2018.9.1~2018.9.15

 探偵「貴方は偉大な研究者だ。しかし人を殺めた事はゆるされない。残念です」

 教授「探偵君、これからだよ」

 探偵「なに……?」

 教授「捕まるまでは織り込み済みさ。私は自身の無罪釈放を条件に未発表の成果を開示するつもりだ。さあ見ていたまえ、人は知欲の前にどれ程愚かになれるのかを」

(2018.9.1)



 おお、ドゥルシネア。私のドゥルシネア。

 言葉を交わした事も、顔を見た事も無い。してや何処に居るのかすらも定かでは無い。

 しかし私の双眸には、林檎の木陰で微睡まどろむ貴女の姿が映っている。

 見知らぬ男が声をかけても、どうか怖がらないでおくれ。

 私は遍歴の騎士。貴女だけの騎士。

(2018.9.2)



 やっと捕まえた。貴方の愛、貴方のぬくもり。

 全て手に入れたのに、満たされない。心にぽっかりとうろが在り、冷たい風が吹き抜けている。

 ようやく気付いた。私は貴方を手に入れようともがくことで満たされていたのだと。

 だから私は貴方を手離す。生かさず殺さず、醜い心を満たし続ける。

(2018.9.3)



 直向きな顔が眩しい。君はこっちを向いてくれるのに、日陰者の私は直視できずに目を逸らしてしまう。

 だから嘘をついた。君が見えない、手を繋いでくれなきゃ、そこに居るのか分からないって。

 ずるいよね。でも後悔はしてない。君にもっと近づけるなら、私は嘘つきにでも何にでもなる。

(2018.9.4)



 夏の舗装工事は地獄だ。健太けんたはこの仕事を選んだ己を呪った。

 缶コーヒーで一息入れていると、田中たなかが隣に座った。ベテランの好々爺だ。

「出来てきたね」

 健太は無視した。

「どんな人が通るんだろうね」

 田中は目を細める。聞き流そうとした健太の脳裏に空想が咲き、思わず缶を落とした。

(2018.9.5)



 嫉妬。憎悪。怨嗟。誰の心にも燻る暗き炎。湿った溜息ひとつ吹き掛ければ、瞬く間に墨黒ぼっこくの火焰と成って躍り狂う。

 醜くも鮮やかな輝きに、覚悟あるならば身を委ねよ。慟哭は天を劈き、涙は血潮と化して溢れ出す。

 総て総て己が身すらき焦がし、残された一握の塵をさらうは、人か、風か。

(2018.9.6)



 それほど好きってわけじゃない。離れていても寂しくない。君が幸せなら、相手が僕じゃなくてもいい。

「嘘つき」

 全部お見通しだった。嘘しか吐けない僕は、罰を受ける事になった。

「一生かけて償ってよね」

 君は甘く睨んでくる。自信がない――僕はまた嘘を重ねて、君の薬指に愛を嵌める。

(2018.9.7)



 秋になると、心に「孤独」が芽生える。驚かさないようにそっと胸の内を覗き込めば、その小さな姿が見えるはずだ。

 澄みきった空の下、秋特有の、からりと涼やかな風が吹き抜ける。孤独はひりひりと身悶えし、か細い声で歌を紡ぎ始める。すると、嗚呼ああ、人恋しさが堪らなくみてくるのだ。

(2018.9.8)



 初対面の人から必ずといっていいほど言われる言葉「子供さんいるでしょ」。いてもおかしくない歳だが、いないし結婚歴もない。理由を訊ねると決まって「子持ち特有の雰囲気がある」とのこと。

 秘かに「ししゃも力」と名付け、何とか有効活用できないかと目論む30代独身男性の歪んだ春。

(2018.9.9)



 愛は真心、恋は下心。歌に綴られた通りなら、君への想いは間違いなく恋だ。強烈な独占欲に支えられた下心だ。

 もしも心を献じる事で愛と成るなら、僕は喜んで拒絶しよう。報酬を求めない思慕など反吐が出る。利己的な衝動だからこそ血がたかぶるのだ。君が欲しくて堪らない――僕は独りえる。

(2018.9.10)



 許せない奴は何処にでも居る。深い怒りや憎しみを覚える事もあるだろう。しかし煮え滾る感情に任せて、相手を罰しようなどとは考えるな。そんな奴の為に限り在る時を費やすのはあまりに惜しい。沸いた激情は起爆剤とし、己の為すべき事を為せ。お前が忘れた頃に、天が罰を下してくれる。

(2018.9.11)



 セルゲイ・プロコフィエフへの偏見。

 彼のアレグロを聴くと、白い仮面を付けた糸繰いとくり人形が暗闇で踊る様が想起される。アダージョやアンダンテに現れる叙情的な旋律からも、生身の吐息が感じられない。

 人に似たものが人のふりをしている不気味さ。 揺らぐ跳音の妙か、歪なる律動の所以か。

(2018.9.12)



 二度寝して起きたら10分前。ぼさぼさ髪を解かしていたら、ぼさぼさ髪の君が来てひと笑い。遅い朝食をパスタで済ませ、映画を観ながらビールを二、三本。ごろごろしながら日が暮れて夕食刻。君は唐揚げ、私はサラダ。食後のコーヒーでひと息入れて、バス停まで君を見送って終わる日曜日。

(2018.9.13)



 ひあがった砂州に寝そべる空き缶は何を思うのか。

 錆だらけの肌に滲みる潮風を堪えながら、再び大洋に浚われて行く日を夢見ているのだろうか。あるいは此処を安住の地と定め、朽ちゆく身体を愛しんでいるのだろうか。

 そんな事を想う小雨の夜は、何処からか調子外れの雫の歌が聴こえてくるとか。

(2018.9.14)



 蜘蛛は女の手に似ている。その脚は恋しい男を誘うように、しなやかに卓上を這い迷う。両手を重ねて模す蝶よりも艶やかに、夜の闇を蠢く。

 僅か、一対足りないだけ。

 極彩色の喪服を纏い、音も無く糸を紡いで、陰に紛れて獲物を待つ。

 だから似ている事がいやなのではなく、忌まわしいのだ。

(2018.9.15)

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