第2話
人族と魔族の世界は二つに分かれた。
発動した
彼らは
・・そのはずだった。
「まだ消えるには早いかな」
突如、誰もいなくなった魔王城の王の間に声が響いた。
言葉と同時。
消失寸前だった魂が再び形を成し、気づけば俺たちは覚醒前の状態で床に伏していた。
「実際に会うのははじめて、だね。神の代理者、勇者と魔王」
何処からか光の粒子が集まり人の形を象ってゆく。
膨大な魔力と共に美しい二人の男女が現れた。
その強大な力に空間が悲鳴をあげ城が軋む。
しかしどこか懐かしいようなそんな気がする魔力だ。
「まさか貴方方は・・」
「すまない自己紹介が先だったね。僕は創造神、そして彼女が破壊神だよ」
美しい男の姿をとった、創造神が軽い口調で名乗った。
「何故、ここに…?」
一言で今の心情を表すなら“ありえない”だ。
創造神と破壊神は最上位神。
大きくぎる力ゆえに現世には顕現することなど不可能。
「ここはあなたたちの術の影響で亜空間となっている。だから私たちが顕現できる」
時間は少ないけどね、と彼女は小さく付け足す。
「君たちにも僕らにもあまり時間がない。だから単刀直入に言おう」
「「今まで本当にありがとう。・・そしてすまないことをした」わ」
そう言って深々と頭を下げた。
「!?」
突然のことに状況が飲み込めない。
「か、顔をあげてください」
顔をあげた二人の顔はとても悲しそうだった。
何かを悔いるようなそんな顔だ。
静かに二人は口を開きはじめた。
「僕たちは世界のバランスを崩さない範囲で戦争を止めるため人々の中から勇者と魔王を選び、君たちに神の力の片鱗を与えた」
「けれど、それで貴方達を辛い目に合わせてしまったわ。勇者と魔王という肩書きが貴方達を苦しめた、決して結ばれることのない想いに」
ズキリと心が痛む。
彼らの言う通りなのだ。
魂が再構成されているのも形だけだ。
もう
「僕たちが出来ることは、最後にほんの少し時間を残してあげることだけだった」
「秩序に縛られた私たちにはこれしか出来ないわ」
それでも構わない。
二人で過ごせる時間が一秒でも長くあるなら。
「十分です」
「もともと魔法の完成と同時に失われるはずだった命じゃ」
魔王も思いは同じのようだ。
「そう言ってくれると助かるよ」
「今まで、ありがとう。きっと遠い未来にも平和の象徴として名を残すでしょう」
「俺たちこそ、お礼を言わなければなりません。この力がなければ平和の道も、俺たちが出会うこともなかった。たとえそれが辛い道だったとしても」
俺たちは彼らに深々と頭を下げた。
彼らは少し面食らったような顔をして、
「ふふっ。何から何まで苦労をかけたね」
「貴方達の時間をこれ以上邪魔するわけにもいかないし、私たちはお暇させてもらうわ。」
彼らは手を繋ぎ、何かを唱えた。
二人を象る輪郭がぼやけていく。
「さよなら。私たち、貴方達のこと結構好きだったのよ」
二人が完全に姿を消す直前に、
まるで存在していたことが嘘だったかのように気配がなくなった
◇◆◇
その部屋に残ったのは二人だけ。
創造神と破壊神がこの場から去り、一気に緊張感から解き放たれた。
「…どうする?」
俺の問いが響く。
「何がじゃ」
「残った時間だよ。本当に少ししかないぞ、すでに体が薄くなり始めてるだろ。」
自分たちの体を見れば、徐々に薄くなっていってるのが分かる。
一時間も経たず俺たちは消滅するだろう。
「お主は何かしたいことでもあるのか?」
今度は魔王が問う。
「ん〜、特にないな。お前と過ごせる時間があるならそれだけでいいさ」
「妾も同じ想いじゃ。だが何もしないというのもどうかと思うぞ。」
確かにその通りだ。
「なんかいい案あるのか?」
アイツは少し胸を張って、
「決着をつけようじゃないか!」
「へぇ? 俺とお前とでか?」
俺の目つきが変わる。
「それ以外に何があるというんじゃ。どちらが強いか、最期にはっきりさせようではないか!」
何故か微妙にドヤ顔になった魔王が言う。
「お前が俺に勝てると?」
「お主こそ妾に勝てるとでも?」
俺とアイツの間に火花が散る。
「今の状態なら魔力すっからかんで、純粋な技術の勝負ができるでないか!」
「それは良案だな」
俺は聖剣を、アイツは魔剣を手に取る。
魔力は尽きているが、俺たちが睨み合うだけで空気が震える。
今この場所は亜空間になっているのだ。
この城全体が〈
ここなら何をしたって外に影響を与えない。
相手と向かいあった時の緊張感。
