終章【新たなる絆】
「それでは結界を張るぞい。残党処理を担う者は王都の中に入っておれ」
高い城壁に仁王立ちをする八雲神は、両手を合わせて静かに結界を張る為の
晴れ渡った空から雨の如く降り注ぐ天魔は、王都に張られた天幕に弾かれて、奪還軍が天魔の手から取り戻した王都へ侵入することができずに終わる。中には言葉を介する個体も存在したようで、「なんで入れねえんだぶげぇッ!!」と結界に衝突して弾き飛ばされていった。なんだか可哀想だが、無様に顔面が潰れる様はとても
「ありがとうございます、八雲神様。君が協力してくれて、助かったよ」
「よいよい、そんな他人行儀な呼び方するでない。儂はすでに御主の部下となった。気安く八雲神と呼んでくれればよいぞ、上官殿」
「そっちこそ。僕のことは上官殿なんて他人行儀な呼び方はやめて、普通にグローリアって呼んでくれればいいよ」
いつのまにか八雲神の隣に並んでいた黒髪紫眼の青年――グローリア・イーストエンドは、朗らかに笑いながら言う。おそらく空間と空間を繋げる『
結界の内側で、すでに王都を乗っ取ろうと画策していた小型の天魔を追いかけ回す声がいつも聞こえてくる。「こら待て」だの「逃すか!!」だの「ぶっ殺せ!!」だの聞いていてちょっと堅気ではなさそうな雰囲気さえあるが、別に悪いことはやっていない。
「『
「ほとんどゴーストタウンみたいなものだからね。人間様は地上には出てこないし」
形だけはそのままに、人の姿だけがいなくなった王都を眺めながら八雲神が感慨深げに言った。グローリアはやれやれと肩を竦めて、八雲神の言葉に応じる。
天魔の目から逃れた人類は、地下の世界である【
結界の中で上がった火柱を「わあ、すごーい」などと適当な感想を述べたグローリアの横顔を見た八雲神は、なんとはなしに問いかけてみる。
「御主は儂に『利用されろ』と言ったな。それは何故じゃ?」
「それはもちろん、この戦争を終わらせる為だよ」
「嘘を吐くのはよせ、グローリア・イーストエンドよ。儂は知っておるぞ、貴様の言葉の中には嘘が紛れておると」
薄紅色の瞳をキュッと細めた八雲神は、朗らかな笑みを凍りつかせるグローリアに言う。
「御主は戦争よりも優先すべき目的があるはずじゃ。部下はその為の礎に過ぎない、そうであろう?」
「…………鋭いですね」
懐中時計が埋め込まれた大鎌をくるりと一回転させて、グローリアは不気味な意匠の大鎌を一瞥する。陽光を受けて鈍く輝く大鎌は、他者を傷つける効果を有していない。歪曲した刃は潰されていて、かろうじて鈍器として扱う程度だろう。
この鎌をグローリアへ送った相手は、ひどく冷たい手をしていた。それでもとても温かい心の持ち主でもあった。
「でも、まだその目的は言えないかな。まだ、彼女を助けることはできないから」
――その資格を、有していないから。
グローリアはにっこりとした笑みを八雲神に向け、その話題を強制的に終わらせた。
☆
「うおおおおッ、待てやこの兎!! 餌じゃーッ!!」
ぐねぐねと右へ左へと大小様々な道を突っ走るユフィーリアは、視線の先でしっかりと捉えた兎の天魔を追いかけ回していた。ついでに彼女の口からは涎がこれでもかと垂れていた。
兎の天魔は必死にユフィーリアから逃れようと走っているが、それでもいつかは追いつかれてしまうだろう。追いつかれてしまえば餌になるのは確実だ。
しかし、ユフィーリアよりも兎の天魔の方が早い。このまま彼女を引き離すことができれば兎の天魔の勝ちだろうが、そうは問屋が卸さない。
「待っていたぞ」
兎の天魔が次の角を右に曲がると、そこではユフィーリアの相棒であるショウが待ち構えてた。細い通路を塞ぐように仁王立ちをするショウは、赤々と輝く
