謎解きは結局、人間を救えない!

渋沢慶太

翼のない人間と片翼の天使と両翼の堕天使

第1話 獣屋敷

片翼の天使は自由に飛ぶ事が出来ない。片翼の天使は2体いる事で自由に飛べる。でも、自由では無かった。2体の天使は目的地が違ったのだ。1体の天使は考えた。もう1体の天使の片翼を捥いで自分につけたら自由に飛ぶ事が出来ると。1体の天使はもう1体の天使の片翼を捥いだ。両翼の天使は何処までも飛ぶ事が出来た。その天使は堕天使になった。翼を捥がれた天使は飛ぶ事が出来なくなった。その天使は人間になった。人間は人間同士で戦った。翼を捥がれた恨みを持ちながら、憂さ晴らしの為に戦った。片翼の天使も両翼にする為に戦った。両翼の堕天使は仲間を増やした。戦いの無い世界で今も楽しく暮らしている。


車のラジオから可愛らしい事が聞こえる。

〈ピーチジュースの天気予報の時間だよ〜ん。最後まで聞かないとお仕置きしちゃうから、ちゃんと聞いてよね〉

ワシはラジオのチャンネルを変えたかったが、天気予報を聞きたくて、嫌々聞いていた。そうするとこの町の天気について教えてくれた。

〈今日は一日中曇ってま〜す。ついでに、明日もずっと曇ってま〜す。太陽さんがいなくて寂しいよ。でも、私がいたら晴れだから安心してね〉

期待した事を後悔した。ラジオのチャンネルを変える。今度は大人っぽい女性の声が聞こえた。透き通った声が心地良い。期待してを天気予報を聞く。

〈今日と明日は一日中曇りでしょう。降水量は今日が20%、明日が30%です。雨具は必要無いのですが、洗濯物は乾き難くなるでしょう〉

期待した事を再び後悔した。気分を変えてCDを聞く事にした。この曲はイタリアの曲で、その中身は『晴れた日はとても美しく、嵐の後の穏やかな空気で、それが祭日の様に爽やかな風に似ていた。しかし、これよりも美しいもう1つの太陽、それはあなたの顔にある私の太陽だった』という意味だ。この曲は今日という日に合わなかった。でも、聞いていて苦では無かった。ロングトーンの声がワシの心を洗った。曇り空もこれから晴れる気がした。目的地の近くに到着して、有料駐車場に車を停める。音楽が止まり、鞄を持って車を出る。車の鍵を開閉出来るスイッチの閉じるボタンを押して鍵を施錠する。鍵をズボンの左ポケットに入れて、とある豪邸に出向いた。曇っていて太陽が存在していない様だった。豪邸に50歳くらいの女性が電子ロックをカードで解除して入って行く。女性は履いていた靴を玄関の棚に入れた。今、玄関の棚に入っている靴は外行きの靴とクロックスの1つずつだ。この女性は独身である情報は正しかった。事実が些細な事で露わになる。でも、ワシは玄関に入る前からその情報を知っていた。玄関の棚の横にスリッパが2個掛けられている。でも、女性はスリッパを履かなかった。何故、女性はスリッパを履かなかったのかが普通の人間には理解出来ないだろう。だが、ワシは理解出来ていた。女性はこれから安全靴を履く事も分かっている。その予言通り、女性は安全靴を履いた。今から、女性は自分で立つ事が出来ない状態に陥る。そんな事は女性には分からない。女性は今日もこれからも太陽を見る事が出来ない。何故なら、今からワシと一緒に日光が当たらない場所に行くからだ。そして、女性は日光が当たらない場所から出る事は出来ない。人はペットに食べられるなんて女性は考えもしないだろう。その考えが今日を以って変わる。そのペットは全てにおいて完璧過ぎた。完璧なペットは商売には持って来いの商品だ。その商品を出す事を良いとか悪いとかで首を突っ込む事はしないが、女性は社会的に許されない事をした。人を裁くのは警察や裁判官だけでない。誰だって裁く事は出来る。法に従って裁くか従わないで裁くかの違いだ。ワシは連続殺人事件の犯人の背後に立った。誰だって殺人者になる可能性はある。でも、殺人者を止める為には先ず、その殺人者を殺す必要がある。人々はそんな考えの人間を策士と言い、その考えに基づいて行動した人間を義賊と言った。でも、義賊になりたいからする訳では無い。これ以上、大切な命を無駄にしない為、ワシは革手袋を装着し、睡眠薬を含んだ白い布を右手に装備する。ワシの右手は女性の唇に触れた。女性は抗う術を持っていない為、脳の指令に背く事しか出来なかった。


