第118話 クエスト・クリア、のはず……


 ヒチコックの視界に表示が出る。

『死織さんが、「妖怪ハンター」の称号を獲得しました』


 そして、怪物がきらきら光って細かい粒となり、昇天してゆくと、周囲から拍手喝采が巻き起こる。


「すごいな、姉ちゃん」

 屈強な馬子たちが目を丸くしている。


 駕籠かきも茶店の女中も手を叩きながら、うんうんとうなずいていた。

 真冬なんかはもう羨望のまなざしで死織を見ていた。


 すっかり死織にいいところを持っていかれたヒチコックだが、腐ることなく助けた女の子のところへ行く。

 びしょ濡れの女の子は、まだ咳き込んでいたが、ヒチコックが近づくと、立ち上がり、深々と頭を下げる。


「ありがとうございました、岡っ引きの旦那。なんとお礼を申せばいいのか」


 そばにいた背の高い女性も、深々と頭を下げる。

「ほんとうにありがとうございました。もう少しで、うちのお嬢様が大変なことになるところでした。ぜひ、このお礼はさせていただきます」

 と言ってヒチコックにずいと詰め寄る。


「いや、いいですって。岡っ引きとして当然のことをしたまでですから」

 ヒチコックは濡れた袖を絞りながら笑う。


「いえ、そういう訳にはいきません」

 お嬢様の方も、ヒチコックにずいと詰め寄った。目がすっごく大きくて、小顔の可愛い女の子。今はずぶ濡れだが、髪に刺したかんざしも、着ている着物も、すっごく高そうなやつ。きっとどこかのお嬢様にちがいない。


「自己紹介が遅れました」

 お嬢様はきりっとした表情になって、ヒチコックをまっすぐ見つめる。

「わたくしは、廻船問屋『越後屋』の娘で光希と申します。このお礼は、のちほど絶対にさせていただきます。本日は本当に、助けていただきありがとうございました」


 可愛くて、なおかつ、きりっとしたところもある美人だった。なんか強烈なオーラを感じる。

 さきほどヒチコックの視界に彼女のHPゲージが表示されていたことから、この光希がプレイヤーだということが分かる。きっと油断さえしていなければ、強い人なのだろうとヒチコックは予想した。


「本来お嬢様のことは、供であるわたしが守らねばならぬところを」長身の女性がもう一度頭を下げる。「なんとも不甲斐ないことでした。もし万が一お嬢様にもしものことがあれば、この佐々木、喉を突いて自害しなければならないところでした。本当にありがとうございました。此度は親分さにんは、なんとお礼をいっていいのか分かりません。いずれたなの方から使いを出しますので、親分さん、どうぞお住まいをお教えください」


「いやいや、いいですって」

 ヒチコックがへへへと照れていると、近づいてきた死織が声を荒げた。

「おい、ヒチコック。なんだあれは! 危ないからダーク・レギオンとは戦うなって俺は言ったよな。しかも、河童相手に水中戦を挑むなんて、どういう了見だ。いまのバトル、おまえ、死んでいてもおかしくなかったぞ!」



「いいじゃないですか。死ななかったし、敵には勝ったし。光希さんだって助けられたんですから」


「ふざけんな!」

 また怒鳴られた。

「いいか、ヒチコック。ここでは二度と敵と戦うな。今度その約束破ったら、そのときはおまえとのパーティーは解消だからな」


 さすがにヒチコックも腹が立ち、むっと口をとがらせた。

「別に死織さんとのパーティー解消でも、あたしは構いませんから。あたしは正しいと思ったことをしただけですから」


「ふん、勝手にしやがれ」

 死織はくるりと背中を向けると、すたすたと歩き去ってしまった。


 ヒチコックも頬を膨らませ、脱ぎ捨ててあった羽織を拾いに行く。


 ──河童だって倒したし、これでクエスト・クリアじゃないか。


 ヒチコックは腹立ちまぎれに、取り縄を結んだ柳の幹を蹴飛ばした。が、そこであれ?と思う。

 いま河童を倒したから、クエストはクリアのはず。なのに、その表示が出ていない気がする。

 慌ててクエスト画面を呼び出し、クエストを確認する。クリアしたはずのクエストは、勝手にアップデートされていた。タイトルが変わっている。


『江戸に巣食う妖怪どもを退治せよ』


 ──なにこれ。こんなことあるの?


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