第十一幕 指揮官の資質
ハイランドから北東に位置するガルマニア州。その中でも西寄りに位置するブラムニッツ県。マリウスとソニアの2人はフランカ州から北上し、街から街へ渡る行商人の護衛任務などで小金を稼ぎつつ、目的地であるブラムニッツの街に到着していた。
「ふん……これがガルマニアの街かい。何だか野暮ったいっていうか……フランカ州とは真逆の感じだねぇ」
酒場の窓から見えるブラムニッツの街並みを眺めながらソニアがそんな感想を漏らす。対面に座るマリウスも苦笑しつつ頷いた。
「そうだね。まあ野暮ったいっていうのは言い過ぎだけど、飾り気の無い
「大して変わんないだろ……」
ソニアがジト目になる。
オウマ帝国の過去の皇帝の中に文化振興を奨励した文人皇帝がおり、その治世において帝国征服前の各地方の文化を尊重する政策が取られた。
その影響でこの国では、今でも各州ごとに文化の特色が異なっているのだった。尤もそれが各地方の独立性を促し、結果現在の群雄割拠の一因ともなっているのは皮肉であったが。
「まあ僕らは観光に来た訳じゃない。この街にいる3人目の同志を勧誘するのが目的だ。予定通り確実に勧誘しないとエロイーズを待たせてしまう事になるから、最優先で行かないとね」
先日同志に加わった才女エロイーズは今回の旅には同行していなかった。彼女はコルマンドの街でそれなりに名の知れた人物であり、多額の税も収めていた名士だ。
また周辺の農村にも事情を伝え、替わりの卸業者を紹介したりなどの手間もある。
ソニアのように全部打ち捨てて出奔とは当然行かずに、色々と身辺整理に時間が掛かるとの事で、マリウスとソニアのみで先に勧誘に向かうようにと提案されたのだった。
同志の候補は後2人、このガルマニア州と南東のリベリア州に1人ずついるのだが、リベリア州の方は、いるらしいという噂だけで所在がハッキリしていなかった。
そこでエロイーズはマリウス達に先にガルマニアに赴くように薦め、その間に自分が身辺整理の傍らリベリア州の才女の情報を調べておくと申し出たのであった。
そしてマリウス達である。
実はこのブラムニッツの街にいる同志候補は、エロイーズより更に色々な意味で有名な人物であり、この街に来る前から既に名前や住居が判明していた。
「……女武人、ねぇ。兵を率いてミドルネームまで名乗って一端の武将気取りかい? ふん! 気に食わないねぇ……!」
ソニアが面白く無さそうに腕を組んで鼻を鳴らす。
帝国では余程身分の低い者以外は、成人すると親などからミドルネームを送られるのが普通であった。ミドルネームは通常では呼ばれる事は無いが、それも含めての名前が正式な名前であり、公の場での自己紹介などではミドルネームを含めたフルネームで名乗るのが慣例だ。
また非常に親しい関係の目上の者(親や兄など)は、親しみを込めてミドルネームを呼び名にする事がある。
例えばマリウスなら、マリウス・シン・ノールズが正式な名前であり、基本自己紹介ではマリウスは必ずこのフルネームで名乗っている。
しかしマリウスのことを「シン」と呼べるのは、マリウスの親や(いれば)兄や叔父のみという事になる訳だ。
……ただし、これは全て
女子は通常ミドルネームを持つ事はない。オウマ帝国の価値観では、女子は身分的には永遠の未成年、被保護者として扱われる為だ。
オウマ帝国の長い歴史でも、この慣習を覆した女傑は僅か数人程度だ。
してみるとこのアーデルハイドなる女性は、自分がその数人の女傑に並び立つに足る人物だと、自ら喧伝している事になる。
それは一種、傲慢や自意識過剰とも取れ、ソニアがこのような反応になるのもやむ無しという部分はあった。
しかしマリウスはそういった事には拘らない性質だ。実際に会ってみるまでは余り偏見は持たないようにしている。
「まあでも、実際に何度も兵を率いての山賊討伐に成功しているらしいし、大したものだよ。少なくともその日暮らしの、酒場で喧嘩三昧の誰かさんとは違うかな?」
