第10話【深海を駆け抜けろ】
「早くしろ急げ馬鹿ども!!」
「い、一体どうしたって言うのよぉ、ユーリ」
ユフィーリアの急がせるような言葉と共に、アングリードへやってきた奪還軍の同胞たちは首を傾げながらも集合した。事情を全く知らない彼らは、ユフィーリアが急いでいる理由が全く分からないらしい。
あわよくば適当に済ませて酒盛りに戻ろうとする彼らに現実を見せつける為に、ユフィーリアはショウに持たせていた古びた看板を指で示した。
そこには確かに『アルカディア奪還軍海底支部』の文字がある。それが示している意味は、ここが本当のアルカディア奪還軍の海底支部であるということで――、
「ニライカナイの方は偽物だ!!」
「「「「「な、なんだってぇ――――ッ!?!!」」」」」
全員の驚愕の声が揃って、まるで
「ちょ、ちょっと待ってよぉ!! じゃあ、ニライカナイに置いてきた司令官とか補佐官はぁ!?」
「だから急げって言っただろうが!!」
全員から責められても仕方はないと覚悟していたことだが、同胞たちは意外にもユフィーリアを責めるような真似はしなかった。「おいどうやって帰る!?」「ていうかニライカナイってどこにあった?」なんて騒いでいる。
「……お前ら、連れ出したのは俺だぞ?」
責めるべき相手を間違えているのでは、とユフィーリアが同胞たちに問いかけると、
「でもその誘いに乗ったオレらも同罪だよ」
「そゆこと、そゆこと」
「ここにいるオレたちはみーんな同罪。ユーリだけが背負う責任じゃないって」
「いざとなったら全裸で三点倒立しながら土下座でもしようぜ。許してくれるって、あの人なんだかんだ身内には甘いから」
どうやら、同胞たちも最高総司令官を置いてきた罪を感じているようだった。――罪の重さを軽く受け止めているようだが。
すると、今度はショウがポンとユフィーリアの肩を叩く。
「まずは助けてからの問題だ。俺とてイーストエンド司令官を敵陣に置いてきてしまった罪がある。ユフィーリアだけが責任を感じることではない」
「……お前らはよォ、やめろよォ年取ってから涙脆くなってんだからよォ」
「聞いたか貴様ら、ユフィーリアの貴重な感涙シーンだぞ。記憶に焼き付けろ」
「おい、おい待てショウ坊。お前は一体なに言ってんだ?」
ちょっと理解できないことを言い出したショウの後頭部を引っ叩き、ユフィーリアは気を取り直して同胞たちに言う。
「まずはグローリアの救出の為に、早くニライカナイへ帰ることが重要だ!! 幸いにも今回は、本来なら味方のはずの海賊船を追いかけ回す人選として足の速い奴と目がいい連中で構成されてる!! エドを先頭にして足の速い連中はニライカナイを目指せ!!」
「あららぁ? それでもいいけど、ユーリはどうするのぉ?」
「俺はあとからこの海賊どもと一緒に行くさ!!」
グローリアが足の速い天魔憑きを中心に部隊を編成してくれて助かった。エドワードは奪還軍で飛び抜けて足が速いし、他の連中もエドワードほどではないが索敵や強襲、囮などを任されて天魔を相手に毎日追いかけっこしているような天魔憑きだ。きっとユフィーリアが走るよりも、早くニライカナイに到着できるだろう。
それからユフィーリアは、相棒のショウへと振り返る。いまだにドレス姿で締まりはないが、彼ほど頼れる相棒はいない。
「ショウ坊、お前もエドに乗せてもらって先にニライカナイに行け」
「了解した」
しっかりと頷いたショウの頭を撫でてやり、ユフィーリアは外套の内側からカンテラを取り出した。
鉄製の輪っかの持ち手が特徴の、白い小さなカンテラである。本来であれば
「『導きの
「助かる」
白いカンテラを受け取ったショウは、すでにアングリードを飛び出す準備をしているエドワードのもとへ向かう。その途中でやはり今の格好が動きにくいと判断したようで、少女めいた美貌に不機嫌そうな感情を乗せてから、唐突に橙色の炎を纏う。
