2020.1.16~2020.1.31
男は眼下の摩天楼を眺めている。悪魔すら震える美貌は笑みに歪んでいる。彼はこの百万人が住む帝都を壊そうとしている。戦争という嵐によって。
「なぜこんなに美しい街を?」
もし人が問うなら、彼はこう答えるだろう――神の真似事をしてみたいからだ、と。ただそれだけの理由なのだった。
(2020.1.16)
ピロートークに花が咲かない。ジョークのひとつもかませずに、空っぽの脳みそで出来ることと言えばティッシュの始末くらいときた。スマホを弄り始めたきみの目に僕はもういない。電子タバコはあいにく充電切れ、宙にぽかんとひと息噴けば、架空のニコチンは音もなくベッドに降り積もる。
(2020.1.17)
今日は幼稚園の発表会。自主練習の甲斐あって、息子は劇の主役を見事演じ切った。
しかし終演後、その表情は暗かった。両目に溢れる大粒の涙。
「もっと……上手にしたかった……」
がばりと抱きしめる。またひとつ大きくなった。息子よ、その気持ちを忘れるな。次は最高の演技を見せてくれ。
(2020.1.18)
話を終えて子供たちの手元を見る。1時間語った内容は数行に要約され、ノートの余白に浮かんでいた。最初の頃こそ腹が立ったがすぐに慣れた。削れた芯ほどでも彼らの人生に残るならそれでいい。記憶が記録に変わろうとも“あの時代”は伝えなければならない。それが死に損ないの責務だから。
(2020.1.19)
計略を誤り、こぶが増えてしまった意地悪じいさん。新たなこぶには正直じいさんの善なる魂が満ちており、意地悪じいさんの脳内に素行を諌める声が響くようになった。意地悪じいさんは精神を病み、痩せこけて死んでしまった。それでも増えたほうのこぶは、つやつやと肥え太っていたとか。
(2020.1.20)
(今年も咲いたか)
男の視線の先には一本の桜がある。いま、満開。風のない春の午後に、花びらが静かに降っている。
(やはりあんなところに埋めたのがいけなかった。妻よ、死してなお私を苛むか)
男は知らない。妻は未だ存命であることを。そして、埋められたのは自分自身だということを。
(2020.1.21)
造られたばかりのロボットが殺人を犯した。被害者は生みの親である博士。奇妙な事件は調査の結果、危害を加えない対象の設定が謝っていたためと判明した。『人間』とするところを『ロボット』としていたのだ。
「お粗末なものだ」
人々は笑った。彼らの前で、ロボットは沈黙したままだ。
(2020.1.22)
洞察力があるとは、物事の構造を捉えるのが巧いということだ。利点欠点を見抜くので、組み立て方も壊し方も直し方も分かる。こういう人間の中には、意図的に壊し右往左往する周囲の様子を楽しむ輩も多い。退屈凌ぎに力をもて余す姿を見ると、苦労のない人生も考えものだと思ってしまう。
(2020.1.23)
狩猟好きな伯爵の邸には数多くの剥製が並んでいた。生きていた頃と変わらぬ姿で、彼らの時は止まっていた。
そして邸の最深部、伯爵の部屋にそれはいた。剥がされた皮を翼のように拡げた、若い女の顔をした異形。
「妻です」
伯爵は言った。ああ、これだけは動いているのだと私は思った。
(2020.1.24)
「好きだ」なんて言えず「嫌いだ」と背を向けた。振り向いたらあなたは居なくて、私は荒野に遭難した。時折見える影法師。その先にあなたの存在を信じ、日がな一日地べたを這う。陽が陰り夜が来て、膨れた影法師が身体を包み込む。冷たい体温に抱かれながら、ねじ曲がった愛に泣くのだ。
(2020.1.25)
「一休どの、何をしておられる?」
「ん? ほれ」
「……何じゃこれは」
「俺の“偉業”だ。面白いだろ」
「こんな出鱈目を誰が信じるというのか」
「俺も死んでお前も死んで、みぃんな死んだその後に生きてる連中よ。ま、その時にこの国がまだ在ったらの話だけどな」
風狂の僧は呵々と笑った。
(2020.1.26)
あれからお兄様はわたくしを見てくださらない。こちらを向くのは陰を湛えた横顔ばかり。許されぬ契りを交わした夜のことを、わたくしは誰にも喋るつもりはない。覚悟はとうに決めたのだ。もしあのひと時を気の迷いと切り捨てるなら、お兄様、わたくしは生涯をかけて貴方を呪いましょう。
(2020.1.27)
仏門にある身ながら、円済は仏の存在を信じる事が出来なかった。戒律を守ろうが破ろうが、その姿が現れることはない。失望した彼は身分を捨てて還俗した。
そこで彼は見た――人々の背後に立つ仏の御姿を。求めても見えぬは当然だった。今、円済は迷いなき心で手を合わせる事が出来ている。
(2020.1.28)
学会に衝撃が走った。新種の化石の塩基配列が人類のそれと一致したのだ。定説を覆す発見に学者たちは狂喜した。化石を復元して現れたのは4つの脳を持った多足生物で、人類より遥かに優れた知能を持っていることが分かった。“人類”は進化ではなく退化の結果だった――学者たちは頭を抱えた。
(2020.1.29)
廃墟の壁際に立つ少女はどう見ても幽霊だった。夏の盛りに冬服で濡れ鼠なのだから疑いようもない。怖くはないが、独り佇む姿がなんだか可哀想に思えた。僕は壁にチョークで大きな相合傘を書いた……彼女が右側に入るように。僕が左側に入ると、ぱしゃりと水の跳ねる音がして少女は消えた。
(2020.1.30)
一冊の小説を読み終えたきみの頬は紅潮し、薄い唇からは切れ切れに吐息が漏れた。抱かれているときですら見せない表情に私は動揺を隠せない。春の陽気に手を曳かれ、この小説の虐殺を決意する。ベストセラーということで多勢に無勢。とりあえず刃物と火種を掴み、きみを残して家を出る。
(2020.1.31)
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