誰かがいきなり背後から抱きついてきた。革手袋の白い布を私の口と鼻に当てる。白い布に覆われてしまい、怖くて本能的に息を吸ってしまった。脳は息を吸うなと指令するのに、体が指令に背く。私の瞼は疲れてしまった。その結果、頭に何も入ってこない。何されるか分からないのに、体は抵抗しなかった。膝から倒れてしまう程、足に力が入らない。足元から1メートル50センチの所にある私の両目が床に近づく。脳が受け身をしろと指令をする。今回も体は指令に背いた。額が床に当たったがあまり痛くなかった。神経までが眠たい。床の冷たさが気持ち良く思えた。叫びたいのに声が出ない。意識が遠くなっていく。目を細める間にスーツを着ている人間の犯行である事が後ろから見て分かった。私は不思議でたまらない。芦田あしだ博之ひろゆきはもう死んでいるはずだ。私の知らない人間だからこそもっと怖くなる。ただでさえ怖い状況であるのに怖くなり過ぎて、眠気と気絶の区別がつかない。スーツを着ている人間は鞄を床に置いた。鞄からリード付きの手錠を出した。歴史の教科書で見た奴隷の写真と同じだった。私の手首や足首に手錠された感覚がある。2つの鍵をかけて、スーツを着ている人間の胸の内ポケットに片付けられた。リードの持ち手は手すりに括りつけられる。スーツを着ている人間は私の家のリビングに入って行く。私は瞼を閉じる事しか出来なかった。意識が無くなっていく。私は床の冷たさと手錠の冷たさを皮膚から感じた。その冷たさが何故か気持ちいい。もし、自分が棺桶に入ったとしても、同じ冷たさだと思った。私はこれから多くの呪いを抱いて眠り姫になるのだろう。


ワシの視界にはテレビを置く台が見えていた。テレビを置く台の近くに埃を取る道具が置いてある。テレビを置く台の後ろがあまりにも埃が無い。それがカモフラージュである事を意味していた。ワシはテレビを置く台を左から右に体重を掛けながら押して移動させる。テレビを置く台の下に隠し扉があった。その隠し扉には鍵の概念は無い。この隠し扉を知っている人間は限られている。独身だから不意に知られる事もほぼ無いだろう。ワシはそのまま扉を左にスライドさせて開くと、その場所がいきなり明るくなった。隠し扉を開くと光る仕組みらしい。渡り廊下を歩いて、エレベーターに乗る。エレベーターの鏡に姿が反射した。ワシは鏡には目もくれないで体を横に180度回転して、エレベーターのボタンを見た。エレベーターのボタンは2種類しか無い。BとFだ。BはBasement地下の頭文字で、FはFloorの頭文字だ。Bのボタンを押して閉じるボタンを押す。目の前の扉が閉まった。エレベーターが動き出す前に、ボタンがある右側からアナウンスが流れた。

