第15話【愛しき愚妹と完全なる遊戯を】
――誰も知らない話をしよう。
かつて、とある王国は天魔の手によって滅ぼされた。愛すべき民も、愛すべき兵士も、そして愛すべき家族すらも何もかも。
最後に残ったのは、とある王国を統治していた国王陛下だった。彼は自らを
ただし、
「目覚めた我が愛しき家族は、変わってしまった」
酷なことに、さながらそれは操り人形の如く。
世界中の何よりも愛しい家族は、国王陛下が天魔と結んだ契約の暁に得た異能力によって操られる
「違う、違う、違う。こんなの家族ではない。こんなこと、我輩は望まない」
でも異能力を途切れさせてしまえば、家族はそれまでだ。
自我のない愛しき妻を、愛しき娘を前にして、絶望に打ちひしがれた国王陛下は思いつく。
それは最悪の選択かもしれない。常識的な人間が聞けば、まず間違いなく頭の中身を疑われるような。
それでも、異能力を手に入れた国王陛下は家族に生きていてほしかった。生きることができるのであれば、たとえ記憶を失ったとしても。
「【
粒揃いの天魔を従えて、群衆操作で操るままに妻と娘たちに契約させた。
まっさらな状態で生まれたままの彼女たちを前に、国王陛下は泣きたくなる感情を
「我が名はキング・チェイズ、我が愛すべき臣民を擁する楽園『タスマン』を統治する国王である。我が愛しき愚妹ども、我が国を守るべく尽力してくれまいか」
今までの操り人形である彼女たちは、もういない。
これからの彼女たちは、形こそ崩れてしまったがキング・チェイズと自らを偽った国王陛下の妹たちである。
「ああ、分かったぞ。お兄様」
――【
「分かりましたの、兄様」
――【
「…………」
――【
「あはッ!! りょーかいです、にーちゃん!!」
――【
「はーい、わかりましたぁ。キングにーさま」
――【
キングが妹たちを何よりも大切にしている理由は、かつて彼女たちが本物の家族だったからだ。
彼女たちは、決して生き返った訳ではない。キングの群衆操作によって操られ、さらに各々の天魔の契約によって偽りの自我を植え付けられた人形に過ぎない。
それでもキングは、彼女たちの生存を望んだ。
姿形も、役割も、人間の輪から外しても、家族である妹たちに生きていてほしかった。
☆
「――そんな」
唖然と呟く【
「有り得ない……私の洗脳は完璧だったはずです!! それがどうして、いきなり途切れるようなことが!!」
「我輩の群衆操作の方が出力が上だった、という事実が証明されたな。ふははは、なんともお粗末な結果だな」
キングの腕からもまた、クイーンがさながら操り人形の如く不自然な体勢で立ち上がる。
ゆらりと金色の髪を垂らし、しかし彼女の瞳に光は宿っていない。そんな女王たる彼女の背後に立ち、キングは【
「さあ、愚かな宗教団体の教祖よ。御前は王たる我輩の逆鱗に触れた、その身をもって
どこからともなく薔薇のモチーフが特徴的な
「言っただろう、尊厳のある死など我輩は認めないとな」
次の瞬間。
【
「
美しい桜色の唇は、静かに言葉を紡ぐ。
地層を操る彼女の言葉に応じて、大地が怒りに震える。ガタガタと大きな地震が起きて、ユフィーリアやショウ、グローリアやアイゼルネの正気を残した四人は仲良く悲鳴を上げた。
「ぎゃああ!? こ、こんな不安定な場所で地震を起こす奴がいるかァ!?」
「やはり殺す気か、キング・チェイズめ!! 本性を現したか!!」
「いやああああ!! まだ死にたくないんだけど、これって『
「うわオ♪ 修羅場修羅場♪」
一人だけ状況を楽しんでいるカボチャ頭は置いておき、容赦なく襲いかかってくる大地震に無事でいられる訳がなかった。
ユフィーリアたちはもとより、あの【
「無様だな、聖女よ。地に這いつくばることしかできんか」
