君の死に顔を見たい

深瀬はる

エピソード1

 もう布団に入ったのに、豆腐にチーズ乗せてチンするやつ食べた過ぎて眠れないよぉ。


 布団から這い出して半纏を羽織る。

 寝静まった家で電気を点けるのは憚られ、スマホの明かりを頼りに台所へ向かった。

 そして「豆腐にチーズ乗せてチンするやつ」ができ上がるのを、鼻の頭を弄びながら待つ。鼻が高くなるように、と毎日鼻を摘まんでいたらすっかり癖になってしまったのだ。効果のほどは全く分からないし、それどころか乾燥して皮が剥けた。

 豆腐にチーズ(以下略)を食べていると、今度は体が無性にエビ汁を欲しているのを感じた。エビチリ、エビフライ、エビ炒飯。最近のマイブームだ。

 もしかして前世はエビを食べる動物だったんじゃないかしら。「前世占い」でググって一番上のサイトにアクセスしてみた。氏名と生年月日を入力する。

『山田恵子さんの前世は……タコ!』

 人をおちょくったような間抜け面なタコのイラスト付きである。

 タコって! 豆腐に(以下略)を頬張りながら一人で面白くなってウヒヒと笑う私。

 シメは梅茶漬けだ。お腹いっぱいになったら眠くなってきた。面倒なので歯磨きはサボる。


 こうして私は再び布団に吸い込まれたまま戻らぬ人となった。

 ~完~



「完! じゃねぇよ! いい加減起きなさい、恵子!!」

「イヤー! 返して寒い死ぬぅ!」

 剥ぎ取られた掛布団に両手両足でカエルのようにしがみつく。

「正月だからっていつまでもグータラしてんじゃないの!」

「正月にグータラしないでいつグータラすんのよ!」

 反論するや否や掛布団越しに蹴りを食らい、私を暖かく包み込んでいた人生の恋人から引き剥がされてしまった。


「初詣くらい行ってきたら?」

「いいよ。寒いし人多いし」

 コタツに引っ越した私は、コタツ布団から頭だけ出して二度寝の構えである。あんたって子は……、と私の生首に母の溜息が降り注いだ。

 溜息を吐きたいのはこっちの方だ。

 毎年帰省するたびに祖母からは「いい人いないのか」「結婚はまだか」の攻勢に晒される。

「昔、女はクリスマスケーキって言われてね、二十四までには結婚したものなのよ~。二十五になったら価値が下がるから」

と時代錯誤も甚だしい。私は二十五日だろうがいつだろうがケーキ食べたいけど?

 今日だって祖母は「恵子にいい人が見つかりますように」と神社をはしごして回っているのだ。ありがた迷惑の極みである。

 今は女性もバリバリ働く時代なのよ、と母は祖母を諫めてくれるのだが、気を遣われているようで余計に鬱陶しい。

 母だって本音では私に早く結婚して欲しいと思っている。そんなことくらい、娘はすぐに気づく。

 実家がこの有様なので、正月も帰省したくはなかった。私の足を実家に運ばせたのは、年に一度くらいは親に顔を見せてやらなきゃという義務感だけだ。

 今のうちにお金を貯めてイケメン介護士のいる老人ホームに入って一生イケメンにお世話してもらお! とか妄想している時点で結婚できる気はしていない。親も祖母も早く諦めて欲しいものだ。孫の顔なら三年前に結婚した姉が見せてあげたんだからいいでしょ。

 かろうじて綺麗なドレスを着たいという乙女心は生き残っている。若いうちに撮っておこう。新郎役は雇う。金髪碧眼の王子様を所望する!

 コタツでニタニタしていると、視界の端で母がこめかみを押さえていた。



 翌一月二日。私は回転寿司屋に来ていた。二歳年上の幼なじみ掛川優一に誘われたのだ。こう見えても私はいざ誘われるとフットワークが軽い。

「ゆいさん髪薄くなりました?」

 ゆいさんとは優一のことだ。小さい頃、私は「ゆういちくん」と上手く発音できず「ゆいくん」と呼んでいたのがそのまま残った形である。

 ただの幼なじみだったのに中学校に上がった途端、妙に先輩後輩を意識してしまい、「くん」が「さん」になり、敬語になった。

 高校は別、大学もそれぞれ違う県に進学したので一旦は疎遠になったが、社会人になってから再び連絡を取るようになった。何かと顔も合わせている。

 三十歳になったゆいさん、髪の密度が怪しくなってきたような?

