第21話 死織の過去


 急ピッチで、酒場がみんなの作戦会議室に模様替えされた。テーブルの配置が変えられ、壁には大きな地図が貼られる。そのとなりには、白いボードが釘で打ちつけられ、各部隊の今後の行動がリストアップされる。完了したものについてはチェックがされてゆく予定だ。

 キャラバン隊のメンバーたちがお互いに指示し合って、手際よく動いていた。

 一部の者は、洗い場に入って食器のかたづけをテッドの代わりにしている。


 村人たちがつぎつぎと不安げな表情で集まってきて、空いた席に着く。一方で、キャラバン隊メンバーは、自分たちが運んできた荷物のリストを作成しはじめていた。



 そんなバタバタした中でヒチコックが死織から与えられた任務は、カエデへの連絡だった。

 ヒチコックは、死織に指示された通り、2階の、カエデが泊まっている部屋へ出向いてその扉をノックした。



 カエデは今日1日、部屋に閉じこもってぐずぐずと寝ていたようである。

 ヒチコックに呼ばれて出て来たカエデは、説明を聞いて驚き、あわあわと目線を泳がせた。そしてそのまま、ドアをばたんと閉めてしまい、ヒチコックがどんなに呼んでも2度とでてきてくれなかった。


 どうしよう……、としばらくドアのまえに立ち尽くしたヒチコックであったが、どうにもならずに死織のところにもどって報告する。ヒチコックは、自分の言い方が悪かったのだと少し落ち込み、てっきり死織に怒られるかと思ったのが、死織の反応は案外普通だった。


「まあ、無理もねえだろ。放っておこう。どうせ、居たとしても魔法が当たらねえ魔法少女じゃ戦力にはならない。俺とおまえでやるしかないさ」


 そう。

 いま村の人たちとキャラバン隊のメンバーが一丸となって動いてくれているが、実際にゴブリンと戦えるのは、プレイヤーであるヒチコックと死織の2人しかいない。だからこそ、ここはカエデに手伝ってもらいたかったのだが……。


「ヒチコック、3交代で村の門に見張りを立てる。おまえは一番手だ。時間がくるまで周囲の警戒任務にあたって、それが終わったら今夜は寝ろ。しっかり休んで明日の決戦に備えておけ」


「え? ええ。いいですけど」ヒチコックは首をかしげた。「でも、それでだいじょうぶなんですか?」


「ダーク・レギオンは、村や町の塀は越えられない。ただし、開いた門からは中に入って来られる。村や町の門は、日の出とともに自動で開く仕組みだから、明日の朝までは攻めてこない。ただし、門が自動で閉まるまでにはまだ少し時間がある。それまで一応の警戒を頼む。あと、おまえが立っていればみんなも安心する。必ず腰に銃をぶら下げておけよ。自信たっぷりに北の門と南の門のあいだを行き来して、みんなを安心させろ」


「はい」


「俺は、土嚢部隊の進捗状況を見つつ、レンガ部隊を先行させて北門から出発する。さすがに村の外に護衛抜きで行かせるわけにはいかないからな。お前の方は、一度空瓶部隊の方を見回っておいてくれ。テッドが捨てちまった空瓶を回収するといっている。ストレージからデータ復旧で再生するしかないと思うんだが、上手く行かないかもしれない。あと、これを……」


 死織はテーブルの上に四角い紙箱をごんと置いた。

 安いボール紙の箱には『45ACP』のロゴが印刷されており、それが合計で5箱。コルト・ガバメントの実弾50発入りが5ケースである。


「どうしたんですか? これ?」

 ガンナーがつかう拳銃の弾丸は、無料ただではない。そこもガンナー最弱説の理由のひとつである。攻撃するのにG、すなわち実費がかかるのだ。

 ヒチコックが目を丸くしていると、死織はにやりと笑う。

「タカハシからだ。ログイン・ボーナスということにして、お前に出してくれた。実包はガンナーにとって生命線だ。大事に使えよ。だが、使うときは躊躇ためらうな。そして、無駄弾は撃つな」


「ありがとうございます」

 ヒチコックは心の中でもタカハシに頭を下げ、実弾50×5箱をスタート画面のボタンを操作して記録媒体ストレージにしまい込む。

 そうしておいて、どうしても聞いておきたいことを、死織にたずねた。


「あの、死織さん……」

「ん?」

「死織さん、むかし、この『ハルマゲドン・ゼロ』をプレイしていたんですか?」


「ああ、そのことか」死織は周囲を見回すと、声を潜めて答える。「過去に2度、ログインしていた、記録によるとな。1回目はきちんとクリアして年季明けを迎えたらしい。だが、2回目のときは、3年の刑期終了直前でゲームオーバー。そのときに、どうも記憶ロストを起こしたみたいでな、俺は過去の記憶が曖昧なんだ」


「そんな……」

 ヒチコックは驚愕に目を見開く。


 しかし、死織は慣れた様子で肩をすくめる。

「そのあと、地球リアルでお菓子の販売会社に就職してな。普通にサラリーマンやってたんだが、俺には無理だった」彼女は淋しげに笑う。「結局ここにもどってきたよ。社会生活に適合できなくなっちまってた。俺はどうやらここでしか生きられない人間らしい」

 そして、赤い唇をヒチコックの耳元によせると、低い声で囁いた。

「だから、ゲート囲いを経験しているなんて、真っ赤な嘘さ。完っ全な、ハッタリだよ。いや、でも6年近くここにはいたわけだから、本当に経験しているかもしれないな、記憶にはないけどさ」


 ヒチコックは、唖然と死織の顔を見上げる。

 死織は、いたずらっぽい笑みを浮かべて、立てた人差し指を唇に、ちゅっと押し当てた。


「みんなには、内緒だぞ」


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