子爵邸宅にて
「へぇ~、レリルって貴族だったんだなー。見た目は……見た目
「褒めてもなにも出ないわよ。お菓子くらいしか」
出るんじゃん。しかも褒めてないし。
颯真とレリルのふたりは、ラシューレ邸の敷地内を歩いていた。
門を潜ってから、もう5分ほど歩いているのだが、本邸にはまだ着かない。
「貴族さまかー。俺、そんな偉い人と喋ったことないから、どうやって対応したらいいかわからないぞ?」
「今まさに、こうして話しているわたしも貴族なわけだけど……お父さまはこの町にはいらっしゃらないし、気を楽にしてていいわよ。ここは別宅だから、リジンの町にいるラシューレ家の人間はわたしだけ」
(これで別宅ときたもんだ。あるところにはあるんだねー)
颯真はあらためて周囲を見回した。
門から本邸まで続く石畳。整然と並べられた植樹。手入れの行き届いた庭園には、色とりどりの花がガーデニングされている。
そんな中、颯真たちを訝しげに見つめる数人の集団があった。
一見して使用人とも思えない、一様に白いローブを纏った人物たち。
「あれ誰?」
「あの方たち? ……ああ、きっと、王都から派遣された宮廷魔術師調査団の一団ね。そういえば、お父さまからのお手紙では、そろそろ到着する予定だったかしら。町には一般向けの宿泊施設しかないから、高貴な方々には当家の屋敷の一部を提供することもあるの。今回もそれね」
「ふぅん。宮廷魔術師ね」
その単語は、颯真の脳裏に引っ掛かるものがあった。なにやらもやもやするものがあるが、それがなんであるかはわからない。
「さ。着いたわよ」
颯真がそうこう考えている内に、長い道中も終え、ようやく屋敷の入り口まで辿り着いた。
「ようやくか……腹減った」
「くす。では、軽食などを用意させましょう」
レリルに促され、颯真は屋敷に足を踏み入れた。
そのときには、目先の食欲に、宮廷魔術師のことはすっかり忘却の彼方だった。
◇◇◇
颯真が通されたのは、屋敷の一角にある応接室と思しき部屋だった。
10m四方ほどの室内には、床に毛並みのいい動物の毛をあしらった絨毯が敷かれ、中央には木製の格調高い応接セットが据えられている。壁の棚に居並ぶのは、豪華すぎず質素すぎず、高価な調度品の類。
領民を対象とした一般用の応接室なのだろう。来客者を萎縮させず、かつ子爵としての権威を損なわぬように設計されたインテリアとなっている。
ただ、そんなことは意に介せず、颯真は出された軽食をひたすらわしわしと喰らっていた。
大きめの応接机に所狭しと並べられたサンドイッチやお菓子の皿が、瞬く間に空になっていく。
そんな様子を呆れた面持ちでレリルが眺めていた。
「そんなにお腹が減ってたの? 呆れた食欲ね」
「ほっほへ」
喋る間すら惜しい颯真は、口いっぱいに頬張りながら返事した。
本来なら経口摂取する必要はないので、机ごとスライムボディで覆い尽くして吸収するのが手っ取り早いのだが、人間として振る舞っている今はそうもいかない。
それでも湧き上がる食欲に追い立てられ、こっそりと食料を掴む手からも溶解吸収している。
口からしか食べられないなんて、なんて人間は非効率なんだ――などと嘆く、すっかりスライムに順応してしまった元人間の颯真であった。
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