逃げようとする兎の天魔は、しかし退路もユフィーリアによって塞がれている事実に気づいた。これでもう逃げられない。
「やっちまえ、ショウ坊」
ユフィーリアが満面の笑みで親指を下へと向けた。
ショウは「了解した」と短く応じると、容赦なく引き金を引く。カチンと撃鉄が落ちたあと、銃口から火球が放たれて兎の天魔を黒焦げにした。
兎の天魔はその見た目の愛らしさとは裏腹に、「ぎゅうううううええええ」と気持ち悪い断末魔を残して死んだ。これなら喋ってくれた方がマシだった。
「おう、お疲れ。俺がよくあそこに入るって分かったな」
「なんとなくだ。予測が当たってよかった」
黒焦げになった兎の天魔の死体を蹴飛ばして、ユフィーリアはショウの肩を軽く叩く。
いつものように黒い布によって口元を覆い隠すショウは淡々とした口調で応じるが、いつもよりか柔らかさがあるような気がする。
「あとどれぐらい残ってるんだろうなァ」
「はて、俺たちが悪夢の繭と戦っている間にどれぐらいの天魔が王都に潜り込んだのか不明だが、まだ小さな天魔がいそうな予感はする」
「面倒くせえなァ。ショウ坊、いっそ王都を全部焼き尽くせよ」
「それでもいいが、貴様も丸焦げにならないか?」
「やっぱやめよう。俺、将来は美人の腹の上で死にたいんだ」
「……? 女が腹上死できるのか」
他愛のない会話をしながら細い小道から出れば、ちょうど枯れた花のような姿をした天魔の死体を引きずったエドワードとハーゲンの二人と出くわした。
ハーゲンは自爆特攻でもしたのか、着ているつなぎがボロボロの状態だった。そして何故か肌から湯気が出ていた。死んでも再生する術式を持つが故に、再生するとこうしてしゅうしゅうと湯気が立つのだ。
「あらら、ユーリ。そっちは順調かい?」
「まあな。こっちは兎の天魔だったけど、なにそれ」
「花の天魔だったみたいなんだけど、花に擬態してたんだよぉ。引っこ抜いたら枯れたよねぇ」
今日は狼の姿になっていないエドワードが、からからと笑いながら枯れた花の天魔を振り回す。細々と「やめろ……殺してやる……やめろ」と聞こえるのは、おそらく天魔の呪詛かなにかか。
ショウが無言でエドワードの手から枯れた花の天魔を掻っ攫い、それから容赦なく火葬する。潰れた蛙のような断末魔を残して花の天魔は燃やされてしまった。
「あららぁ、容赦ないねぇ」
「気持ち悪い声で喋ったから」
「辛辣な台詞ぅ。――あ、そうだユーリ」
「あんだよ」
ちょうど煙草を吸おうとしていたユフィーリアは、黒い煙草を咥えたところでエドワードへと振り返る。
「これが終わったらご飯行こうよぉ。二層に新しい定食屋ができたんだってさぁ。開店記念でチャレンジメニューもあるらしいよぉ」
「チャレンジメニュー!?」
俄かにショウの瞳が輝いた。それと同時に、くうぅと彼の腹の虫が抗議をし始める。
口の端で器用に煙草を揺らしたユフィーリアは、ショウの肩に腕を回すと、
「それじゃあ、アイゼの野郎も誘って五人で行くか!!」
「いいねぇ。飯は大人数で食べるのがいいんだよぉ」
「肉、肉食べたい、肉!!」
早くも昼飯のことで騒ぐ三人にぐいぐいと引きずられるショウは、「あの」と引きずられながらも声を上げる。
「いいのか。俺も共に行って……」
「何言ってんだ、ショウ坊。当たり前だろ」
ユフィーリアはショウの背中をバシンと叩き、
「お前は俺の相棒なんだからな」
赤い瞳をぱちくりと瞬かせたショウは、ユフィーリアの力強い言葉に朗らかに微笑んだ。
「ああ、そうだな」
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