〈下に参ります。今日という日が有意義に過ごせる事を期待しています〉

アナウンスが終わると、扉が開いた。その光景は異様だった。白い扉以外、ガラスが1面で作られた部屋が見えた。その部屋の近くにパソコンや資料が多くあった。パソコンの文字を遠くから見ようとすると、何故か目が合った。目が合った相手は奇妙な形をした生物だ。口元がこんにちわと動いていた。だが、声は聞こえなかった。よく見てみると、それは全ての生物の長所を足した様な外見の姿だった。例えるなら、鵺兼キマイラ兼バジリスク兼グリフォン兼ペガサス兼ケートス兼マンティコアetc.の様だ。鼻は象の様に見えた。嗅覚が1番優れている動物だと壁に馳せてある資料には書かれていた。他にも、見た事がない耳がついていた。聴力が1番優れているハチノスツヅリガであると同じ壁に馳せてある資料には書かれていた。その生物は顔以外にも奇妙である。足はダチョウの様な形だ。資料には2足歩行で1番速い動物らしい。4足歩行で1番速い動物であるチーターと悩んでいた事が、分厚いルーズリーフを見て知った。強化ガラスの向こうをよく見てみる。そこにはジムの様な場所と学習環境が出来る場所が整っている。他にも、マイクスタンドやトランペット、キャンバスまであった。よく周りを見てみると防音設計になっていたり、壁にいろんな用具の説明が事細かく書かれている事が分かった。石膏像が奇妙な生物を見て笑っていた。頭がもっとおかしくなりそうだから、パソコンのディスプレイを見る事にした。そこにはデータベースや心電図が表示されていた。そのデータベースは頭脳や運動神経、芸術的才能など事細かく書かれている。食事についても事細かい。いろんな食材を食べさせた。その結果、エネルギー量などを考慮して、人間が最適であると論文の様に実験結果が述べている。食材リストに載っていたのは20歳前後の若者達だ。特に女子が多かった。軽くて運びやすいからだと、ワシは考えた。そして、驚くべき事を知った。全てを知った上で、渡り廊下を歩き、エレベーターに乗る。Fのボタンを押し、閉じるボタンをさらに押した。目の前の扉が閉まった。エレベーターが動き出す前に、ボタンがある右側からアナウンスが流れた。

〈上に参ります。全ての生物の為にこれからも研究を頑張って下さい〉

エレベーターが再び開くと普通の日常の光景が見えた。今まで長い夢を見ていた様だった。今もまだ夢の続きかも知れない。まだ倒れている女性のリードを右手に持ち、一緒に置いた鞄を左手に持って、女性をお姫様抱っこした。お嬢様と呼べる程、容姿が綺麗では無いが、身長や体重はお姫様と言っても過言ではなかった。お姫様を抱えながら渡り廊下を歩き、エレベーターに乗った。鏡が非日常を映し出す。ワシは鏡から目を背して咄嗟にBを押す。このボタンを押す事はもう絶対に無い。そして、閉じるボタンを押した。いつも通り、アナウンスが流れる。

〈下に参ります。今日という日が有意義に過ごせる事を期待しています〉

エレベーターから2人は出て行く。お姫様を床に置き、鞄から折り畳んだ車椅子を取り出す。折り畳んでいた車椅子を組み立てて、使える状態にする。お姫様を抱えて車椅子の上に座らせた。第3者から見ると介護している様に見えるかも知れない。でも、今からする事は介護とは180度違う事をする。強化ガラスの部屋の白い扉の目の前に車椅子を移動させた。背もたれが付いた椅子も近くから取ってきて、車椅子の後ろに置いた。パソコンも作業しやすい様に移動させて、ワシは背もたれが付いた椅子に座った。車椅子に乗っている介護者が目を覚ます。ここは病院ではない。被告人と裁判長だけの最高裁判所だ。検察官も弁護士もいない。そして、最高裁判所の判決の実行もここで行う。被告人が証言席に立った。

