現われしモノ 2
「戦略級術式を執り行う! 補助要員3名は脇に付き、残るは増幅要員とせよ!」
カミランの指示に、我を失っていた宮廷魔術師の面々が配置についた。
考えて行っているのではなく、日頃の修練による刷り込みだ。
戦略級魔術は、宮廷魔術師の上位者にのみ開示される秘伝。その使用どころか発現すら固く禁じられている。
国王や重鎮すらその存在を知らない、宮廷魔術師にのみ伝わる秘匿。
それでも、誰ひとりとして異を唱えるものはいなかった。
今生き延びるためにはそれしかないと、全員が理解していた。
戦略級魔術――かつて、国が存亡の危機にあったとき、敵国の兵数千人を大地ごと焼き尽くしたという古代魔術。
ジュエル・エバンソンが復活させ、闇に封じられた禁魔術。
本来なら後世に残していいものではなかったが、魔術士にとって再び失わせるには、あまりに惜しい代物だった。
「術式発現。
5人もの宮廷魔術師が、己が魔力を増幅し、そのすべてを術行使の燃料として捧げる。
「術式発現。
3人の宮廷魔術師の意識が、主術者たるカミランと同調する。一種の
これにより、擬似的とはいえカミランは自分を含めて4人分の術式を同時展開できるようになる。
術者にも多大な負担を科する術式にもかかわらず、短時間で誤りもなく、カミランは成功するに至った。
もちろん、机上のことだけで、実戦での発動など行なったことはない。
それでも成功させたのは、生命の極限状態での奇跡か、カミランの魔術士としての矜持か、それはわからなかったが。
「術式発現!」
かつて戦時で使用された折には、平野を行軍する敵すべてを範囲下に置き、殲滅させたという。
今回は、範囲はそこまで広めなくていい。敵の全長はおよそ30mほど。狭めれれば、極限まで威力も上がるはずだ。
影の真下に、巨大な複数の魔方陣が浮かび上がる。
「
魔方陣の範囲内に、天まで貫く青い炎の柱が出現する。
超高熱の炎獄は、万物を等しく滅却する――はずだった。
カミランは信じられないものを見た。
青い業火に揺らめきつつ、影はのそりと動き出していた。
炎の向こうでゆっくりと鎌首がもたげられ、
それは真っ直ぐに、カミランを捉えていた。
大きく開かれた顎に、周囲の膨大な魔力が集中していく。魔力は凝縮し、小さな黒点と化す。
それはすでに魔力などという生易しいものではなく、純粋な破壊の意志の権化のように、異質な物体としてそこに存在していた。
「た――」
カミランの枯れた喉から声が漏れる。
「――退避ー! 総員退避! 転移門まで退け! 急げ!」
弾かれるように宮廷魔術師が、塔の脇に設置された緊急転移門まで我先にと走り出す。
慌てて転ぶ者、腰が抜けて動けない者などもいたが、そこはここぞとばかりに騎士がフォローした。
絶望的な状況での咄嗟の判断は、魔術士よりも騎士が優れており、行動も迅速だった。
それでも、あまりの異常事態に、騎士たちにも余裕はなく、動けない者は引き摺ったり、いっそ放り投げたりと、かなり雑ではあったが。
それでも、カミランが転移門まで辿り着いたとき、他の人員の退避は終えていた。
振り返ると、すでに顎の黒点は弾ける寸前のように見えた。
「転移門、緊急発動!」
魔導装置の魔方陣が即座に展開し、全員を光の膜で覆う。
カミランが絶叫するのと、周囲の景色が黒く塗り潰されるのは、ほぼ同時だった。
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