第十六幕 死神の正体
そしてそのままヨハニス街道を下っていた一行は、今までにも何度か襲撃が発生している『危険地帯』に差し掛かった。アマゾナスにも繋がる鬱蒼とした森のすぐ脇を通り抜けるポイントだ。
賊が隠れるには絶好の場所で尚且つ森から街道を見渡せるので、伏兵などの罠があってもすぐに発見できる。待ち伏せには非常に都合が良い地形だ。緊張を高める一行。その時――
「……っ!!」
森の木陰から矢が飛来してきた。それは確実に行商人を狙う軌道であった。
ソニアが咄嗟に抜き放った青龍牙刀を翻して、その矢を弾く。間髪入れずに弓を構えたキーアが、矢を撃ち込んできた場所目掛けて反撃の矢を放った。
普段のぎこちなさが嘘のような咄嗟の連携であった。森で小さな悲鳴が轟いた。キーアの矢が当たったらしい。
すると『敵』は怯むどころか、次々と待ち伏せしていた森の陰から飛び出してきた。数瞬の後にソニア達は7、8人の武器を持った男達に周りを囲まれていた。恐ろしい早業であった。
「ひぃぃぃぃっ!? で、出たぁっ!!」
「……っ。どうやら当たりだね! アンタは下がってな!」
相手の剣呑さからして間違いない。油断なく刀を構えるソニアの警告に、行商人は頭を抱えて馬車の荷台に飛び込んだ。
それと入れ替わるようにソニアとキーアがフードと外套を取り去って、いつもの身軽な姿になった。油断は無し。完全な臨戦態勢だ。キーアも既に弓を捨てて剣を構えていた。
素顔を現した2人の女戦士。まさか護衛が女だったとは思わなかったらしく、囲んだ男達が一瞬目を剥いて動揺するのが解った。だがその中に1人だけ異なる反応をする男がいた。
「ほぉ……お前は。いつぞやの戦争で見た顔だな」
「……!」
囲んでいる男達の更に後ろから現れた男。この男がリーダー格らしい。男はソニアの姿を見て若干興味深そうな様子になった。そしてソニアもまたその男の姿を見て、驚愕と……忌々しさに舌打ちした。
男は黒い軽鎧を纏い、黒い覆面で顔の下半分を覆っていた。その手には光の反射を抑える黒塗りの刀。
「あんたは……確か、
「……!!」
その名を聞いてキーアも息を呑んだ。凄腕の暗殺者。
あのトランキア大戦でもヴィオレッタの命を直接狙おうとして、あわや成功しかけたらしい。ヴィオレッタの機転とオルタンスの腕前によって辛うじて撃退する事が出来たのだ。その時にオルタンスによって斬られたはずだが止めを刺す前に逃げられたので、やはり死んでいなかったのだ。
彼女達はこれまで直接まみえた事は無かったが、能力的には完全にキーアの上位互換といった所らしい。これまでに何度か撃退しているが、それは全てマリウスやオルタンスら超一流の剣士による働きがあってこそだった。今ここに彼等はいない。
ソニアの喉がゴクッと鳴るが、彼女は緊張を敢えて力に変えてタナトゥスを睨み付ける。そして刀を構えながら叫んだ。
「キーア! こいつはアタシが抑えておく。あんたはその間に他の奴等を頼むよ」
「……っ」
キーアが目を剥いた。いくら何でも無茶だと言おうとしたようだが、寸前で留まって飲み込む。行商人も守らなければならない以上、他の敵をそのままにしておく訳には行かない。またタナトゥスと戦っている後ろから斬り掛かられたら対処できない。
「……解りました。ご武運を!」
「ああ、あんたもね……!」
互いに鼓舞してそれぞれの敵に当たる。他の賊は自分達に向かって斬り掛かってきたキーアに殺到していく。彼等が殺し合う光景と音を背後に、ソニアは改めてタナトゥスと向き合う。
「くく……まさかお前如きが、この俺に勝てるつもりではあるまいな?」
「……!」
含み笑いと共にタナトゥスの身体から強烈な剣気が立ち昇る。圧力すら伴う研ぎ澄まされた闘気に、ソニアは本能的に身体が萎えかけ思わず後ずさりしてしまいそうになる。
(ち……なんて闘気だい! マリウスはかつてこいつを一騎打ちで倒してるんだよね。あいつも本当に化け物だよ……!)
