49

 それは真白の目から溢れ始めた涙の粒だった。その自然に流れ落ちた自分の大粒の涙を見て、真白はとても驚いた。

(どうやら涙というものは一度流れ始めると、涙腺というやつがとても弱くなってしまうものらしい)

 真白は自分が涙を流していることが、なんだかとても嬉しくて、泣いているのに、にっこりと口角を上げて、声を出さずに笑ってしまった。こんなに自然に涙が流れることは本当に久しぶりのことだった。猫になってよかった、と真白はこのとき初めて思った。人間のときはずっと泣けなかったのに、猫になったら簡単に泣くことができた。

 真白は心の胸の上にうずくまると、そこで体を丸くしてそっとその二つの瞳を閉じた。

 真っ暗闇の中で真白はとくん、とくん、と小さな音を立てている心の心臓の音だけに、その意識を集中していた。いつの間にかそれ以外の音はなにも聞こえなくなっていた。

 真白の中にあるものは心の心臓の音が奏でるとても優しい、ゆったりとした音楽だけだった。真白はずっとその音楽を聞いていたいと思った。だから真白はずっと、ずっと、その心の心臓の音だけに自分の意識を傾けていた。

 それから少しの間(あるいは、もしかしたらずいぶんと長い時間が経過していたのかもしれない)、時間が流れた。

 すると、しばらくして、ぎー、という音が、やけにはっきりと真白の耳に聞こえた。

 それは心の病室のドアが開いた音だった。

 その音を聞いて真白はそっと目を開けて、開いたドアのほうに瞳を向けた。

 するとそこには『真白そっくりの、一匹の緑色の瞳をした黒い毛並みの猫』がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る