第23話:明晰夢
「……まだ帰ってきてないか」
夕方4時。
「リーネアは、女の子と同居と聞いたよ! 会えたらご挨拶したいな」
「ん。いんじゃね」
「応答が適当!」
「眠いんだよー……」
「あ、そうだったね。ゆっくり寝て」
「うん」
ソファに寝転がろうとすると、サチが毛布を俺から奪った。
「なんだよ」
「お布団に寝なさいっ!」
ぷんすかしている。
ここは俺の家だ。
「別にいいだろ。どこで寝ても俺の勝手だ」
「ダメ! わたしの目の黒いうちは、若い子にみすみすそんなことさせないんだからっ! お部屋どこ?」
「いいってば……」
眠い。
サチに手を引かれて歩く。
「ここ?」
「んー……」
俺の部屋を指差すサチに頷く。
サチは『こんな固いベッドなんて寝床じゃない……』と呟く。俺の部屋で俺の家具なんだから勝手なのに、文句うるさい。
「もー……これだから男子は」
「うちの叔母さんみたいなこと言うなよ」
前に同じようなことで叱られた。
「マットレスないの?」
「…………。クロゼットの中」
「あるならきちんと敷きなさいっ」
サチは魔法か何かでクロゼットを開けて、端の方に放置したあったマットレスを転移で敷いた。シーツを整えタオルケットと掛け布団をかけて……終わったところで俺を振り向く。
「寝ていいよ」
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
サチが出て行くのに手を振って、布団に潜り込む。いつもより柔らかくて落ち着かなかったけど、疲れが勝って意識が落ちていった。
ライフルは俺のおもちゃだった。目が見えなくなっても分解して手入れして組み立て直して発砲できる自信がある。
生まれた時から傍にあった。このライフルはレプラコーン以外には引き金を引くことも出来ないから、母はモデルガンだと思っていたんだと思う。俺がライフルを触るたび、『リナは本当にライフルが好きね』と言っていたから。……本物だと知っていたら触らせてくれていたかわからない。
(母の中では)モデルガンとはいえ、武器の形をしたものをおもちゃにさせてくれていたのは、その他に子どもをあやすおもちゃがなかったから。
赤い瞳への差別が激しい世界。赤目を殺すか捕まえるかすれば懸賞金が出るような国の地下で、隠れるように暮らしていた。
それでも母は、自分のために無理をして乳製品を手に入れて来てくれた。『お父さんはすごい職人さんなの』と自慢をしたりして。父が迎えに来てくれると信じて、俺のことを守って育てていた。
たまに赤目を狙うやつらが来て困るし、母さんが怖がっていて……だからみんな殺したのに、喜んでくれると思ったのに――母さんは笑わない。
俺のことを怖いものを見るような顔をして見ていて。
初めの一回はすぐにその顔は引っ込められたが、俺が人を殺すたび頻度は増した。俺が寝床に入って眠ったと思ったのか、思い悩むような表情も夜闇の中に見えた。
愚かでどうしようもない俺は『根絶やしにしたら、完全に脅威をなくしたら、母さんは喜んでくれる』と思っていた。本気で思っていたのだ。
ある日、母が自分の首を――
(……あれ?)
やけに、生々しい。
まるで過去に立ち戻ったかのような。
「……ごめんね……リナ」
呼吸が苦しかった。
首にかかった圧力と指の感触。泣き笑いしているようで憤怒しているような、物凄い形相で自分を見下ろす母親。
4歳の俺が振り払うには重たい。でも殺せないほどじゃない。
「……………………」
サリー姉さん曰く、異種族の中には戦闘のために思考回路と感情を切り離せる奴が居て、俺や父さんあたりはそれらしい。
でも。切り離せたからって――簡単に殺してはいけない。
昔はわからなかった。
(これは、夢か?)
何度も見たことがある。母が俺の首を絞めていて、俺はこれから母を殺す。あの日のように殺す。何のためらいもなく誰に対してもなんとも思わず引き金を引けるように殺す。殺す殺殺殺――
殺すのか?
夢の中とはいえ、何度も殺しているとはいえ殺すのか?