「何よこれ」

「後ろに振り向くな」

「あんたは誰?」

三島みしまひろし。職業は探偵だ」

「なんでここに探偵がいるのよ。探偵が私に何か用があるのかしら?」

「ある。あんたは法に触れる行為をしている」

「じゃあ、探偵さんは私を捕まえるのかしら?」

「いや、捕まえない。探偵は警察でも裁判官でも無い。だから、独自の裁き方がある」

「私が裁かれる。おかしいわ。この活動は地球にとって有益なのよ」

「何が有益か説明してもらおうか」

「この世の生物は完璧では無い。抗う事の出来ない弱い動物もいれば、鋭い牙を持った強い動物もいる。私はそんな弱い動物達を救ってあげたい。食物連鎖の食う食われるの関係は変わらない。その強さを人々はピラミットの形で表した。そのピラミットの形を人々はヒエラルキーと言った。生物のヒエラルキーは頂点と底辺が入れ替わる可能性はほぼ0%。私は完全生命体を生産する事で縦の関係をなくし、横の関係だけの世界を作ろうとした。その為にいろんな生物の遺伝子を研究し、30年の研究で私は完全生命体を作る事が出来た。3Dデータをコンピュータで作り、遺伝子を特殊な方法でそれぞれの良さを引き出す事が出来た。そうする事で、強い動物だけを食い、弱い動物を守る。まるで、英雄の様な存在の動物を作る事が出来た。確かに私は法に触れる行為をした。でも、この活動が法に触れない国もある。その国にこの完全生命体を放てば世界は幸せになる。有益になる」

「国際条約で決められている事もあるだろう」

「世界全国でそんな事を一々気にしている人間がいるかしら」

「知られなかったら犯罪ではないのか?」

「そうよ」

ここには被告人と裁判長しかいない。証人尋問も出来ない。そして、被告人質問は裁判長が質問をする。ここはもう単なる裁判所ではない。取調室に近いものだ。その取調室は取調官が聞いた事を被疑者の発言次第で獣の餌食にする取調室だ。取調官は被疑者を追い詰める。

「1つ質問していいか?」

「どうぞ」

「この地球の生物に良心だけを持った生物はいたのか?」

「いたわ。だからこそ、拓人たくとは良い子なのよ」

「まさか、この奇妙な生物に名前を付けているのか?」

「当然よ。同じ屋根の下で暮らしているんですから」

森下もりしたひとみにとって、この奇妙な生物は森下家の家族でもあり森下瞳の子でもあるのか?」

「名前も知っているのね。拓人は家族で息子よ。その事で探偵さんに何か迷惑を掛けたなら謝るわ」

「こんな奇妙な生物を作る為に多くの命が引き換えになった。それについてどう思う?」

「さっきも言ったけど、これは世の中を良くする為だから良いと思うわ」

「この奇妙な生物のおかげですでに被害が出た。この奇妙な生物は人間に害がある」

「どんな生物だって害はあるわ。クマもライオンも人間を襲う。何も変わらないわ」

「変わった。少なからず、人間はもう変わっている。20歳前後の若者達が命を落とした。他にも、生物を生徒に教えていた高校教師の芦田あしだ博之ひろゆきは肺がんで死んだ。芦田博之がこの奇妙な生物の生贄の提供元の1人で、お金を貰って動いていた。だが、ある時に交渉が対立した時があった。それは、商業として大量生産する事についてだ。地球温暖化が危惧して環境に優しい完全生命体として販売すれば、収入が右肩上がりなのは目に見えていた。でも、森下瞳は生物のヒエラルキーを変える為に生産するつもりだった。ここで芦田博之をこのプロジェクトから外せば、他人にこのプロジェクトが知れ渡る可能性がある。そこで、芦田博之を豪邸に招いて、ウェルカムコーヒーとして飲ませ、芦田博之を間接的に殺す事を考えた。コーヒーの中にがん細胞を促進させる薬を入れて、芦田博之に飲ませる事で森下瞳が被害になる事を防ぐ事が出来る。結果的に、芦田博之は肺ガンで死んでしまい、森下瞳にとって、何もかもが平和に収まった。下らない野望によって、多くの害を出した。子供は社会にとっての宝物だ。教師も世界を支える上で必要不可欠だ。あんたは奇妙な生物に貴重な生物を与えた。あんたは本当に馬鹿だ」