改めてその事実を再認識するソニアであった。だが今は自分が戦うしかないのだ。彼女は大きく息を吸って萎えかけた身体に喝を入れると、自らも闘気を発散させてタナトゥスの剣気を押し返す。
「ほぅ……」
タナトゥスが僅かに目を細める。
「ぬぅ……りゃあぁぁぁぁっ!!」
ソニアは気合と共にタナトゥスに斬り掛かった。初撃の薙ぎ払いは当然のように受けられる。だが彼女は些かも怯まずに刀を引くと、息も吐かせぬ連撃を仕掛ける。
並みの兵士や賊が相手であれば一撃で仕留めているであろう鋭い剣閃が、白い残像だけを残しながら連続で煌めく。だが……
「ふ……!」
タナトゥスは全ての斬撃を危なげなく受けきった。
「ちぃ……!」
ソニアは舌打ちすると一旦飛び退って距離を取る。掛け値なしの全力の連撃であった。全てを出し切った証拠に、彼女は既に肩で大きく息をしていた。だが目の前の化け物には通じなかった。
ソニアは歯噛みする。人には自ずと定められた限界という物がある。やはり自分ではどれだけ修行しても達人級の相手には敵わないらしい。
だがオルタンスが特別なだけで、本来自分やキーアは女としてはほぼ上限の強さであるはずだ。相手が悪すぎるのだ。
「……女にしてはやるな。中々の強撃だった。だが、この俺を斬れるほどではない」
(……っ。来る!)
タナトゥスがユラッとした動きで歩き出した。ソニアは緊張を高めて刀を構え直した。その直後、タナトゥスの姿が消えた。
「……っ!? ぐっ!!」
動揺したのも束の間、一瞬で目の前に現れたタナトゥスが黒塗りの刀を振るう。ソニアに出来たのはただ生存本能に任せて刀を掲げる事だけだった。次の瞬間恐ろしい衝撃が刀に加わり、彼女は大きく後方へ弾き飛ばされた。腕が痺れるが刀を手放す事辛うじて堪えた。
「ほぉ、よく今の一撃を受けたな? では、これはどうだ?」
「……ッ!」
再びタナトゥスの手から黒い軌跡が閃く。今度は完全には受けが間に合わず、肩口を浅く斬り裂かれる。
「ぐく……!」
呻きと共に鮮血が飛び散る。タナトゥスが本気ではなかったのと、反射的に身を引いたので浅い切り傷で済んだが、重傷を負っても何らおかしくはない状況だった。ソニアの額に冷や汗が滲む。
「ふ……どうした。足元がふらついているぞ?」
「こ、の……!」
嘲笑するタナトゥスの姿に、ソニアは歯噛みしながら裂傷の痛みを堪えて刀を握り直す。完全に遊ばれている。だがそれならそれで構わない。むしろ
既に過去の幾多の経験から、彼女の中より無駄なプライドや強迫観念は消え去っていた。そんな物に縛られていては、自分より遥かに格上の相手に
「むん!」
「ぐぅっ……!」
三度、タナトゥスの斬撃。今度は刀で受ける事に成功する……というよりタナトゥスが敢えて刀の上から斬り付けたようだ。
速さだけでなくパワーも乗った剛撃に、ソニアは堪らず片膝を着いてしまう。もう限界だった。これ以上攻撃を加えられたら、痺れた腕から刀が弾き飛ぶだろう。そうなればタナトゥスも
「くく、そろそろ限界のようだな。では遊びはこの辺にしておくか」
「……っ!」
タナトゥスの身体からこれまでにはなかった
そしてタナトゥスが容赦なくソニアを斬り捨てようと一歩踏み出そうとした時……
「――ソニア様!」
「……!」
背後からの斬撃にタナトゥスは素早く反応して、斬り掛かってきた
「キーア! あんたならやれるって信じてたよ!」
待ち望んだ援軍にソニアは勇み立つ。対照的にタナトゥスは眉根を寄せた。
「お前は……」
他の賊たちと斬り結んでいたはずの彼女の横槍に、タナトゥスは視線だけを動かして周囲の様子を確認する。いつの間にか戦いの喧騒は止んでいた。彼以外の賊達は全員血だまりの中に沈んでいた。
「ほぅ……この短時間でこやつらを倒すとはやるな。だが、お前も無傷とはいかなかったようだな?」
勝ちを急いだ代償として、キーアは身体のあちこちに裂傷を負っていた。中にはそれなりに深い傷もある。軽鎧も破損が酷い。
だがキーアは一切怯む事無く、闘志に燃えた目でタナトゥスに剣を構えている。タナトゥスが不快気に鼻を鳴らす。
「ふん、気に食わん目だ。手負いの女2人で俺に勝てるとでも思っているのか?」
「……はっ! 勝てないかどうか……試してみるかい?」
だがそれに答えたのはキーアではなくソニア。既に立ち上がって刀を握り直し臨戦態勢だ。丁度キーアと挟撃するような位置取りとなる。
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