「……」
母が唇を動かす。過去には俺が喉を破ったせいで聞こえなかったセリフが聞けるかもしれない。
でも、もう息が出来ない。
死ぬ? 殺す? ――どうした方がいい?
「――っ!」
冷たい感覚に跳ね起きる。
呼吸を整えて周囲を見回すと、氷枕を構えたサチが居た。……額が冷たい。
「大丈夫?」
「……。悪い、助かった」
夢が覚めたことに何より安心してしまう。
「起こさなきゃって思っただけだし。京ちゃん帰って来てるよ」
「そか」
起き上がろうとする俺をサチが押しとどめる。幼い紫織の姿ではなく、赤の袴に豪奢な着物をまとった女性の姿で。
「…………」
「あなたの
「!」
「謝罪いたします」
深く頭を下げてから、俺の顔をじっと見る。
「今日の依頼、辛い思いをさせましたか?」
「違う」
俺は他人の死から母の死を重ねて見られるほど感受性が高くない。サチは悪くない。
「夢を見た、だけ。最近……ずっと、見てたから。……たぶん母さんが許してくれてない」
幼いときは反射的に殺してしまったが、本当なら、きちんと話せば……
「……どうして許してくれてないと思うのですか?」
「喜ぶと思ったんだ」
母の助けになれると思った。
でも、戦場をストレスに感じない俺と違って、母の精神はいたって真っ当だった。常人が戦場に居れば気が尖って仕方がない。追われていれば精神が削れていく。
当時はそれが分からなくて追い打ちをかけた。
「…………。追い込んで殺したなんて、俺の方が敵だろ」
サチは首を横に振って、俺の額をつついた。
「お母さまはあなたを放り捨てれば良かったのにしなかったのでしょ?」
「……」
「あなたのこと、間違いなく愛してたよ」
生きていたかった。死にたくなかった。だから殺した。
母と自分を天秤にかけて、躊躇いなく自分を取った。
「あなたを罰しているのは、お母さんじゃない。あなた。あなた自身が罰している。迷うことさえできなかった自分を許せないのだと自分に怒っているの」
「……」
パターン。
元々俺のパターンは内向きだ。思い込みで自分に夢を見せていた。
「この地と京ちゃんとの出会いは、あなたに良い影響を与えたのね。……でも、心に投げ込まれて起こった波紋は、安定していたあなたを揺らしたのかもしれない」
サチは真剣な目をして俺と向き合う。
「けれど、お母さんの気持ちがわからないのなら決めつけるのはやめなさい。母の愛を疑うことも。無礼極まりない」
「…………」
こわい。
足元が揺れているような気さえする。
「わたしが側についています。この土地の神として、あなたの安らぎを願いましょう。暖かな眠りをもたらしましょう」
サチは俺に腕を伸ばして抱きしめた。
噴き出た力の奔流が魂を得た神さまは、狂ったような量のスペルで、俺のパターンを強引にねじ伏せていく。
「安堵して眠り、そして目覚めるべきときに目覚めなさい。あなたがこの地に立つのならば、あなたはわたしの腕の中にある幼子。母代わりに眠らせてあげましょう」
――*――
リーネア先生の部屋から、サチさんが出てくる。
「寝たよ」
「……良かった……」
先生は最近、毎日ほとんど寝ていなかった。眠ったかと思えばすぐ起きてきて仕事したり部屋の片づけをしたりして……長く眠っていたのはご友人に飲まされて酔った日だけだった。
「まったく。弟子に心配をかけるなんて師匠失格だし!」
サチさんは紫織とそっくりで可愛い神さま。私が帰ってきたら出迎えてくれて、紫織と似ていることの説明や家に居る事情を教えてくれた。
幼く見えても、私よりずっと年上の女性だ。深く頭を下げて、心からのお礼を伝える。
「助けてくれてありがとうございました!」
「どういたしまして」
「あの、お夕飯とシュークリーム食べませんか? お礼に……」
「! 食べるっ」
「大したものではないんですけど……」
先生の方が料理の腕がいい。
「作ってくれる気持ちが嬉しいからいいの。ありがとう!」
さきほど紫織に連絡したら『神社に転移できるから送る心配はないですよー』とのことだった。土地の神様なのだし、お世話になったから、せめて少しのおもてなしをしたいと思う。
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