ミッションスタート

 塔の一室の窓の外に軟体状態でへばりつきながら、颯真は室内の会話に聞き耳を立てていた。


 面白いことがいくつか聞けた。有益なことも。

 気分はすっかり某個体蛇である。


 ちなみに、彼らの話に出てきた、”度重なる襲撃者”とは、すべて颯真のことだった。

 発見され、追い立てられても不屈の闘志で諦めず、手を変え品を変えて侵入を試みた。


 結果、塔の周囲に例の蜘蛛の巣っぽい物――彼らの話では魔術結界だったか。あれに触れると、侵入がバレてしまう仕組みになっていた。

 四方八方、空中から地面から、姿を変えて大なり小なり、どのようなパターンで試しても、すぐさま魔術士と騎士がすっ飛んでくる。


 円柱状になっている結界の上空を飛び越えるという荒業を思いついたのは、つい今し方のことだ。

 さすがに結界も成層圏までは届くまい。まあそこまで行かなくても、フクロウ形態で上空数百mまで上昇したところで、結界は無事に飛び越えられた。後はスライムに戻って自由落下、落ちた先がこの塔の上階にある部屋の窓の外だったというわけだ。


 侵入ミッションは、なかなかに刺激的だった。

 いかに警備網の穴を突き、侵入を企てるかなど、まるでゲームのよう。


 独りスカイダイビングもどきなんてのも、初めての経験だ。

 柔らかいスライムボディで落下すると、気流に突き上げられて自然と気球よろしく球状になってしまったのは、我ながら笑えた。


 カミランをはじめとした宮廷魔術師の調査の目的は、この塔自体であったらしい。

 しかも、地下に秘密が隠されているような言い草だった。


 地下は、颯真も見たことがある。なにせ、異世界に(多分)召喚されて、最初に目覚めたのが偶然にもここの地下だった。

 ただ、颯真の記憶では、地下にめぼしいものは特になかったはずだ。


 一画が研究室っぽい感じの、だだっ広い洞窟としか印象がない。

 床には大規模な魔方陣が描いてあったり、研究機器っぽい物はあった気がする。

 興味自体なかったので、颯真の記憶には薄い。もしかすると、それらがお宝級の物だったのかもしれない。


 こうなれば、塔内でもっと情報を仕入れて、調査団を調査するしかないだろう。

 さあ、今度は諜報ミッション開始スタートだ。


 颯真はノリノリだった。



◇◇◇



 塔は割と古い造りで100年以上はゆうに経っている上、雨風に晒され続けているため、老朽化もひどい。

 内壁も外壁もところどころ壁材が剥げてしまっているし、床や天井に大きなひび割れやちょっとした崩落も目立つ。隙間風や雨漏りもある。


 となると、軟体液状化が自由自在のスライムたる颯真には、塔内部をうろつく人々の人目を盗んで移動するなどお手の物だった。

 ひび割れた壁の隙間を通り抜け、上層の床から下層の天井に漏れ出してと、道なき道を縦横無尽にすり抜ける。


 軽くひと通り塔を這いずり回った結果、塔内には宮廷魔術士が8名、騎士が10名。外には宮廷魔術師1名、騎士が10名ほどいたようなので、把握できたのは総勢で30名ほどといったところだろう。

 結界の外の森の巡回に出る騎士の姿もあったので、実際にはもうちょっといそうだが。


 その動向としては、宮廷魔術師のほとんどが地下での調査に従事し、時折、資料や調書を携えては、上階とを行き来している。

 騎士はそのサポートか、主に警護と護衛の任にあたっているようだ。


 塔を囲う魔術結界によほど自信があるようで、結界内側の塔では、緊張感はかなり薄い。


 颯真は、最初はなるべく人目に触れないようにしていたが、そのうち大胆に接近して、情報収集に勤しんでみた。


 颯真のスライムボディはベス赤い。一箇所にまとまっていると、どうしてもその赤さが目を引いてしまう。

 そこで、風呂敷状に身体を広げ、平べったくなると、元々半透明だった身体がますます透明になり、ほぼ背景と見分けがつかなくなる。これぞ颯真命名、”なんちゃってステルス迷彩”の完成だ。


 宮廷魔術師も研究職なのか、通路を足早に歩きながらも手元の資料に視線を落とし、考え事をそのままぶつぶつ独り言にして漏らす人が多い。


 おかげで、颯真が床の上をなんちゃってステルス迷彩で偽装しながら並走するだけで、結構な量の情報が入ってくる。


 それにより集まった情報は、以下のようなものだった。


 1.この塔には、以前に聞いた『ジュエル・エバンソン』とやらが幽閉されており、今は逃げ出したのかいないらしい。

 2.地下では秘密裏に魔導実験が行なわれ、巨大な魔導生命体が精製された形跡があるが、持ち出された後らしい。

 3.その魔導生命体が完成段階にあったかは不明らしい。


 専門用語も乱れ飛んでいたので、どうにか颯真にも理解できたのは、それくらいだった。


 もしかすると、あのとき高校の教室で聞いた声。あれこそ、ジュエル・エバンソンだったのかもしれない。

 魔導実験の一環として異世界召喚されたものの――重要度はさほどなく、結局打ち捨てられてしまった、と。

 そんなところではないだろうかと颯真は当たりをつけていた。


(にしても、スライムはないわな、スライムは。どうせ別生物として召喚するんだったら、最強のドラゴンとか、そっち方面にしてほしかった)


 とはいえ、今では自由度の高いスライムも、なかなかのお気に入りだったりはするのだが。


 ドラゴンは強いが、巨体で目立つ。勇者や戦士の腕試しとかに、常に戦いを挑まれていそうな存在だ。ドラゴン居住の定番、天空聳える山の上や、火山島、洞窟の中なんてのも、ずっと居ると思うと気が滅入る。

 だったら、バイオレンスとは無縁なスライムでのスローライフのほうがずっといいかもしれない。

 颯真はなんとなく思い直した。


(うんうん。やっぱ、スライムでいいわ、俺。こんな役得もあるしなー)


 颯真は床から、あるものを見上げていた。


 大股で通路を急ぐのは、宮廷魔術師の一員であろう若い女性。その証である純白の外套ローブに身を覆い包んでいる。


 しかしながら、真下に当たる颯真の位置からでは、ローブの下も丸見えだ。

 はっきりいうと、女性のスカートの中身的な。


 歩きながらも資料に目を通すのに夢中で、下にはまるで無頓着、しかも大股歩き。なんたる絶景かな絶景かな。


 いえ、決して故意ではないんですよ? スライムは全身で物を見るから、別にあえて覗こうとしているわけではなく。


 誰とはなしに弁明する颯真であった。

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