コンコン、と薔薇の杖で足元を叩いたキングは、薄らと笑いながら言う。
彼のすぐ側に絢爛豪華な玉座がどこからともなく出現し、キングはそれに腰かける。小さな都市のはずが、何故か玉座の間の幻影が見えてしまった。その側には修道服を着た美しき女王が自然の暴虐を振るい、さらに自我をなくした状態の奪還軍の同胞たちが【
手駒がいなければ【
「はははは、愉快な姿だなぁ。教祖よ」
「くぅッ――――!!」
屈辱だと言わんばかりに唇を噛みしめる【
「なにを、なにをッ、偉そうに!! 貴方とて、私と同類でしょうッ!! 手駒がいなければ戦えもしない、
「口を慎め、教祖よ。不敬であるぞ」
玉座に寄りかかるキングは冷たく吐き捨てると、空いた左手を横に振った。
すると、
【
真っ直ぐに伸びた刃まで真っ黄色に染まった異常な長剣を掲げ、ナイトは勿体ぶるように【
「あが、ぎ、ああああああッ」
「ははははは。痛いか、痛いだろう? そうか、痛いか!!」
玉座に腰かけて腹を抱えて笑うキングは、声だけは笑っているけれど赤と黒の両方で色の違う瞳は全く笑っていなかった。
「そうらナイト、ゆっくりと
「うん、にーちゃん」
舌ったらずな言葉で頷いた彼女は、兄に言われた通りに【
【
目を血走らせ、それでも【
「なんだ、これでは足りんか。仕方あるまいな――ビショップ」
「はい、兄様」
次いで進み出たのは、新緑の瞳を持つ美女――ビショップだ。
彼女はスッと右手を掲げると【
例外に漏れず、彼女の異能力は発動する。バチィ、と紫電が虚空に弾けて【
「あ、ぁ、が……ッ」
感電した影響で【
キングは「おや、これでも死なないとは。天魔とは丈夫なものよな」と感心したように呟くと、
「ならば仕方がない。罪人を処刑するには、これが一番適しているだろうな」
キングは玉座越しに教会を振り返り、
「ルーク、おいで」
「…………」
教会から進み出てきた黒髪の少女が、キングのすぐ側まで寄ってくる。垂れがちな翡翠色の瞳を【
その言葉は、決して音には乗らない。【
ジト目で傷ついた【
「――――ギロチン」
掠れた声で、ショウが生み出された置物の名称を呟く。
頭がちょうど通せるほどの穴の開いた板に、その上には鈍色に輝く刃が糸によって吊り下げられている。その糸を離せば、重力に従って刃が落ちて、穴の開いた板に通した首をすっぱりと断ち切ることができる。
幾度となく罪人の首を断ってきた、処刑道具。教祖の命を断つには、お
「ゃ、いや……嫌……!!」
最後の抵抗だとばかりに首を振って目の前に出現したギロチンを拒否する【
「ああ、そう言えば。御前は我輩の名を知らなかったな」
胡乱げに言うキングは、自らの左手を【
彼の異能力は群衆操作――自分が覚えておらず、また他人に覚えられていない第三者を意のままに操る恐るべき洗脳の魔法である。
「我輩は御前の名前を知っている。本来であれば、御前を操ることなど不可能だが――」
キングは笑った。
それはとても美しく、凶悪さの欠片もない穏やかな微笑を浮かべる。
「人間の記憶とは面白いものでな。都合よく忘れることなど、造作もないことよ」
【
すると、彼女の瞳から光がプツリと消えた。
「――
【
自由の身となった【
「刎ねよ」
キングの一言によって、処刑は執行される。
ギロチンの刃を吊り下げていた糸が解放されて、重力に従って刃は落ちる。
首を通した【
――ザン、と。
あまりにも、あまりにも呆気なく【
「ふむ、結局は尊厳のある死になってしまったようだな」
玉座にゆったりと腰かける暴虐の王は鼻をフンと鳴らすと、
「つまらん」
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