結局世の中ガチャ当てたもん勝ちですよね?
安登みつき
王城編
第1話 転生
「今日こそ……! こい……! こいっ……!!」
目の前にいる見目麗しい銀髪の女性は、寝転んでタブレットの様なものを一心不乱に叩きながら、まるで競馬場にいるオッサンの如く目を血走らせて画面を見つめていた。
§
自分で言うのもなんだが、
何においても、という訳ではない。一端の男子高校生らしく流行りのアプリゲームやテレビ番組も嗜んでいるし、友達とその話題で会話も出来る。
だがそれだけだ。これと言って突出した能力があるわけでもなく、大体の物事を機械的に上辺だけさらって終わりで、心には火が灯っていない。趣味と呼べる趣味もなく、何かを突き詰めるわけでもなく……夢中になれるものが無いという意味での無関心だった。
しかし、子供の頃からそうだった訳ではない……と思う。その時代時代で何かに熱中はしていたのであろう。
だがおそらく……俺が今の精神状態になり始めたきっかけの出来事は覚えている。
小学生の頃、宿題で親に自分の名前の由来を聞いた時である。
「
そのような事を想定していたわけではないが、親が困ったような言い辛そうな表情をしつつ返した答えは“当時流行っていたから”であった。
……。
これは断じて強がりなどではないのだが、当時を思い返してみても別段ショックではなかった。それはそうだ。何しろ男四人兄弟の四男である。・・・確実に女の子が望まれていたはずだ。四回目ともなれば若干おざなりになるのも致し方ないことだろう。いわゆるキラキラネームと呼ばれる物よりはマシだろうと思っていたし、この名前が格別に嫌いという訳ではない。……その後に産まれた妹を溺愛する両親の姿も、高橋少年の心に何か影響を及ぼしたのかもしれないが。
しかし……“名は体を表す”とはよく言ったものだ。
その親の一言が一滴の雫となって俺の心に僅かな波紋を呼び起こしてゆき、やがてそれは波濤となり、雑多に塗れた何の個性もない“高橋蓮”という人格が形成されていったのだ。
そしてそのまま凡百の中に混じった俺は、親からの無関心をその身に拡げて行き、やがて親への無関心……そして周囲への無関心と段階を経て、遂には量産型へと成り得たのだ。
そうして俺は今日も決まったサイクルをただ淡々とこなす日々を送っていた。それゆえか、何か心躍らせる出来事は起きないかという意識が心の片隅で、本当に奥の奥で存在しながらも、そんな事は絶対に起きないであろう事を確信していた。
結局世の中、自分の引き当てたスタート地点から人生を全うするしかないのだ。
そうして俺は、事なかれ主義のフワフワとした付和雷同な人生を過ごしていた。だからこそ、どこか自分の事を軽く……そして自分という人間を俯瞰で見ているような感覚が常に付きまとっていた。
死ぬのが怖いと思える人生を送ってはいなかった。かといって、わざわざ自ら死にたいとも思っていなかった。
しかしながら……何かのドラマや漫画の中で見た、自ら犠牲になって誰かを助けるような状況に出会ったとしたら……行動に移すことも厭わないだろうな、とは妄想の中で思ってはいた。
だからこんな事をしてしまったのだろう……。
でないと説明が付かない……。
無意識に体が動いてしまったのは、ぼんやりとそんな事を考えていたせいだ……と、女の子を突き飛ばした後に迫りくるトラックの圧を肌で感じながら、俺は与えられた走馬灯の時間を最後まで他人事の様に使っていた……。
――グシャッ
§
気がつくと俺はまっくらな空間にポツンと立っていた。少し離れたところで寝そべっている女性が目に入る。
何が何だか分からない……。俺はとりあえず現状把握のために、半狂乱になっている目の前の女性に声を掛けてみた。
「あのー……」
「だーっ!! またこれだわヘルメスのやつこんな渋いの作ってどういうつもりよ全く……! このフォルトゥーナ様を怒らせるとはいい度胸してるわね……! かくなるうえは使うしかないようね……」
「すいませーん……」
「ん?」
銀髪の女性と目が合う。しばしの沈黙……。その後彼女は立ち上がりながら埃を払い、ゆっくりと優雅な足取りで傍らに置いてあった椅子に座った。
「ようこそ転生の間へ、迷える魂よ。あなたは先ほど天命を終えました」
「もう無理だろ」
急に取り繕った彼女に思わずツッコミを入れてしまったが、彼女は何事もなかったかのように話を進めた。が額に汗が伝うのを俺は見逃さなかった。
「若くして、またさらに若い命のために生涯を終えた魂よ。あなたには2つの選択肢があります」
「スルーかよ……って転生の間? なんだそりゃ……」
「もう、聞いてなかったのですか? あなたは先ほど女の子を庇って死にました」
……突然すぎて何が何だか分からないが、目の前にいる彼女が急に醸し出す雰囲気と美しさに、俺は魂からこれが夢ではないと理解させられる感覚に陥った。……最初に見た姿とのギャップのせいもあるかもしれないが。
「じゃあここは天国か?」
「もう! 転生の間って言ってるでしょ! 私はここを司る女神であなたを導く役目があるの!」
素が出てきたなコイツ。
「わかったわかった。じゃあ早く天国か地獄か判決でも何でも言い渡してくれ」
「なんで私がなだめられてんのよ……。というかそんなのどっちでもないわ」
「え?」
「死んだ魂っていうのは私たちの住む天界で浄化されて、すべての経験と記憶を失ったまっさらな魂として輪廻の間で次の生への順番待ちをすることになってるの」
何だって……? 記憶が……?
