巨大スライムvs宮廷魔術師

 森の奥から突如として出現した巨大スライムは、宮廷魔術師3人がかりで構築した魔術結界を、その超質量を以ってあっさりと突き破り、塔に取り付いていた。


 物理攻撃に耐性のある魔物のスライムだが、反面、魔術攻撃への耐性は無に等しい。

 本来なら、いかに相手が巨大とはいえ、所詮はスライム。遠距離での大規模魔術で簡単に決着は付いたはずだが、調査のため、次いで起こった塔内での魔獣騒ぎに、野外警護の宮廷魔術師の人員を減らしたことが裏目に出た。


 物見より報告が上がった時点で、すでに塔への最接近を許してしまっており、調査対象の塔の保全のため、大規模魔術は封じられてしまった。

 それにより、騎士による効果の薄い物理攻撃、魔術士の低威力の魔術と、散発攻撃に徹しての消耗戦を挑むしかなくなった。

 ただでも再生能力が高く、分裂増殖を繰り返すスライム、しかもあの巨大な相手に消耗戦を挑むなど、一般的な戦術から述べると愚策もいいところだろう。


 調査団の長たる宮廷魔術師のカミランは、腹立たしくも忸怩たる思いで、巨大スライムとの戦闘の陣頭指揮を取っていた。


 スライムという魔物は、動き回る生物の動向を検知し、待ち伏せして捕食するという特性がある。食欲などの本能以外は、ほとんど知能は有しておらず、原生生物に近い魔物である。

 しかし、今回に限っては、この巨大スライムは明確な意図も持って塔を襲ってきたようにしか思えてならない。

 その証拠に、スライムは動き回る騎士や魔術士には目もくれず、一心に塔を目指していた。そして、ついには塔に取り付くことに成功し、こちらは攻撃手段をより制限されることになった。


(よもや、そこまで見越した上での行動か……?)


 塔を盾にすれば、優位に立てる。通常の魔物スライム程度の知能では、そのようなことに思い至るわけがない。


 だが、その行動原理が何者かにより植え付けられたものだったら――と、カミランは推考する。


 塔の地下の大空間、そこに用意された大規模魔方陣。眼前の巨大スライムとの関連性を疑わずにはいられない。

 かのジュエル・エバンソンの研究内容は、強大な魔導生命体の創造であったと聞き及んでいる。

 このスライムはその研究成果、もしくは試作品か副産物として産まれた内の一体であり、塔の研究施設への侵入者を排除、あるいは塔自体の隠滅の任を与えられていたら――と考えると、現状を鑑みても辻褄が合う。


(重要施設は地下にある。ならばいっそ、塔の地上部分は諦め、大規模魔術で滅殺すべきか)


 カミランはこの場に於ける長として、決断を迫られる。


 しかしそのとき、巨大スライムの行動に変化が表れた。

 細長く伸び、獲物を捕らえる蛇のように塔に巻きついていたスライムが、その頂上まで至るや否や、唐突に形状を元に戻して塔から滑り降りたのだ。

 そして、用は済んだとばかりに巨体を転進させ、森のほうへ戻ろうとしている。


 行動には疑問が残る。が、このチャンスを見逃すほど、カミランは愚かではなかった。


「騎士隊は下がれ! 魔術士各自は魔術攻撃の継続、足止めをせよ! 私は攻城級魔術の準備に入る!」


 カミランの指令に場がどよめく。


 攻城級と銘打たれた魔術は、宮廷魔術師といえども使用は厳しく制限されている。それこそ、戦時中もしくはそれに準ずる国益にかかわる事態にのみ使用が許されるという代物だ。

 これは、ひとえに威力が絶大であるがゆえ、生じる被害が個人の負える責任の範疇を逸脱しているためだった。


 今回の調査には、”鋼の宰相”グリム閣下から宮廷魔術師長を通じ、カミランにも任意による攻城級魔術の使用許可が降りている。

 国としては、それほどジュエル・エバンソンの研究及び失踪を、重く受け止めているということだ。

 そして、調査いかんによっては、戦時に匹敵するほどの危険を秘めていることも示唆している。


 この巨大スライムと研究の関与については現状では不明だが、このまま見逃すべきではないと、宮廷魔術師としてのカミランの勘が告げていた。


 カミランの掲げた両手が魔力の光を帯びる。

 通常、魔術は片手で魔術行使に必要な術式を構築し、魔方陣を構成する。それは高等魔術になればなるほど、煩雑化していく。攻城級魔術に至っては、それらの比ではない。

 片手で魔術を行なうのは、単純に個人の処理能力に限界があるためだ。両手では数が倍になるだけに、より複雑で緻密な術式の構築も可能となる。ただし、両手で左右同時に異なる術式を構築するとなると、難易度は倍どころか一気に数倍にも跳ね上がる。

 つまり攻城級魔術とは、エリート集団の宮廷魔術師、その第5席というカミランの実力を以って、ようやく成し得る超高等魔術式なのだ。


 カミランの手により、空中に魔力光による大小の魔方陣が次々と紡がれていく。入り乱れた紋様の羅列は、ときに絡まり、ときに交差し、幾何学模様にも似た多重構造の魔術構成を展開していた。


 魔術は完成し、カミランの頭上に発生した重力場の空間に、周辺の土砂が巻き上げられて結集する。一塊となった岩石は凄まじい速度で回転し、超高熱の炎の渦巻く巨大な砲弾となる。


「術式発現! 爆炎魔術、火岩の流星メテオフレア――!!」


 一直線に射出された火岩弾は、真紅の炎の軌跡を描きながら、轟音と共に巨大スライムを打ち抜いた。


 堅固な城壁すら爆砕する大規模魔術は、生物に向けるには無慈悲すぎた。

 粘液の焼ける嫌な臭いだけを残し、20mを超す巨大スライムのほぼ大半が蒸発して消し飛ぶ。


 一瞬の静寂後、周囲から歓声が上がった。


 あれだけの耐久力・再生力を誇っていた巨大スライムは、その一撃で完全に沈黙したのだった。

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