ときめき☆ハルマゲドン

雲江斬太

now loading

第1話 ログイン



 その少女は14歳。小柄で、痩せっぽちで、表情が暗かった。顔には殴られた跡があり、目の周りと口の端っこが紫色のあざになっていた。


 検診台にちょこんと腰を下ろした彼女は、背中を丸めて、前髪の下から生気のない黒い瞳であたしのことを見上げている。


「こんにちは。『ヒチコック』さんでいいかしら?」

 あたしは、検診カルテと志願表を確認しながら、つとめて明るく彼女に語りかける。


「本日は、『ハルマゲドン計画』へのご参加、まことにありがとうございます」

 そういって、一礼した。


 『ハルマゲドン計画』への志願者は、受付で志願票を書き、セキュリティー・ゲートをくぐった瞬間から、提出されたプレイヤー・ネームで呼ばれることになる。本名ではなくだ。


 もう、後戻りはできない、あなたは今この瞬間から、地球を守るプレイヤーになったのだと、そう志願者に印象付けるために。それが政府の意志であった。


 ヒチコックというプレイヤー・ネームの少女は力なくうなずく。


「バイタルには問題ないわね。ゲームに参加するにあたって、ご家族の同意は得られているのかしら?」


 愚問である。

 現在の防衛法では、14歳以上の国民は自らの意志で『ハルマゲドン計画』に参加することができる。家族が反対していても問題ない。


 よって、彼女のような子供が、親と喧嘩して家出したり、学校でのいじめに耐え兼ねてここに逃げ込んだりしてきても、あたしたちは大歓迎でそんな子供たちを受け入れ、戦場へ送り出すのだ。


 ちょっとでも参加する気がある志願者は、絶対に逃がすな。あたしたちは、そう下命されていた。


 少女はかすかにうなずいた。

 家族の同意は得られている。そういう意味だ。たぶん嘘だろうけど。


「わかりました」

 あたしはにっこり微笑んで、志願票の確認欄にサインする。


「期間は3年。途中で死んだらゲームオーバーよ。危険はないけど、強制ログアウトになるから、ちょっと後遺症が残るし、報酬も半額になっちゃうんで、注意してね」


 大嘘である。強制ログアウトの場合、大概の者が脳神経に異常をきたし、精神圧壊や記憶ロストを起こす。


 だが、それをここであたしが口にすることは許されない。


 あたしたち防衛省電脳迎撃局の職員が、ここでそれを言ってしまったら、プレイヤーはあっちの世界で生き残ることを優先し、戦うことを避けるようになる。それでは困るのだ。


 ログインしたプレイヤーには、戦って戦って戦い抜いて、一匹でも多くの暗黒軍勢ダーク・レギオンを狩ってもらわねばならない。


「じゃあさっそく、コクーンに入ってログインしてもらいましょうか?」


 えっ?という顔で、少女が目を上げた。

 きっと今日は身体検査だけだと思っていたのだろう。彼女の表情にかすかな驚きが見て取れる。


 だが、この建物には宿泊施設は無い。もとから無いのだ。あるのは小さな事務所と必要最低限の診察室をのぞけば、このビルまるごと、規則正しく並んだコクーンと、それらが接続されるソケット群である。


 一度ここへ足を踏み入れたからには、職員以外のすべての人間は、温水睡眠機コクーンに入ってもらう以外にない。

 そして、あの丸っこい棺桶コフィンに入ったら最後、プレイヤーは3年間戦い続けるか、途中でゲームオーバーしてシステムから叩き出されるか、そのどちらかしかなかった。


 いずれにしろ、もうこの子には逃げ道は用意されていないのだ。


「ではいきましょうか?」


 極力軽い調子で言って立ち上がると、そっと天井の監視カメラに目線を飛ばし、ちいさくうなずいて見せる。オーケーという意味だ。


「あの……」

 少女はかすれた声をあげた。

「あたし、……強くなれるでしょうか?」


「え? ……ええ、もちろん、なれるわよ」

 ちょっと意表を突かれたが、あたしはにっこり笑って肯定する。


「敵を倒して、経験値を積んで、レベルを上げるの。そうすれば、だれでも強くなれるんだから」


 彼女は感情の無い黒い瞳であたしをじっと見つめる。


「行きましょう」

 あたしは無垢な少女をいざなう。不帰の旅路、熾烈な電脳の戦場へと。


「はい」

 彼女は小さくうなずき、そして歩き出した。

 自分の意志で。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る