「というかあなた死んだんだから当たり前でしょ」
「そうだった……あまりの事に思いつくまましゃべってたが、俺死んだのか……」
変わり映えのしない毎日だったから今日消えてもいいか…くらいに思っていたが、いざ死んでみて何時ものサイクルがもう行えないとなると、それはそれでやり残した事が意外と多い気がする。
まだソシャゲのハイスコアを出してないしアレもしたことないしガチャコンプもしてないしアレとかしてないし……。
「そういう手筈になってるんだけど最近は死ぬ人が多すぎて、いや生まれる生命が少ないと言うべきかしら。とにかく輪廻の間が詰まってきちゃったのよ……。需要と供給の差がどんどん広まってきちゃって……昔より死因も増えてきて、ゲームがうまくいかなくて死ぬなんてどうかしてるわ! ……だから天界はあなたのような記憶も罪もイロイロな経験も少ないあなたのような魂に新たな選択肢を与えることにしたの」
「あんたもしかして心読んでないか?」
「その名も異世界救ってみませんかキャンペーン!!」
「無視かよ」
「供給が足りない世界はたくさんあるわ! そこに送り込んでついでに世界を平和にして魂のバランスを取ってもらおうってわけ! あなたは記憶もそのままに行けるしいいことづくしでしょ!!」
「それって厄介払いっていうんじゃ……」
「そして魔王を倒し、世界を救った暁にはなんと!! あなたの願いを一つだけ叶えてあげましょう!! お金使い放題や女の子抱き放題など今あなたが考えている事が何でも叶っちゃう!! 今なら特別に何か一つ特典としてもっていけるし!! ね!!」
「そんな事考えてねぇよ!」
はぁ…。何やら怪しい勧誘のような気がしないでもないが、自分が自分でなくなるのはイヤだしな……。どうせ浄化されて待合室にブチ込まれるくらいなら俺のままそっちに乗ってみるのも楽しそうだな。
「ハイ決まり! じゃあ特典をざっと部屋に出すからそこから選んでねー!」
「だから心読んでるだろお前」
そんな俺のツッコミをよそに女神様は最初に見た体勢に戻り、何かをタップする作業に戻った。そんな女神様に辟易しながらも、俺は体験したことのない奇想天外な状況に不覚にも心が躍り始めているのを自覚しつつあった……。
§
うーん、イマイチピンとくるものがない。何でも切れる剣は当てられる気がしないし、何でも防ぐ盾はデカすぎて持てないし。そもそも転生先はどんな世界なんだ。それによって対策の仕方が変わってくるぞ。
「おーい女神サマ。今から俺が行く世界はどんな世界なんだ?」
「ビクッ! ……そんなの分かんないわよ。私の仕事は救援要請が来ている世界に貴方を送ることだけだわ。沢山ある世界の何処に飛ばされるかは“運”次第よ」
「なにぃ!? そんな無責任な……それじゃあ特典なんか選びきれねぇよ……。てか今なにか隠さなかったか?」
「か、隠すわけないでしょこの私が!! ほら早く決めないともうそろそろ時間よ!! 転生の門が開きつつあるわ!」
振り向くといつの間にかあった大きな門が俺をゆっくりと吸い込もうとしていた。
「時間制限あったのかよ早く言えよ!! オイどうすんだよ何かオールマイティに役立つモンとかないのか!?」
「じゃああんたの心に聞いてみるわ! それでいいわね?」
「何でもいいから早くしてくれぇ!!」
すると女神の纏う雰囲気がより一層強くなり、彼女の下にうっすら光る魔方陣が形成されていた。
「運命の女神フォルトゥーナの名において命じる……。この者が一番強く望むものを導き出したまえ!!!」
その瞬間魔方陣の光が強く輝いて、俺の目の前になにやら小さな紙きれが飛んできた。……女神様の服の間から。
「ああああぁぁ!!! それはダメぇぇぇ!!! 頑張って作ったのにぃぃぃぃ!!」
遠くに聞こえる彼女の声を聞きながら、紙切れを掴んだ俺の体は宙に浮いて門の中に吸い込まれていき、猛烈な浮遊感に俺は意識を手放した。……掴んだ紙切れが輝いていることにも気づかずに。
――運9999として転移先を再抽選します――残り9回
§
ドスンッ!
永遠とも思える浮遊感から、石畳に叩きつけられたような衝撃を経て、俺は意識を覚醒させた。
「いててて……あの女神のヤツ乱暴に飛ばしやがって……」
「人間……!?」
俺が腰をさすりながら押しの強い女神に悪態をついていると、後ろから透き通るような声がした。
「人間……! 人間の方です……!!」
声のする方へ 振り向くと、まるで絵本の中から出てきたような高貴な雰囲気を放つ小さな女の子が、驚きとワクワクをごちゃ混ぜにした様な目をこちらに向けながら、佇んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます