第113話 賭場の遊び人
真冬に神田上水の場所を聞いたヒチコックはさっそく偵察にいってくると息巻いていた。
「俺と真冬さんは、夕方になったら、水野家の賭場に行く。おまえはどうする?」
死織がたずねると、ヒチコックは頭を掻く。ちなみに、彼女の髪型は中学生まんまのおかっぱ。頭を掻くのに、笄はいらない。
「いやー、あたしはやめときます。博打はもうこりごりですよ」
「それ、まともな中学生のセリフじゃないからな。ま、いいや。今晩は長屋で大人しくしてろや。明日の朝、ミーティングしよう。夕方までには切り上げろよ。それと、河童に出会ったら、まっさきに逃げろよ」
「任せてください。逃げるのは得意ですから」
ヒチコックは胸をどんと叩く。
なんかその自信満々な様子が、死織にはかえって心配だったが。
お化け長屋にもどり、金太郎の部屋の障子を叩くと、イケメンの浪人は眠そうな顔で出てきた。暇なので、すでに一杯ひっかけていたらしい。死織が、水野家の賭場を案内してくれと頼むと、彼は快諾してくれた。
軍資金はすべて死織が都合するという条件で、真冬と三人、陽が傾くのをまって長屋をでる。
にぎやかな町人地から、武家屋敷がならぶ武家地に入ると、人通りがぐっと減る。
四角い瓦をはりつけて白い漆喰で斜め格子に編んだような「なまこ壁」がえんえん続く迷路のような道を、金太郎は迷うことなく進み、二人はそのあとについてゆく。
空はすでに夕焼け。帰りは夜になるだろう。
「金太郎殿は、お江戸に入り込んだダーク・レギオンの噂はなにか聞いていなさるかい?」
死織は世間話でもするみたいに、軽い口調でたずねてみた。
「ダーク・レギオンかい?」
前を歩く金太郎は長身。着流しの上からでも鍛えられた肩と背中の筋肉がわかる。袴をつけていないので、歩くたび引き締まった尻と腿が布地を透かしてうかがうことができた。
「やめときなよ、死織さん」
肩越しに、ちょっとだけ振り返る素振りで金太郎は話をそらす。
「余計なことに首を突っ込むと、消されちまうぜ」
低く告げてから、足を止めて振り返り、にやりと笑った。
男前の
「賭場というのは」かわりに真冬が口を開く。「寺社で開かれたり、武家屋敷の
「水野家の中間部屋なら、単純な丁半博打だな」袂に手を突っ込んで、袖をふりながら前を歩く金太郎が軽く振り返る。「
「へえ、そんなのあるんですかい」死織は軽く自分のステータス画面を確認する。たしかに、『生業スキル』という欄にそんな名前の物がある。
「お、ここだ、ここだ」
金太郎が声を上げ、ここまでずっと傍を歩いてきた塀の裏門を指さした。裏門といっても大きい。金太郎が顔なじみらしい門番にあいさつして、脇にある小さな木戸を開けてもらう。
「いちおう、だれでも入れるんだけどな」
解説しつつ、案内をことわり、要塞のように大きい武家屋敷の中を我が家のように進む金太郎。
高い塀に囲まれた中は、まるで森。樹木にさえぎられて、どこに屋敷があるのか分からない。陽が暮れはじめ、空はまだ夕焼けで赤く染まっているが、深い森ともいえる武家屋敷の敷地内はすでに夜の
しかし、広い。町人の長屋はカプセル・ホテル並みに狭いのに、大名の屋敷はどこぞのリゾート施設のように異様に広い。これが身分のちがいというやつか。
森を抜けることしばし。
行く手に灯籠の火が見え、明かりの灯る長屋が姿を現した。それが中間部屋である。
「中間部屋は、塀の上にあることも多いんですよ。防犯上の理由から」
真冬が説明する。
「ま、大名屋敷の防犯なんて、ザルもいいところだけどな」
金太郎が付け加える。
室内は博徒たちの熱気でむんむんと盛り上がっていた。こういう熱気はいつの時代、どこの世界でも一緒だ。人いきれと興奮。一種の熱狂が支配している。
金太郎と真冬は入口で刀をあずける。その間に死織は帳場で小判を払い、木札のコマを借りた。それを半分金太郎に渡し、二人で白布がまぶしい盆台の前の、空いた場所に腰を下ろす。
真冬は博打はやらないらしく、死織の斜め後ろにちょこんと正座した。
盆台を前にして、もろ肌脱ぎのツボ振りがおり、時代劇でおなじみの、ツボの中身を見せてそこにサイコロを投げ込み、「入ります」と告げると、ぱっとツボを一振りして盆台の上に伏せる。
「さあ、どっちもどっちも」
仕切り役の中盆が声をかけ、盆台を前にした中間や職人や商家の手代とおぼしき男たちが、つぎつぎとコマを台の上に並べる。
「はい、丁方ないか、丁方ないか」
死織はすかさず生業スキルである『宵越しの金は持たねえ!』を発動させた。
盆台の上で伏せられたツボを見つめると、視界のなかに「丁」の文字が表示される。
死織は金太郎に目配せし、「丁」に貼った。
「はい、コマそろいました」
ツボがぱっと開けられ、中のサイコロが姿をあらわす。
「はい、イチニの半!」
外れである。死織と金太郎はコマを取られた。
そのあとの勝負も負けた。生業スキルを発動させたにも関わらずだ。
「おい、だんな。どういうことですかい」
死織は小声で金太郎にたずねる。
「ああ、『遊び人』の生業スキルだからな。たしか八割は外れるらしい。『宵越しの金は持たねえ』とは、よく言ったものさ」
「はあ!? 八割外れる?」死織は思わず大声をだした。
周囲の注目を集めてしまい、かるい会釈でごまかし、気を取り直して金太郎に小声で突っ込む。
「八割外れたら、役に立たないじゃないですか。だいたい……ん? ……まてよ」
そこで気づいた。
──八割外れるなら、逆に賭ければ、八割当たるってことじゃん!
そこから二人は大反撃。
どっかんどっかん賭けて、三連続で勝った。が、こういう場所であまり勝ち続けるのは危険だ。死織は一度わざと、負け。そのあと小さく勝って、それで勝負を終わりにした。
そもそもが、ここには儲けに来たのではない。クエストの手掛かりを摑みに来たのだ。
危うく忘れるところだった。
死織は賭場の中を見廻し、それらしい男がいないか確認する。そう、フラグとなる男だ。プレイヤーではなく、おそらくはNPC。
たまに勝負に参加しながら、幾人かに話しかけてみたが、それっぽいリアクションは返ってこない。あるいは今夜は来ていないのか。それとも時間帯がちがうのか。
賭場を一周してもどると、金太郎が帳場でフンドシ一丁の半裸になって正座していた。
「おい、金太郎の旦那。どうしたんですか?」
びっくりして死織が声を掛けると、金太郎は楽し気に笑う。
「すまん、死織ん。大博打に負けて身ぐるみ剥がされた。すまんが、ちょっと軍資金を工面してくれねえか」
唖然として、後ろに座る真冬を振り返ると、彼女は苦笑して肩をすくめ、両手のひらを上に向ける。
死織は仕方なく、金太郎の負け分十両を肩代わりしてやった。
「金太郎さん、いまから俺、あんたへの敬語やめるわ」
「面目ねえ」
このときも真冬は笑っていた。
事件が起こるのは、その帰り道だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます