死織はひとり、巨大な敵と対峙する
第41話 勇者の立ち位置
死織は、ドスレの池と、酒場『勇者の背中』の中間あたりに立っていた。立ち位置は最初から決まっているのだ。村の中央、池の10メートルほど奥、酒場の8メートルほど手前。
この位置の地面に、石畳のレリーフよろしく、青銅のプレートが埋め込まれている。
『勇者の星』。
祭りでは、勇者役の男がここに立つらしいが、いまは『勇者祭り』ではなく、伝承にのっとった飛竜狩りの本番。ここに立つのは勇者役のNPCではなく、本物の勇者である。そしてそれが、今回は死織というわけだ。
彼女は軽く腕組みし、肩幅に足を開いて待っていた。案外強い風が、彼女のチャイナ・ドレスの裾をはためかせ、美脚の太もも辺りまで露出させてくる。
すでに村の大鳥居の向こうからは、光撃飛竜ギャラルガーの鳴き声が響いてきていた。同時に、どどどどど、と地面を蹴って逃げてくる羊の群れの足音も近づいてきている。
いよいよだ。死織の全身を緊張が走る。これから、最高難易度の格闘が待っている。
相手は巨大な飛竜。素手で倒せる相手では、ない。
わっとばかりに、大鳥居をくぐって羊の群れが押し寄せる。羊毛の絨毯に交じって必死の形相で走る羊飼いのピーター。ヒチコックはまだか?
相棒のガンナーよりもさきに、巨大な飛竜が黒い身体を現した。
天に届くような長い首。その先端の禍々しい三角形の頭部。あり得ないくらい大きな両翼が空を覆う。体長20メートルに達する巨体が、頑強な2脚で大地を揺すり、村の入り口へむかって突進してくる。
ヒチコックは?
目を剥く死織の視界へ、やっとヒチコックの黒い制服姿が入ってくる。銃を片手に、膝丈のスカートを蹴り上げて全力疾走してきていた。
──小っちゃい! あんなに小っちゃかったか!
天を衝くような飛竜の巨体の前で、彼女の身体は目の錯覚か、小人のように小さい。そんなちっさいヒチコックが、ギャラルガーを引き連れて大鳥居を駆け抜け、そのまま横っ飛びに柱の陰に隠れる。
──うまい! タイミングがばっちりだ。
死織が心の中で快哉を上げるほど、ヒチコックは見事に横に逃れ、獲物を見失ったギャラルガーは一瞬首を回し、そしてすぐにこちら、村の中央に立つ死織に気づいた。
巨大な飛竜と1対1。真正面から、素手にて向かい合う。間違いない。これは勇者の仕事だ。
死織はシニカルに苦笑する。正直、おしっこチビりそうである。
獲物を認めたギャラルガーは、翼を畳み、首を下ろし、身を竦めて大鳥居をくぐり始める。
柱の陰のヒチコックは、敵の死角をついて走り出し、教会の中に飛び込んでゆく。
──タイミングを間違えるなよ、相棒。
そこはもう、祈るしかない。
死織は腹を括り、向かってくるギャラルガーを睨みつける。
大鳥居をくぐった飛竜は、一度両翼を開くと、頭を下げ、死織へ向かって猛禽のように突進してきた。巨体のバランスを、長い首と太い尾で取りながら、流麗な身ごなしで有り得へんほど巨大な体躯が、死織へ向かって新幹線のように突っ込んでくる。
地面が揺れ、風が逆巻く。土煙を上げて走る飛竜はわずか3歩で、いまは水の抜かれたドスレの池に踏み込む。巨体が一段低い位置に落ちるが、さすがは空の住人。バランスを崩すこともなく、みごとに着地して、その巨大な顎を開き、死織をひと呑みにせんと尖った頭部を突き出してきた。
だが、光撃飛竜ギャラルガーは気づいていなかった。水が抜かれた池の湖底に仕込まれた噴水の仕掛け。その、本来は水を噴き出すべき穴に、サイズがぴったり合った鋼鉄の槍──教会の柵が、ずらりと10本、左右に並んでいることに。
ぎりぎりまで引きつけて、それでも動かない死織。
──たのむぜ、エリ夫。おまえ、アニメの仕事やるんだろ? 動画とか、モーションとか、そういうの、得意なんだよな!
死織は祈るような気持ちで、ギャラルガーの両眼を睨んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます