第三十七幕 トランキア大戦(Ⅲ) ~異邦の戦場

「ソニアは派手に戦ってるみたいね。私達も負けていられないわよ!?」

「言われるまでもないわ。アンタこそもっと気合いれなさいよ!」


 マリウス軍の右翼。ソニアが率いている左翼とは反対側のこちらではジュナイナとリュドミラの南北コンビが、ガレス軍の左翼相手にやはり激しい戦闘を繰り広げていた。


 敵兵が左右から同時に襲い掛かってくる。先頭にいるジュナイナは電光石火の勢いで短槍を突き出す。敵兵の1人が反応すら出来ずに喉元を突かれて死亡する。だがその隙にもう1人の敵兵が彼女に向かって剣を振り下ろし――


 ――そのこめかみに正確に矢が突き刺さった。リュドミラの援護射撃だ。


「背中がお留守になってるわよ、南の野蛮人! もっと周囲に気を配りなさいよ!」

「折角の弓を披露させてあげなきゃ可哀想と思っただけよ! 感謝しなさい、北の草食い!」


 口ではお互いに罵り合いながらも抜群の連携で隙を補い合う2人の周囲には、既に敵兵の死体の山が築かれていた。


 勿論その周りでは彼女らの麾下の兵士達も敵と斬り結んでいる。ジュナイナとリュドミラの頼もしい働きに鼓舞された味方の兵士達も、逆に2人の強さに及び腰になった敵兵を押し始めていた。


「どうやらこっちの敵には名のある武将はいないようね! このまま一気に押し切るわよ!」


「残念ね! あのドラメレクって奴と決着をつけるチャンスだったのに!」


 西軍の布陣を見たヴィオレッタは、恐らくドラメレクはハルファルを攻める東軍を率いていると予測を立てていた。それを事前に聞いていたリュドミラが、これ幸いと強気な発言をする。


 中軍にギュスタヴ、そして左翼にはロルフ。タナトゥスは事前に撃退済みなので、ガレス自身を除けば、これで敵の有力な将は打ち止めのはずであった。


 それを見越しての余裕ぶったリュドミラの発言だったのだが……それがいけなかったのだろうか。



「っ!?」

 先頭で戦っていたジュナイナは、突如強烈な殺気を浴びせられ思わず足を止めた。彼女が敵の雑兵の殺気に怯む事などあり得ない。何か、兵士とは比較にならない存在が――


 一瞬でそこまで考える暇もあればこそ、敵兵を掻き分けるように巨大な影が出現し、轟音と共に何かを振り下ろしてきた。


 ジュナイナは生存本能から咄嗟に槍を掲げてその打ち下ろしを受け止めた。


「ぐぅっ……!!」


 そして堪らずに片膝をついた。以前の山賊退治でドラメレクの打ち下ろしを受けた事があるが、それを上回る威力の剛撃であった。


 巨大な影が、膝を着くジュナイナに容赦なく追撃。今度は薙ぎ払いを仕掛けてくる。体勢を崩している彼女はそれを防げず……


「ジュナイナッ!!」

「……!」


 リュドミラが叫びながらも素早く放った援護射撃に、巨大な影は武器を振るってその矢を打ち落とした。だがその隙にジュナイナは飛び退って距離を取る事に成功していた。



「た、助かったわ、リュドミラ……!」


「どう致しまして! でも、何なのよ、アイツ……! あんなの・・・・がいるなんて聞いてないわよ!?」


 彼女らが見据える先……そこには中原では見慣れない白っぽい装束の上から独特の意匠の甲冑を身にまとった、縦も横も大きい見上げるような巨漢がいた。


 その手にはやはり中原では見かける事の無い、長い錫杖の先に無数の棘が付いた棍棒のような武器を持っていた。長槍よりも長く、それでいて太さも相当の見るからに重厚そうな武器だ。それを片手で軽々と担いでいる。


 そしてその厳つい顔……。黒い髭に覆われているが、帝国人に比べてやや堀の浅い独特の顔立ちであったのだ。その衣装や面貌を見たジュナイナは敵の正体を悟った。


「こいつ……渡海人だわ!」

「渡海人!? って事はシャンバラの……。クソ! そういう事!?」


 リュドミラが毒づいた。ガレス軍がシャンバラと『同盟』を結んだ事は余りにも有名だ。そもそもマリウス軍が戦争に踏み切った理由がそれ・・なのだから。


 だがそれは金や物資、交易品の流通だけだと考えられていたのだ。まさかシャンバラから直接的な援軍が送られていたとは予想外であった。それもこのような剣呑な武将が……



「オ、俺、名前……【グ=ザン=ウ】……。オ前、達……異邦人……モ……?」



「……!」


 非常に訛りの強い片言で文法も怪しいが、どうやらこちらも異邦人である事に驚いたらしい。だがすぐに気を取り直すと、その巨体から強烈な闘気が発せられる。それに押されるように思わず後ずさる2人。


 しかしそれと入れ替わるように、マリウス軍の兵士達がグ=ザンに向かって殺到する。どうやら優勢である事に気が大きくなって、その勢いを駆って敵将の首も取ろうというつもりのようだ。


「……っ! 駄目、退きなさい!」


 だがそれはジュナイナ達から見れば無謀に過ぎる蛮勇であった。咄嗟に制止の声を上げるジュナイナだが、兵士達は構わずグ=ザンに四方八方から襲い掛かり……


 ――そして天高く舞った。


 比喩的な表現ではない。文字通り兵士達が宙高く打ち上げられて吹き飛んだのだ。それは冗談のような光景であった。


 グ=ザンの棍棒が唸りを上げて振るわれる度に、肉や骨を砕く嫌な音と悲鳴が鳴り響き、兵士達が吹っ飛んでいく。地面に墜落・・した兵士達はどれも、原型を留めない肉塊へと変わり果てていた。恐らく地面に落ちる前に即死していたはずだ。


 その人の形をした災害とでも形容すべき暴威の前に、マリウス軍の兵士達が明らかに怯んで足が止まる。代わりにガレス軍の兵士達は今が反撃のチャンスとばかりに盛り返して攻勢に転じる。


 一瞬で戦局を覆されてしまった。今度はマリウス軍の方が劣勢となる。



「く……このままじゃマズいわね……」

「ええ……あの化け物を何とかしないと……!」


 2人が見据える先には、やはり暴風のような勢いでこちらの兵士達を撥ね飛ばし殺戮しているグ=ザンの姿がある。兵士達では相手にならない。無駄な犠牲が増えるだけだ。


「やはり私達が行くしかないようね」


「みたいね。あーあ……折角楽できると思ってたのに、やっぱり世の中そう甘くはないわね」


 軽口は自分を鼓舞する為。リュドミラはその口調とは裏腹に真剣な目で弓を構えて、グ=ザンに狙いを定めると、立て続けに矢を撃ち込んだ。


 並みの兵士なら数人纏めて射殺せるような鋭い射撃に、しかしグ=ザンはその巨体からは想像もつかないような素早さと反射神経で全ての矢を打ち払った。


 だがそれによって兵士達を殺戮する手を止めさせる事には成功した。その隙にジュナイナが短槍を構えて吶喊する。迎え撃つグ=ザン。勿論後方からはリュドミラの援護射撃。



 辺境とはいえ帝国内の戦場に於いて、世にも珍しい異邦人同士の激戦が始まった!

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