36 ……ありがとう。あなたに会えて、私、本当によかった。

 ……ありがとう。あなたに会えて、私、本当によかった。


 ……とんとん、という音が聞こえた。

 その音を聞いて、真白は閉じていた瞳を開き、その視線を病室の扉に向けた。柱時計の示す時刻は八時。それは心が目覚める時間だった。がらっという音がして扉が開くと、そこから大麦先生と一人の看護婦さんが病室の中に入ってきた。

 大麦先生は真白を見るなり、「ふんっ」と鼻を鳴らして嫌そうな顔をした。看護婦さんも同じような顔をして真白を見ていた。だからこの女性はきっと冬子さんだろうと真白は予想した。

 大麦先生は丸椅子に腰掛けた。冬子さんはベット脇に移動して「心ちゃん。起きて。診察の時間だよ」と、心を深い眠りから目覚めさせる呪文を言った。心はぱちっと両目を開けてすぐに目覚めた。そして昨日と同じようにみんなの顔を順番に見てから、「おはようございます」と朝の挨拶を順番にしていった。

 心は看護婦さんのことを冬子さんと呼んだ。真白の予想は当たっていた。

「心ちゃん。今朝の気分はどうだい? どこか痛いところとか、変だなと感じるところはないかい?」

「……いえ、とくにありません」

 そんな会話をしながら、朝の診察が始まった。とくに何事もなく経過すると思われた診察だったが、不意に大麦先生の顔色が変わった。そしてクリップボードに挟まれた心のカルテを見ながら、冬子さんと小声でひそひそと内緒話を始めた。心はそんな二人の様子を心配そうな表情で見つめていた。

「心ちゃん。大丈夫よ。別に大したことじゃないわ」冬子さんは心の視線に気がついたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る