勝利条件(1)
決闘は明日、となった。
階段の踊り場から話を聞いていた宿の親父さんが、そういうことならと町の役人たちに話をつけに行ってくれたらしい。
クルスの消滅で結界を失った町の人たちにとっては、鷹也は仇敵のようなものだ。
町の皆を安心させる意味も込めて、皆の前で戦ってほしいと勝宏が頼まれていた。
部屋の窓から覗く夜の町並みは、クルスが消滅したことや町を守る結界を失ったことなどなかったかのように、住民の声ひとつない静けさである。
窓枠に頬杖をついている勝宏の背中をベッドから見つめながら、昼間の彼の発言が頭から離れない。
「……勝宏、らしくない」
「そう?」
ふいにこぼした呟きが、静けさのせいで勝宏に拾われてしまった。失言だ。
出会って数日の透に彼の何が分かるというのか、付き合いの浅い透の「らしくない」なんて押し付けにしかならない。
「ご、ごめん」
「ううん。でもほら、よく考えてみなよ。俺の勝利条件は」
「あ……」
そうだ。勝宏の勝利条件は、カード。カードを用いない戦いなら、いくら勝負をしても相手が消滅することはないのである。
「じゃあ、勝宏……」
「そゆこと。ちょっと負ける気分味わわせてやろうと思ってさ」
胸をなでおろす。彼ははなから、ゲームになどするつもりはなかったのだ。
「俺が負けなければいいだけの話だから。そしたら、誰も死なないだろ?」
「……頑張って」
勝宏が頷いて、笑顔でサムズアップを見せた。
これが彼の癖なのか、それとも好きな漫画のキャラの真似なのか分からないが、透にとってはこの仕草も含めて勝宏である。
「それ、いいね」
「ん?」
「勝宏っぽくて、好きだよ」
きょとんと目を瞬かせた彼が、また笑顔に戻ってこちらに歩み寄る。ベッドの隣に腰を下ろした。
「ところで透、いままで食べ物ばっかり頼んできたけどさ。漫画とか持ってない?」
「家には、それなりにあるけど……」
「俺結構漫画好きでさ。東京○種の続編どうなった? 十二巻まで買ったんだけど、十三巻出てる?」
「ご、ごめん、それ、俺見てない……」
「そうなの? んー、じゃあ○都探偵は? あの、特撮の続きが漫画になるって発表出たやつ。楽しみだったのに、俺一話の掲載雑誌見る前に死んじゃってさー」
「えっと、ごめん……」
どっちも聞いたことはある。あるが、前者は名前からしてなんだか怖そうで手が出せなかった。
後者は単純に本編を見ていないので、漫画だけいきなり買うわけにはいかないだろうと思ってそのままである。
「か、買って、こようか?」
「マジで!? やった! どっちかひとつでいいよ。すげー楽しみ!」
では、とりあえず後者を買ってこよう。少しでも彼のスキルの参考になればいい。
一巻はもう出てるかな。出てなかったら、前者の方を買えばいいか。十三巻、十三巻。
(ウィル、いま日本は何時くらいかな)
『二十一時だな。今から行くか?』
(うん。ちょっとでも読んで、勝宏が明日戦いやすくなったらいいと思って)
『了解』
「勝宏。まだ、本屋開いてると思うから、今行ってくるね。起きて、待っててくれる?」
「え? 別に今じゃなくても」
「それ、本編の続き、なんだよね? 新しい技とか、載ってるかもだよ」
『じゃあ飛ぶぞー』
明日のためだ。ウィルに転移を頼んで、透は日本の大型書店へ向かった。
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「……あれ?」
書店に到着すると、早々に目当てのタイトルを発見した。特撮のやつ、の方だ。
一巻どころか、もう五巻まで出ている。
「まあいっか」
五冊とも掴んで、レジに持っていく。
全部与えて夜更かしをされるとコンディションに問題が出るだろうから、今夜は一冊だけ渡すことにしよう。
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買ってきた本の一巻だけを渡すと、勝宏は魔法の光でベッドサイドを照らして大興奮でページをめくり出した。
二巻以降もあるが、明日に響くからそれはまた後でと話すと存外素直にはーいと返事が返ってくる。
なんだか弟か大きな子供ができたような気分になった。庇護されているのは透の方だが。
読み終わった一巻は、勝宏のアイテムボックスの中におさめられた。
あのゲーム画面みたいなところにモノが吸い込まれるのは不思議な感じがする。
この世界のものじゃなくても普通に入っちゃうんだな。大型バスとかも入るんだろうか。持ってこれないけど。
本を収納すると即座に寝落ちした勝宏の頭はどうなっているのか気にならないでもない。
あんなにはしゃぎながら読んでいたのに、興奮で眠れなくならないか心配したのはただの杞憂に終わってしまった。
朝、宿のベッドで目が覚めて思う。最近、日本で寝泊りをする機会がぐっと減った。
理由は、よくわからない。
日本で寝泊りして転移の際だけ勝宏の部屋を使わせてもらう、という方法だと一人部屋の料金で男二人泊まったように思われてしまうから、どのみちツインを取るのに代わりはないが。
日本の方が快適に生活できるし、取った部屋をそのまま使用する必要などないのだけれど。
勝宏と一緒にいるのが楽しいから、かもしれない。
ウィル以外の存在に対して、そんな気持ちになったのは初めてだ。
「朝ごはん、どうする? 何か買ってこようか」
「んー」
寝ぼけまなこであくびをかみ殺す勝宏に、サイドテーブル越しに声を掛ける。
「透って一人暮らし?」
「え? う、うん」
朝食の話を振ったはずだが、また突拍子もない話題が返ってきた。
「じゃ、料理できる?」
「一応は……」
「おおー。俺和食食べたい。味噌汁と焼き魚のザ・日本の朝食! って感じのやつ」
なるほど、そう繋がるわけか。作ってこいということだろう。
「うちにあるもので、作ってくるんでよければ……」
「ん、それで! ありがと」
味噌はある。豆腐とわかめもあったはずだ。魚……は、冷凍してた鮭なら確か残っていたと思う。
あとはだし巻き、和え物と佃煮くらいならどうにか……。
ごく自然に冷蔵庫の中身を思い出し始める透に、ウィルが呆れた様子で呟いた。
『着々とおさんどんさんになってんぞ、透』
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