痛い所を突かれたソニアが、ギロッ! という感じにマリウスを睨みつける。
「うっさいよ! それこそ喧嘩がしたきゃいつでも買うよ!?」
マリウスは即座に『降参』のポーズを取る。
「ははは! ごめんごめん! まあ冗談はさておき、在野で実際に兵を率いて戦った経験のある人材は貴重だよ。しかも実績があって能力は保証されてる。戦には絶対必要な能力だろ?」
旗揚げして自分の国を持てば、他国との戦は避けられない。そうなった時物を言うのは、個人の武勇よりも指揮、采配の能力だ。ソニアが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……まあ、確かにアタシも剣の腕には自信があるけど、戦の指揮ってなるとちょっとね……」
「だろ? だから今の内からそういう人材を確保しておきたいっていうのがあるのさ。そういう訳でエロイーズの時みたいな喧嘩腰は無しで頼むよ?」
基本的に柔和だったエロイーズだからこそ良かったものの、女武人など相当気が強いに違いない。挑発的な物言いから激昂されて、いきなり決裂というのは勘弁願いたい所だ。
ソニアが気まずそうに目を逸らす。
「う……わ、分かってるよ。アタシもあれから反省したんだ。今回は大人しくしてるって」
「ホントかなぁ? 頼むよ、ソニア。……それじゃ場所は分かってるし、早速向かうとしようか?」
2人は酒場を出ると、アーデルハイドの屋敷がある場所まで出向いた。
比較的裕福な広い家が立ち並ぶ区画にその屋敷はあった。かなり広い敷地を持つその屋敷の門を潜ると……
「んん? 何だい。嫌に物々しいね……」
「まるでこれから戦にでも赴くかのようだね。この辺りの賊は彼女に粗方討伐されたって聞いてるけど……」
その敷地には百人以上の武装した兵士と思しき男達が、武具をチェックしたり馬を並べたりして騒めいていた。荷車に兵糧を積んでいる者もあり、完全に戦の準備をしているようにしか見えない。
2人が戸惑うのも無理ない光景であった。
「――皆の者! 武具や糧食の準備は万端か!? 確認を怠るな!」
「……!」
その時敷地の中央で声を張り上げて、周囲に指示を出している人物の姿がマリウスの注意を引いた。
何故ならば……それは鋭いながら、高く澄んだ
(おぉ……!)
その声に惹かれて振り向いたマリウスは、思わず心の中で感嘆の声を上げていた。そこには女性用に加工された優美な赤い鎧に身を包んだ1人の女武人の姿があった。
ガルマニア人らしい長い赤毛を髪留めで纏め、長身を鎧で固めたその姿は、えも言われぬ凛々しさに満ちており、それでいてその
マリウスが一目で目を奪われるのも無理からぬ、惚れ惚れするような戦麗人ぶりであった。
「あれがアーデルハイド殿で間違い無さそうだね……。ふふ、僕、彼女の事とても気に入っちゃったかも……!」
嬉しくなって思わず呟くマリウスの姿に、ソニアは(また、こいつは……)と言わんばかりに、額を押さえて嘆息した。
「……お気に召したようで何よりだけど、どうするんだい? 何だか勧誘って雰囲気じゃなさそうだけど」
慌ただしい上に、明らかにこれからどこかに出陣という雰囲気だ。一旦出直した方が良いのではないかと暗に含ませソニアが質問すると、マリウスは肩を竦めた。
「勿論事情を聞きに行くのさ。何か力になれるかもしれないしね」
そう言うと、全く躊躇う事なくスタスタとアーデルハイドの方に歩いていってしまう。ソニアは一瞬呆気に取られてその姿を眺めた。
「あ……ちょ、ちょっと!? ……ったく! 相変わらず物怖じしない奴だね!」
特に美女絡みとなると大胆な行動力を発揮するマリウスに呆れながら、ソニアは慌ててその後を追った。
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