炎が自然と消えると、今までのドレスは足元に脱ぎ捨てられていて、代わりにいつもの黒一色の服装の上から雁字搦めにベルトを巻き付けた格好になった。そして灰色の狼の姿となって準備万端の様子のエドワードの背中に跨ると、
「先に行くぞ、ユフィーリア」
「おう、グローリアとスカイを任せたぞ!!」
足の速さが自慢の同胞たちを見送り、ユフィーリアは残った半数近くの同胞たちを連れて船着場に向かう。
「先に行かせていいんかい?」
「おいおい、あんまり俺らを舐めるなよ。地上でいつも天魔と命を削って戦ってる奪還軍だぞ?」
カタカタと顎関節を鳴らしながら「違いねえや」とテイラーは笑う。彼は自分の部下たちに声をかけながら、
「ところで、お前さんの相棒なんだけどよ」
「あん?」
「あの格好って真面目にやってんのか? なかなかエロ――」
「おおっと手が滑って船長の頭がどこかに飛んでいったァ!!」
パカーン!! とユフィーリアの拳がテイラーの顔面に炸裂し、頭蓋骨が流星のように暗い深海へ飛んでいく。
大切な相棒を変な目で見るなど、断じて許はしないのだ。
☆
腕の中に抱えた白いカンテラを取り落とさないように気をつけながら、ショウは海の中を陸地さながらに疾駆するエドワードにしがみつく。
暗い海の底だというのに、エドワードや他の同胞たちはその先の世界が明瞭に見えているとばかりに駆け抜けていく。深い深い海溝など、ゴツゴツとした岩場を経由して順長に登っていき、あっという間に元の青い世界へ戻ってきた。
「凄いな、エドワード・ヴォルスラム」
「ふふーん、伊達に毎日泣きながら天魔と追いかけっこしている訳じゃないのさぁ」
自慢げに言うエドワードの横で、三つの首を持つ地獄の犬が「エドの野郎ばっかりずるいぞ、褒めてもらって!!」と憤る。「みんな凄いと思っているぞ」と言えば、走っている他の連中が何故か喜びの声を海の中に響かせる。
「美少女に褒めてもらったぞ!!」
「鬼の居ぬ間になんとやらだ、ここでショウちゃんにカッコいいところを見せて褒めてもらうんだ!!」
「お前この間、ショウちゃんのことを『
「うるせえそんなの昔の話だろ!!」
よく理解できないが、なんか士気が上がるならいいかとでも思っていた。
走りながらエドワードが苦笑して「……ユーリにバレたらぶっ飛ばされそうな予感しかしないねぇ」などと呟く。その意味を問いかけようとした時、ショウは視界の端で黒いなにかがよぎったところを見た。
視線で追いかけると、巨大な鮫がジロリとこちらを睨みつけながら悠々と泳いでいる。ユフィーリアとテイラーの会話を聞く限り、あの鮫はこの辺りの支配者である【
「――――魚風情が邪魔をしてくれるな」
赤い瞳を炯々と輝かせ、ショウは海の中に左腕を伸ばす。その左手に赤い
「
引き金を引く。
銃口から放たれた勢いよく燃え盛る火球は、寸分の狂いもなく鮫に取り付く。鮫が火球を振り払うより先に、火球が爆発した。
ッッッッドン!! と腹の底に響く爆音。生きるもの全てを燃やし尽くすことができる火葬術の餌食になった鮫は、黒い炭となってホロホロと水流に運ばれて細切れになってしまう。
「……やぁん、相変わらず容赦がないですことぉ」
「当たり前だ。魚を相手に容赦をしてどうする?」
「食べればよかったじゃんねぇ。鮫なんて高級食材よぉ?」
「知らん女の手垢がついた魚など、不味くて仕方がない」
ツンとそっぽを向いて言うショウは、念の為に他の【海魔女】の手下が寄ってこないか警戒する。
すると、腕の中に抱いた白いカンテラから虹色の光が溢れ出す。眩い虹色の光は青い世界を照らす一条の光となって海底を貫き、どこまでも遠くを示すように伸びていく。
「この光を辿ってくれ」
「あいよぉ。しっかり掴まってなねぇ!!」
「了解した!!」
エドワードがさらに強く海底の砂を蹴飛ばす。
風のように海の底を移動しながら、先遣隊となったショウはニライカナイを目指して進んでいく。
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