「馬鹿…大学教授の私にそんな言葉を言ったのは探偵さんだけよ」

「他にも馬鹿な事がある。この奇妙な生物は良心だけを持つと森下瞳は言ったが、本当にそうだろうか?」

パソコンを操作して、奇妙な生物の声を聞こえる環境を作る。

「聞いていたか」

〈はい。聞いていました〉

「拓人。忘れなさい。今のは全てデタラメだから」

「完全に忘れる事も出来る」

「探偵さんこそ、馬鹿の2字熟語が似合うわ」

「実は、この奇妙な生物は外見だけが奇妙では無い」

「内面は綺麗に決まっているでしょう。変な事を吹き込ませないで」

「これを見て欲しい」

「何よこれ」

パソコンにはプログラムが書かれている画面が表示されていた。

「芦田博之は奇妙な生物の中に基盤を入れて、自分で電気を生み出す事でプログラムの命令通りに動いていた。つまり、今の返事やこれまでの生活も全て、誰かが操っているに過ぎない。これは生物に見えて、実はロボットだったんだ」

「そんなはずは無いわ」

「今から、感情を変える」

「えっ…」

ワシがパソコンを操作する。数値を変えて、音量をオンにした。操作した通りに奇妙な生物は動いた。

〈グッグッグッグー、ガァー、グガァーーー〉

奇妙なロボットは叫びながら、強化ガラスを必死に叩く。涎が口周りに垂れている。ワシは変えた数値を元どおりの数値に直し、音量をオフにする。騒がしい場所が急に静かになる。

「…なんでこんな風に動くの?芦田博之は生物の高校教師でしょ」

「考えられる事が1つだけある。他の人間が協力していた」

「どんな人物…」

「工学を教えている人物だ」

錦戸にしきど亜星あせい

「御名答。錦戸亜星が本当の生贄の提供者だ。芦田博之は錦戸亜星に協力していた。生贄を20歳前後の若者達にしたのは、留学を理由にして異国の地に行った設定にしておけば、いろんな事が都合良かった。だが、機械で動かすだけなら生贄は要らない。人間を食べる事によって電気を作る必要があった。人間が動植物を食べるとの同じ様に奇妙なロボットも人間を食べる事でエネルギーを蓄えていた。又、錦戸亜星が森下瞳の行動を監視する事にも都合が良かった。森下瞳が裏切る事を危惧していた。そして、完全生命体を商売の道具として売る場合、完全生命体に機械を入れて売りたかった。量産性や安全性を考慮したからだ。生物は突然変異が起きたりするから、必ず同じ生物が生まれるとは限らない。その事も危惧していたから、芦田博之は錦戸亜星と協力していた。それで初めて完全生命体と呼べる。この話を聞いて、森下瞳は錦戸亜星をどうしたいんだ?」

「私の方が馬鹿だった。私を騙した、それ相応の事を錦戸亜星にしてやりたい」

「それをワシに任せて頂けないだろうか?」

「いいわ」

ワシは胸の内ポケットからUSBチューナーを取り出した。パソコンに繋いで、USBチューナーに入っているファイルからワープロソフトで作られた文章のデータをコピーする。ディスクトップにコピーされた文章のデータを貼り付けした。USBチューナーを取り外し、胸の内のポケットに戻した。

「これで錦戸亜星を容疑者に出来る」

「ありがとう。これで拓人も幸せだわ」

「最後の質問をしていいか?」

「どうぞ」

「何故、奇妙なロボットを強化ガラスの部屋に入れていた?」

「誰だって、1人の時間を大切にしたいでしょ。どんな家族でも子供の部屋を設けている。それと何も変わらないわ」

「太陽を見る事すら出来ない部屋に閉じ込める事が奇妙なロボットにとって幸せなのか?」

「でも、今はこうでもしないと生きていけない。世の中に認めてもらうまでの辛抱よ」

「では、本人に聞こうか」

奇妙なロボットから直接本音を聞きたかった。パソコンに書かれていたプログラムを全て外す。音量をオンにした。被害者はどんな事を思って生活していたのだろうか?