「やまちゃんこそ鼻の頭ハゲてるよ?」

 ゆいさんは私の鼻を人差し指で弾いた。

「うるさい黙れ触んなハゲ!」

 罵詈雑言を吐き散らし、一気にエビ二貫を口に放り込んだ。ちなみにエビは四皿目である。

「どんだけエビ好きなんだよ。前世タコかよ」

「今世ザビエルのゆいさんに言われたくない」

 タッチパネルを操作してもう一皿追加した。すでに私の前には二十皿くらい積み上がっているが、エビならいくらでも入りそうな勢いである。

「やばい、食欲の冬だわ」

 ゆいさんはあからさまに嘲笑した。

「お前の場合、食欲の春夏秋冬だろ。そんなポップコーンみたいに寿司食ってて大丈夫か? もうすぐ新堂ひなたの握手会じゃなかったか」

「そうなの! 今の私は陽くんに会うためだけに生きてる!」

 俳優・新堂陽。来週、陽くんのカレンダー発売記念握手会が開催される。

 一番綺麗な私で会うために、最近エステにも通い始めた。小顔にするやつと機械で美容液を浸透させるやつ。

「そのコートも新しく買ったんだろ。高そー」

 ゆいさんは、たたんで脇に置いておいた白いファーコートに視線を送る。

「いや、まーそんなでもないですよ」

 一応謙遜しておいたが、本当は結構財布が痛んだ。陽くんの好きな色が白だったのと、雑誌のインタビュー記事で「女の子らしい子が好きですねー」と答えていたのを読んで、値札は片目つぶってこのフェミニンな白いコートを選んだのだ。

 正月のグータラは束の間の休息ということで、正月明けはまたスキンケア、ヘアケア、むくみ対策に励む予定だ。最高のコンディションで当日を迎えたい。おっと忘れちゃいけない、鼻の頭も治さないとね。

「カレンダー九冊予約しましたし。チェキ当たるかなぁ!」

 三冊買うと、握手券とチェキ抽選券が一枚ずつが付いてくる。九冊買うので握手三回は確定だが、チェキは抽選なので運任せだ。

「三十手前のおばさんがこんだけはしゃげればそりゃ楽しいだろうな」

「三十超えても絶対楽しいし」

「分かる。おじさん本当に三十超えちゃったけど楽しいし」

と、ゆいさんが見せてきたのはアニメグッズで埋め尽くされた部屋の画像だった。アニオタのゆいさんは、LINEのアイコンもなっちゃんとかいう二次元の女の子キャラだ。先日も「あ、決めたわ。俺なっちゃんと結婚する」と頭の沸いたツイートをしていた。

「三十超えたことだし、ゆいさんそろそろもういいんじゃないですか、人生」

「確かにやり残したことと言えば、君の死に顔見るくらい」

「寝言は死んでから言って」

「ちょっと面白かったけど傷ついた」

「メンタルくそ弱じゃん……」

「繊細だからね。山田さんみたいに図太い神経してないの」

「お線香三億本くらいお供えしてあげるから死んでくんないかなー今すぐ」

「胸が死んでるお前に言われたくないわ」

「胸は生き残ってるわ」

 ジャストフィットするのはB70だが、見栄を張りたい時はC65。カップ容積が同じ姉妹サイズなので、アンダーがちょっと苦しいのさえ我慢すればCカップを名乗れる。Cあれば殊更貧乳呼ばわりされる筋合いはない!

「こっちだって髪の毛生き残ってるからな」

「本体死ね」

 結局、寿司三十皿にフルーツ二皿を平らげ、ゆいさんに全部奢らせて大満足で帰宅した。


 夜、冷え性だからなーと思って温感ジェルを風呂上りに体にたっぷり塗った二分後、

「アアアッッツイッーーー!!!」

 悶え苦しんで水で冷やしながら全部洗い流した。

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