人生初の友達ができたので一緒に世界救ってきます
す!ず!は!
レッツゴー異世界 ハローヒーロー(1)
『トオル止まれ!』
声に驚いて、思わず歩みを止めた。買い物帰りで両手に抱えていたビニール袋が、唐突な静止で脛にぶつかる。牛乳パックが地味に痛い。
頭の中に突然響いてきた声は、知らない存在というわけではない。ちょっとした知り合いだ。
「ウィル? どうしたの――わっ」
『危なかったな。あのまま歩いてたらトラック突っ込んできてたぞ』
明らかに速度違反なスピードで、目の前をトラックが通り過ぎていった。
中卒と同時に一人暮らしを始めてもう四年目。両親が事故で亡くなった関係で、親戚の支えでまともに学校に通えたのは中学までだ。
両親を亡くした事故は厳密には自動車事故ではないが、ウィルが声を掛けてくれなければ、自分も事故に遭うところだった。
「ありがとう」
『トオルの魂は俺がもらうんだからな』
それにしても、先ほどちらりと窓から見えた運転手の様子がどうもおかしかった気がするが、あれは飲酒運転かなにかだろうか。
「通報したほうがいいかなあ」
『現行犯じゃねーとなあ。ていうかおまえ、ちゃんとドモらず話せるか?』
「……お、俺には無理かも……」
ウィルの指摘する通り、あまりコミュニケーションに自信はない。結構なあがり症で、人に注目されるとそれだけで涙が滲んでくる始末だ。
小学生の頃など、授業の一環でディベートをさせられた時に自分の意見を言いながら泣いたことがある。ペットにするなら猫か犬か、という全く胸の痛まない議題であったにも関わらず。
対立派の意見を先に述べたクラスの男子が、やめろよ俺が泣かせたみたいじゃん、と迷惑そうな顔をしていたのを覚えている。
『まあ、警察に言ったって無駄だ。あれはなんつーか、ぶつかって特定の人間を殺すためのものだからな』
幼い頃のしょっぱい思い出に溜め息をこぼしていると、ウィルが妙なことをつぶやいた。
「特定の人間を、殺す?」
『ああ。ほら、流行ってるだろ。トラックに轢かれて死んで異世界に転生するファンタジー作品。あれはその転生トラックさんだ』
「転生トラックさん……」
『あれに捕まると、死後の魂は異世界の方に強制的に引っ張られて転生するから俺たち悪魔にとっては厄介極まりないんだよな』
人生二周分待つ羽目になる。そう続けて、悪魔――ウィルがけらけら笑った。
ウィルは、炎の悪魔だと自称している。悪魔といってもサタンだとかベルフェゴールだとかそういうものじゃなく、「人ならざる存在」を日本人にわかりやすく例えてくれただけらしいのだが。
彼の姿は昼の間は見えない。夜になると、揺らめく炎が彼の声のする方向に浮かび上がっているのを見ることができる。
ウィルとの出会いはそれこそ、ディベートでべそをかいていたくらいの年の頃まで遡る。友達ができず、両親にまで置いていかれた自分のもとにある日突然現れたのが彼だった。
彼は、空間転移能力を持っていた。その能力を使ってひとけのない美しい海辺や花の咲き誇る草原など、一人きりの自分をあちこちに連れ出してくれた。人間の友達は今の今までひとりもできていないが、彼が構ってくれるので完全な孤独というわけではないのが救いだ。
転移能力を行使してもらう代わりに要求されたのは、死後の魂。悪魔との契約にありがちな条件ではあったが、対価がまるで死後も一緒にいてくれることの約束のように思えて実は少し嬉しかったりする。
「異世界かあ……ウィルは行ったことある?」
『行けるぜ。なんだ、トオルも異世界観光したいのか』
「ちょっと気になるかも」
友人がひとりも居ないと、基本的に一人遊びが中心になってしまう。料理研究をしてみたり、花やサボテンを育ててみたり、なんなら両親の残した自宅に畑を作ってしまったこともあったが、読書も結構好きだ。
ウィルの言うように、ここ最近は異世界をテーマにしたファンタジーがとても多い。実際に観光できるなら、異国の町並みの写真を撮ってみたいものである。
『異世界ってもなあ、どの世界がいいんだ?』
「あ、そうか。異世界もたくさんあって当たり前だよね。……じゃあ、さっきの転生トラックさんの行き先とかは?」
『了解。じゃー跳ぶぜー』
「えっ? ちょ、ちょっと待って荷物、」
転移するならこの買い物袋の中身たちを自宅の冷蔵庫に入れてからの方がありがたいんだけど――などと咄嗟に言えるわけもなく、急な転移で腹を立てた牛乳パックが再び脛を攻撃してきた。
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跳んだ先は、森の中だった。
道を囲む左右の木々が頭上でアーチ状に覆い被さってきているため、緑のトンネルのようにも見える。草木でできたトンネルはずっと奥まで続いていて、日本なら間違いなく心霊スポット扱いだったろう風景である。
「ここが異世界? なんだか、山奥の原生林に来たって言われても納得できちゃいそうなんだけど」
『間違いなく、ここはあの転生トラックの行き先だぜ。トラックにぶつかると、まず神を名乗る存在に会う。そこで特別な能力をひとつ受け取って、この森からスタートするって流れだな』
「そうなんだ」
薄暗い森の中だと、昼間でもぼんやりとだがウィルの姿が見える。
買い物袋を両手に提げて、隣をただよう火の玉に相槌した。ああ、さっきから足にぶつかってばかりの牛乳パック、制止の声をスルーされたせいで異世界観光にまで持ってきてしまった。
「……うん? それって転生になるの?」
『あのトラックは、殺した相手の肉体そのままを異世界で新しく構築して魂を入れるって形を取るタイプだ。転生トラックみたいなのはいくつか種類があるし、ガチで赤ん坊からスタートさせられるタイプのもあるぞ』
特殊能力を得て異世界転生、なんて創作の中だけでの話かと思ったが、目の前に超常現象の塊が存在している時点でフィクションとノンフィクションの境界がだいぶ曖昧である。
それは、いいとしてだ。
「ウィル、ちょっと一旦帰りたいんだけど……」
『おう?』
連れてこられた時にはもうどうしようもなかったが、今ならちゃんと落ち着いて話ができる。異世界観光にしたって原生林探索にしたって、この装備はないだろう。
「さすがに、両手に中身の詰まったレジ袋抱えたままでこんなとこ歩きたくないよ――」
そこまで告げたところで、ふと遠くから爆発音が響いた。轟音が木々を揺らしていく。
え、ここ異世界だよね。今のどう考えても火薬の爆発する音だったんだけど。
『よし、なら一旦家帰るか。探索は準備してからだな』
「ちょ、ちょっとウィル、ストップ!」
『なんだよ?』
せっかく耳を傾けてくれた彼には申し訳ないが、これを無視して帰るのはなんとなく抵抗がある。
「今の音、気になるよ。様子見に行くだけでも……」
『分かった。近くまで跳ぶか』
常時火の玉なウィルの表情は分からないが、燃え方や飛び回り方、声のトーンからある程度は感情が読み取れる。
特に気にした様子のない彼の声色に安堵しながら、ウィルに短距離転移で爆音の近くまで運んでもらった。
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