2018.11.1~2018.11.15
白鳥は湖上にてその生を終える。しなと俯き微睡みに遊ぶかのようなその骸は、時に水流に逆らい漂うそうな。
この美しき
(2018.11.1)
美しき花は穏やかな月明かりに包まれて眠っている。瑞々しい葉を指でなぞり、湿った花冠を舌で辿って、行き着いた雌しべに口付け蜜を吸う。生命のぬくもりが身の内に燃え上がり、知らず唇が震える。
柔らかな茎を傷つけぬよう、丁寧に指を掛けて
処女よ、眠れ。そのままの姿で。
(2018.11.2)
紅葉が山肌を駆け降りてきて、谷底の村に秋を告げる。日の終わりには、地平に融けゆく夕陽が
彩りに乏しい日常が鮮やかに輝くひと時を、おみちは愛していた。嫁入りを控えた心が
(2018.11.3)
梅雨明けて襲来した熱波が街を灼いた翌日。建物から色彩が抜け落ち、高台から見る風景はさながら珊瑚礁の屍骸のようだった。空には巨大な古代魚の骨格が回遊し、虚ろな
だけど誰も気付かない。街の営みは何ひとつ変わらない。
私は黙って生きていこうと決めた。
(2018.11.4)
信州のある寒村に、奇妙な民謡が伝わっている。詞は無いのだが、不規則な高低差がまるで言語のように聴こえるのである。村人は老若男女例外なく歌うことができるが、その意味を知る者は一人もいない。
昭和初期に研究者が採譜を試みたが、聴こえる音を表す音符が存在せず断念したという。
(2018.11.5)
棺に眠る貴方に触れた時、刃のような冷たさに指先を貫かれた。それはあらゆる感情を心から消し去った。反射的に手を離した瞬間、空洞になった心の内に熱い滾りが満ちて、両目から大粒の哀しみが零れ落ちた。
ああ、死は
(2018.11.6)
猫を捜すチラシを受け取った。
腕の中で喉を鳴らす相棒を、いつもより強く抱き締める。私の覚悟が決まるまで、傍にいておくれよ。
(2018.11.7)
自分を愛し抜く事は容易い。しかし憎み抜く事は至難の業だ。己の持つあらゆる性質と正面から向き合い、一部の隙無く否定し尽くさねばならない。鏡写しの自己愛。生半可な覚悟での完遂は到底無理だろう。
そんなわけで私の一日は、今日も鴨居に提げた首吊り縄を眺めるうちに終わっていく。
(2018.11.8)
顔にまとわり付く蝿を払いながら、
「用心棒をしたいンなら、腕ェ見せてもらおうか」
侍は無言で鯉口を切った。ひらり刃が舞って、両断された蝿が地面に落ちた。
銀七は満足げに笑った。
(2018.11.9)
歳取るとできないことが増えるのは当たり前なんだよ。若い頃とは違うんだ。それを意地張ってやろうとするから上手くいかなくてイライラするんだ。
できないことはさっさと見切りつけて、できることをやろう。先は知れてるんだからよ、ヘンなこだわりは捨てて、気持ちよく生きていこうぜ。
(2018.11.10)
続:山羊達と狩人は狼に戦いを挑む。しかし落雷により強靭な肉体を手に入れた狼は手強く、一匹また一匹と屠られてゆく。狼殺しの銃弾も決定打とはならず、遂には狩人の猟銃も破壊されてしまう。
窮地の彼らを救ったのは一匹の老豚だった。老豚は地下の要塞『煉瓦の家』に山羊たちを匿う。
(2018.11.11)
友人の部屋にサンタ袋が置いてあった(もちろん本物ではない)。
「あれ、クッション買ったの?」
「いや、■■■」
うまく聞き取れない。腰を下ろした友人は袋を引き寄せて背を預けた。私も座ってそれに倣う。適度な反発があり心地よい。
しかし……この背に伝わる
(2018.11.12)
人形に恋する者は珍しいものではなくなった。かのキプロスの王も、現代ならば気楽に生きられただろうに。
しかし彼らはピグマリオンとは違い、己のガラテアの受肉を望みはしないだろう。その愛の根幹は、現実とifの狭間で揺れる
(2018.11.13)
私には止められない趣味がある。それは――
「お母さん」
神妙な顔で味噌汁を置く娘。私も箸を置いて向き合う。
「なに?」
「このお豆腐、いつものじゃない」
にやり。娘の目がきらり。
「どこの!?めっちゃおいしい!」
「ふふ、いいお店見つけたのよー」
これだ、この瞬間がたまらない。
(2018.11.14)
作曲家ルネ・グリエールの作品に奇妙な指示がある。管弦楽が休止した後、音階のない四分音符が鳴らされるのだ。総譜には「La voix(声)」とだけ記されている。
この指示についてグリエールは、「人の声でも楽器でもない」と述べるだけだった。作品は演奏不能とされ、お蔵入りとなった。
(2018.11.15)
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