序章【幕引きはなにがお望みか】

天魔てんまとの和平は望まねーんスか」


 薄暗い部屋の中、二股に尻尾が分かれた黒猫を抱きながらスカイ・エルクラシスは言う。

 黒猫はゴロゴロと喉を鳴らして甘えた鳴き声ですり寄ってくるが、その可愛らしい黒猫を介して聞こえてきたのは朗らかな青年の声だった。


【どうしたの、急に?】

「ただ思っただけッス。いつまでも戦争をしていたら、そのうち共倒れになんじゃねースかと思って」


 奪還軍が負けるとは思っていない。

 だが、天魔憑てんまつきの数には限りがある。

 いくら彼らが強かろうが、圧倒的な数の差では天魔側に軍配が挙がっている。こちらには戦略と飛び抜けた戦力を持つ天魔憑きが何人かいるが、それでも数を見れば絶望的だ。

 このままだとどちらも疲弊ひへいする――それが、スカイの未来の見方だった。

 ところが、


【なんだ、スカイは意外と真面目な部分もあるんだね】

「どーゆー意味ッスか」

【そのままの意味さ。真面目に自分の部下の心配をするなんて、スカイは優しいね】


 グローリアは笑っていた。それはもう楽しそうな様子で。

 スカイが不満そうに唇を尖らせて文句を言おうとするが、それを遮るようにグローリアが【ごめんね】と謝罪した。


【でも、僕は天魔との戦いを諦めない。どれだけ長期戦になろうと、どれだけ苦しかろうと、僕は絶対に天魔を根絶やしにする】

「……相手が命乞いをしてきたら?」

【それでも殺すよ。僕は天魔憑きであって、天魔そのものではない。心は人間のつもりだからね。中途半端な戦いだけでは済まさない、どちらかが負けるまで諦めないよ】


 グローリアの意見は揺るぎないものだった。

 敵に対して一切の容赦をせず、どちらかが死に絶えるまで戦場からは一歩も退かない。徹底して自分の理想を実現させようとしている。

 そういえば、他の天魔憑きも弱音を吐くような者はいなかった。どれだけ戦いが長引こうが、彼らはいつだって陽気に生きている。今というこの時が続くのであれば、存分に楽しんでやろうという気概さえ感じる。

 スカイは苦笑して、


「そーだったッスね。アンタの部下に、腰抜けや弱虫は一人もいねーッスわ」

【でしょう? 僕の自慢の部下だもの】


 自慢げに胸を逸らすグローリアの姿が目に浮かび、スカイは珍しく声を上げて笑った。

 やはり、この男についてきたのは間違いではなかったのだ。


【でも、そうだなぁ。もし人間様が『和平を結んでくれ』なんて言ってきた暁には――】

「暁には?」

【人類を滅ぼすよ】

「…………ふひひッ」


 敵に寝返っても、彼の非道ぶりは変わらないらしい。

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