようだ。
だが……。
「え?」
ヒチコックはかすれた声をもらす。
「どうして、銃が使えるんですか?」
ふっと一息吐いて、柳生ちゃんは銃をおろす。
「すまん、反射的に抜いてしまった。銃はな、裏技で使えるようになる方法がある」
千早の中に銀色の銃をもどそうとする柳生ちゃん。
「え? それどんな裏技ですか? 教えてくださいよ。ってか、その前に、その銃! なんすかそれ! そんな銃、みたことないんですけど!」
「大きな声を出すな」
とたしなめる柳生ちゃんの口元は、うれしそうに歪んでいる。むふんと鼻息を荒くして、しまいかけた銃を出してくれる。
銀色の、びっくりするほど美しいデザインの銃だった。
すらりと伸びた銃身はリブ・バレルになっている。
リブ・バレルとは、ショットガンやコルト・パイソンみたいに銃身の上に四角いスリットが等間隔にあいているあれだ。
そして、シンプルでぶっとい銃把は、斜め下にストレートに伸びていて、黒いピストルグリップがはまっている。
シリンダーがないのでオートマチックピストルだと思うが、スライドはない。お尻のところに大きなつまみがあるだけ。まるでSF映画にでてくる未来のレーザー銃のようだ。
洗練され尽くしたデザインが、シャープでクールだ。
「なんだ、おまえ。オートマグを知らんのか」
柳生ちゃんの声が露骨に鼻にかかる。超自慢げなドヤ顔。
「『ダーティー・ハリー1』のセリフは知っていても、『ダーティー・ハリー4』を観ていないとは、とんだド素人だな」
「オートマグ……、って、マグナムなんですか!? しかも自動拳銃! デザート・イーグル以外にも、そんなもんあるんですね!」
「あんなポンコツと一緒にするな」
「だって、自分だって持ってたじゃないですか」
「ふん。デザート・イーグルをレア素材で強化改造しないと、これは作れんのだ」
柳生ちゃんの背はヒチコックと同じくらいだが、すごい上から目線でヒチコックのことを見下ろしてきた。
が、「あ、そうだ」といって、ふいに真顔になった。
「おまえ、そういえば、すごいマグナム・リボルバーを持ってたな。ありゃなんだ? ルガー・レッドホークに見えたが少し違う気もしたんだが。でも、あの音は454マグナムであろう?」
「いや、あれは、コヨーテさんって人にもらった奴で、レッドホークとかじゃなくて、バフバスター……」
「なんだとっ!!」
いきなり襟首を摑まれて、喉元にオートマグの銃口をつきつけられる。ヒチコックは首を締め上げられて呻いた。
「バフバスターなんて、『ハルマゲドン・ゼロ』に出てくるのかっ! 教えろ。作り方を教えろ!」
「いや、あれは」顔をのけぞらせて、ヒチコックは説明する。「コヨーテさんが作ったっていってました」
「自作武器か。見せろ、いや見せてください。どんな出来なんだ? 仕上げは良いのか? ポリッシュは? トリガープルは軽いのか? グリップはラバーだったみたいだが」
「いえ、あたし、岡っ引きなんで……」
「そ、そうだったな」
冷静になった柳生ちゃんはヒチコックのことを放してくれた。
「柳生ちゃん、あたしにも銃を使える裏技教えてくれたら、きっとバフバスターを見せてあげられますよ」
ちょっとズルい考えでヒチコックは提案してみた。
「ふん。生業だ」柳生ちゃんは全部は教えず、ヒントだけをくれる。「銃が使える生業が、じつは江戸には、なくもない。レアだがな。それを習得すればいい」
「それって白拍子ですか?」
「ちがうな。これ以上は教えられん。が、万が一その生業を習得出来たら、あたしにバフバスターを見せろ。そうしたら、あたしのオートマグも触らせてやる」
「えー、ほんとですかー。それ、約束ですよ」
「スナイパーは嘘つかない」
「ときに、おまえ。こんなところで何してた?」
「ああ、辻斬りの捜査ですよ」
「ふん。やめておけ。いま噂の辻斬りは妖怪だぞ。つまりダーク・レギオンだ。下手に手を出すと、おまえ、殺されるぞ。あいつらは、この街のシステムに入り込んでいる。普通のプレイヤーの手に負える敵ではない。そんなのは運営に任せておけばいいのだ」
「いやー、でも、町方も追ってますし、幕府クエストも受けちゃいましたから」
「ほお」
柳生ちゃんは赤い隻眼をすっと細めた。
そして、ふっと背中を向けると、するすると去ってゆく。振り返りもせずに。
だが、 ヒチコックに忠告だけは残していった。
「だったら、注意しろ。いいか、幕府も町方も奴らに操れらている。そこのところを忘れるな」
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