「ここにずっと過ごす事が幸せか?」

〈本当は外に出たい。国語の教科書を読んだんだ。その物語は友達がいたからこそ、本当の幸せを知る事が出来た。僕も友達が欲しい。でも、人間は見た目で判断する生物だ。僕は人間の体と違う。だから、僕を受け入れてくれないと思う。なんで、こんな形で生まれてきたんだろう。僕は普通の人間になりたかったのに…〉

息子の胸の内を聞いて、母親の涙が止まらない。呼吸が荒くなる。

「…ごめんね。拓人。こんな事してしまって。どうしたら…許してくれる?」

〈じゃあ、お腹が空いたから、ムレイワガネグモの様に生贄になってよ〉

「…探偵さん、拓人の言う事を聞いて。依頼者の悩みを解決するのが探偵の仕事でしょ」

「…分かった」

奇妙なロボットは戦う武器を持っていた。母親は奇妙なロボットに食べられる事を望んでいた。ワシは音量をオフにした。胸の内ポケットから2つの鍵を使って手首と足首の手錠を解く。母親は自分で歩いて白い扉の前に立つ。泣いているのに笑顔に見えた。

「ありがとう」

ワシは白い扉をパソコンで開く。奇妙なロボットの目は今まで以上に輝いている。これが本音だ。白い扉が完全に開き、母親は強化ガラスの部屋の中に入る。すると、母親は奇妙な子供を抱く。身長は奇妙な子供の方が10cmくらい高い。奇妙な子供の胸は涙を拭くのに適していた毛だった。母親の涙は止まる事を知らない。涙が床に落ちる事は無かった。奇妙な子供は母親を抱いた。ワシは白い扉をパソコンで閉まっていく。母親の泣いている声が少しずつ聞こえなくなる。ワシは椅子から立ち上がる。鞄を左手に持ち、エレベーターに向かって歩いて行く。扉が完全に閉まった。扉が完全に閉まって、約3秒後にカラス全体に血液が付いた。ワシは少し角度を変えて、強化ガラスの部屋を覗く。母親の顔を奇妙な子供が食べていた。長い舌が母親を飴の様に舐めていた。その舌は食蟻獣の舌に似ていた。食蟻獣の舌が母親の目を器用に舐めていた。ワシは見る事が辛くなって、その場を立ち去る。渡り廊下を歩き、エスカレーターに乗る。Fのボタンを押して、閉じるボタンを押した。残酷な光景は左右から閉じられて見えなくなる。

〈上に参ります。全ての生物の為にこれからも研究を頑張って下さい〉

母親はやっと、有意義な1日を過ごした。エレベーターの中は綺麗で静かだった。鞄もリード付き手錠も折り畳んでいる車椅子も血液が付いていない。エレベーターが再び開くと普通の日常の光景が見えた。空はもう暗かった。今まで悪夢を見ていた。今もまだ悪夢の続きかも知れない。さっきいた場所が眩しい明かりを放っていて、隠し扉を閉めた。テレビの台を隠し扉の上に置かずにそのままの状態で豪邸を出る。それによって、誰でもダイレクトに伝える。後は、法を裁く人間が決める事だ。外に出て玄関の扉を電子ロックのカードで閉める。有料駐車場に向かって歩いた。車に近づいて、胸の内ポケットから車の鍵を取り出す。開閉出来るスイッチの開くボタンを押して鍵を解錠する。車に入り、鞄を助手席に置く。同じ曲が流れた。同じ曲であるのに、何かが違って聞こる。太陽は今、最高の笑顔だった。今まで見た事の無い太陽をある人間は直視した。失明する程、長く見続けた。人間も最高の笑顔だった。太陽は人間に飲まれて行く。目の機能が全て失い、体に謎の感触がある。熱い熱気が人間を襲った。そんな状況でも、太陽も人間も笑顔だった。今日の夜も静かで暗い。太陽の無い今の空は世界の終わりに似ていた。


翌日、生物の副教授が山下瞳と連絡が取れない事から、山下瞳の家に行った。生物の副教授も電子ロックのカードを持っていたから、容易に入れた。生物の副教授が玄関に入り、リビングに行く。テレビの台を移動した形跡がある。扉の様な物が発見された。扉を開き、渡り廊下を歩く。エレベーターを発見して生物の副教授がエレベーターに乗る。Bを押して、閉じるボタンを押した。

〈下に参ります。今日という日が有意義に過ごせる事を期待しています〉

エレベーターの扉が左右に開く。残酷と呼べる光景が目に映る。怖くなって、スマホから警察に連絡する。私は目を背けようとエレベーターのFを押す。閉じるボタンを押さなかったが、一定以上の時間が過ぎて勝手にエレベーターが閉まる。

〈上に参ります。全ての生物の為にこれからも研究を頑張って下さい〉

このアナウンスを嫌った。渡り廊下を4足歩行の様に歩く。扉を開けて、普通の日常を見る。でも、普通の日常に思えなかった。その証拠が外から聞こえるサイレンだ。警察が豪邸に来た。私は2足歩行になって玄関に行く。靴のかかとを踏んで、外に出る。警察は慌てていた。複数の警察官が私に近づく。

小島こじまあずさ。逮捕状が出ていないが、緊急で逮捕状を請求している時間がない。手首を今すぐ出して下さい〉

私は逮捕された。警察の車で逮捕された理由をじっくり聞いた。警察は私が1番森下瞳と接触していた為、殺した可能性が高いと考えられ、容疑者として逮捕した。後から、工学の錦戸亜星が協力していた事が発覚した。私は否認し続けるが、現場から証拠が出ない事を怪しまれる。私の内容が書かれた資料だけを抜いたのではないかを疑われた。だが、犯罪者が自ら警察に電話する事は考え難い。警察は私が事件に関係無いと考えられて、無事仕事に復帰する事が出来た。その時に警察に言われた事がある。

「この事は世の中に言わないで欲しい。こんな生物がいる事が世の中に知れたら、この国が世界から信用が無くなる。今、友好関係を築いている国でさえも縁を切る事になりかね無い。錦戸亜星は逮捕された。さっきの研究室の資料から分かったらしい。実は、もう3体も生産がされていた。計4体が殺処分された。大学は森下瞳と錦戸亜星は辞職した設定になっている。生贄になった20歳前後の若者達は留学先で紛争によって死んだ事が保護者に報告された。今日、私が分かった事はニュースに流れる事は無かった。


歩くとアスファルトで足裏が痛い。外に出たことの無い子供にとって初めての感覚だった。その子供は太陽を見た事が無い。1人の子供は口元に血を流しながら、空を見る。多くの大人が1つのハンカチで口元を拭いてくれた。優れた嗅覚が反応して眠たくなってきた。多くの大人に運ばれ、車のトランクに乗せられた。多くの大人は無口なのに息が荒い。静かであるのに、騒がしかった。それが優れた聴力に伝わる。その時、今日のこの町の空は一面に曇りだった事を知る。優れた視力も眠たくてよく見える事が出来ない。車の振動が眠気を誘った。空に太陽が現れる事なく、子供は寝てしまった。車が止まると子供は目が覚めた。多くの大人が1人の子供を運んだ。運び終えると子供は鉄の部屋に入れられた。1人の大人が鍵を掛けた。子供は太陽が見たくて四角い小窓を覗く。子供は四角い小窓から、大量のスイッチとさっき鍵を掛けた大人が見えた。視力が復活した子供はDanger危険と書かれているボタンが押された事が分かった。何が危険かが分からない。大人は四角い小窓にカバーを掛けた。その時、部屋の至る所にガスが発生した。このガスが危険な事に気がついた。子供の好奇心は危険だと分かっていながら、不思議と匂いを嗅いでしまう。優れた嗅覚がこの匂いをやっぱり嫌う。でも、このガスは止まる事を知らない。ガスは1つ1つの細胞の機能を失わせた。抗う事がしんどくて、ガスを吸う事を受け入れた。夢を見たくて瞼を閉じた。今はもう使えない翼を使って太陽に近づきたかった。でも、体を横にして眠りたい。また今度、太陽を見に行こうと思った。今日は先ず、体を休めたい。子供は永遠の眠りについた。動かなくたった子供を焼却施設に移動させる。焼却後は骨と基盤がある事が分かった。子供が持っていた精神は天に向かって羽ばたいた。それはどんな鳥よりも速く、そして美しく飛んでいた。基盤は焦げていて、もう使えそうにない。骨は土に入れて、基盤はリサイクルに出した。子供は死んだ事で鉄の部屋から解放された。笑顔のまま死んでいた。


奇妙なロボットが母親を食べた翌日、ワシは私立探偵事務所『ミステーロ』に行く。オフィスに入ると、スタッフ全員が立ち上がって挨拶をした。スタッフ全員は座って仕事に戻る。この私立探偵事務所は師弟関係を大切にしている。1人の上司が1人又は、2人の部下を見る。ワシは歳のせいにして1人だけ面倒を見ている。その部下の名前は後藤ごとうつかさ。後藤がいち早くワシに近寄って来た。

「三島先輩、昨日はどうでした?上手く出来ましたか?」

「1人だから上手く出来たんだ」

「そんな悲しい事を言わないで下さいよ」

「冗談だ」

「良かったです。これからも頑張って行きましょう」

「今日の依頼者は…自意識過剰の女か」

「女性なんて心細い生き物です」

「新婚さんが何か語り出した」

「三島先輩も新婚じゃないですか?」

「そうだけどな。子供って欲しいか?」

「実はもう妊娠しているんですよ。今、筋トレしているんです。子供がスポーツ選手になるんだったら、親も鍛えていないと子供に教えられませんから」

「子供に特殊な筋肉が欲しいか?例えば、遺伝子を組み替えたりして…」

「いや、ありのままがいいです。自分の子供ですから。そんな事を聞くなんて、今日の三島先輩どうかしましたか?」

「聞いてみたかっただけだ」

「そう言えば、この前、娘の顔を見せたいって言っていませんでしたか?」

「この歳だから、その事を忘れていた。ちょっと待ってくれ」

「何時間でも待ちますよ」

「表示出来た」

「大人っぽい娘さんですね」

「高校生だ」

「言われなかったら気がつきませんよ」

「親父が死んだ事もあって、大人っぽい性格になってしまったのかもな」

「親父さんは娘を育てる為に死んだんですかね」

「育てたいなら死ぬ必要無いだろう」

「死ななければ、伝わらない事もありますよ」

「そうなのか?」

「冗談ですよ」

後藤はワシが真面目に返答した事を笑う。本当の家族はネガティブな事もポジティブに考えるのだろう。本当の家族にワシはなれない。血が繋がっていないのだからなおさら…

「後、もし良かったら育休を…」

「分かった。出来るだけ頑張ってやる」

「ありがとうございます」

俺はふと、空を見た。天気予報では曇りだったが、今は太陽が見えていた。快晴とは言えないが、太陽を見るにはとてもいい天気だった。太陽の近くの雲が鳥の様に見えた。太陽も雲も笑っていた。2人が望んだ事は叶った。その姿は家族を連想させた。その家族はきっと幸せになれた。ワシの涙が私立探偵事務所『ミステーロ』のオフィスの床に1滴落ちた。

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