「やっぱこういうのが一番楽しいな!」
互いに放つ闘気で肌がピリピリする。
自然と口角が上がった。
命を奪い合う戦争は大嫌いだ。
だが自分と同等、もしかしたらそれ以上かもしれない相手との勝負はとても楽しい。
命を奪うのではない、純粋に自分を高められる闘い。
「変わったやつじゃのぅ、お主は。」
「何言ってんだ。お前も同じだろう?」
アイツは他人事のように話してるが、口元が緩むのを抑えきれてはいない。
「ふふっ、気づかれたか。自分と同等の相手など長らくいなかったのでな。」
それは俺もだ。
勇者の力を完全に扱えるようになってからは、周りの人間に俺に勝てるような奴はいなかった。
俺たちは示し合わせたようにお互いから距離を取る。
全身の血液が沸騰しそうはほどに熱く早く体を駆け巡る。
アイツは唇を舌でペロリと舐めた。
完全に戦闘態勢に入ったようだ。
正面から向き合う両者に一切の隙はない。
張り詰めた空気の中、俺は静かに目を閉じた。
そして目を開くと同時に一歩踏み出した。
その瞬間、両者の姿は消えた。
カキィィンッと、剣と剣が衝突する音が響き、その余波が部屋中の物を吹き飛ばす。
まさに神速と言える速さで両者は駆け、剣を交えていた。
一合、二合と剣を交え、次第にその速さは増していく。
瞬き一つの間に、何十という剣戟が繰り出される。
「流石勇者じゃ、とても人の身とは思えん。」
「お前こそ相変わらずの怪力じゃないか」
激しい剣戟を交わしながらも軽い口調で会話する。
だが荒れる狂う剣の衝撃波は勢いを増すばかりだ。
「全く、こんな華奢な妾のどこが怪力なのじゃ。乙女心が分かっていないのぅ」
そう言うと同時、力任せで剣を押し込んできた。
「ほざけッ!」
アイツの力に押され体勢を崩したところに鋭い突きの追撃が迫る。
だが俺も急所から外れるように体を逸らし剣を振り切る。
「がっ・・」
急所は外せたが脇腹を切り裂かれた。
その代償としてアイツの腕も大きく紅い線が走る。
再び凄まじい剣戟が始まる。
剣を交じえる度に、衝撃で体に傷が増えていく。
「魔力を失った体がこんなにも脆いものだとは、世の中経験が一番だな」
「ふふっ、それもそうじゃな」
全身の傷から血を流し、視界が霞んでゆくが、集中力だけはどこまでも研ぎ澄まされていった。
生と死の狭間で俺たちは踊る。
剣の煌めきだけを残し、二人だけの世界で踊っていた。
この時間が永遠に続いて欲しかった。
けれど、どんな物語だろうと終わりは訪れる。
「らぁぁぁっ!」
「てやぁぁぁぁ!」
互いに渾身の力を込め、剣を撃ち込んだ。
反動で互いに壁に叩きつけられるが、すぐに体勢を立て直して剣を構えた。
同時に地を蹴り、そして・・・・互いの胸に剣を突き立てた。
肉が引き裂かれる感触が手を伝い、なんの抵抗もなく刃は体を突き抜ける。
聖剣は魔王の魔核を、魔剣は勇者おれの心臓を貫いている。
魔力のない体には致命傷となり、床には赤い水たまりが広がった。
「ゲホッ・・引き分けになってしまったな」
「・・・ああ」
最初からこうするつもりだった。
死ぬのならば最期まで一緒だ。
薄くなっていく体が、さらに色を失っていく。
わざわざ戦う必要はなかったのかもしれない。
だけど俺たちにはこれが一番だった。
「今度こそ終わりだな」
「何かやり残したことでもあったのか?」
「あるさ、たくたんある」
剣が刺さっているのに不思議と痛みは感じない。
「人と魔族が手を取り合うのを、平和になった世界を見たかった。何よりお前ともっと長くいたかった」
「妾だって平和な世界で、勇者と魔王なんて肩書きに囚われず暮らしてみたかった。」
魔王アイツは今にも泣きそうな顔をしている。
俺はそっとアイツの頬に手を添えた。
「たとえ短くとも、辛くとも、お前と一緒にいられて俺は幸せだったよ」
魔王は僅かに目を見開き、俯いてしまった。
「そんなこと言われてしまうと死にたくなくなるじゃろ・・・馬鹿モノ」
「ひでぇな〜」
俯きながらもアイツは俺の服を掴み、振り絞るように言う。
「妾だって幸せだ。もっともっとお前と・・・」
「わかってるさ」
だけどもう時間はない。
今にも体は消えてしまいそうだ。
(ああ、まだ死にたくない・・・)
--ただ一緒にいたかった。
--戦いなんてしたくなかった。
--物心ついた時から勇者と祭り上げられ、平和のため戦えと言われ続けた。
--毎日が命懸けでただひたすらに生き抜いてきた。
--死なないために誰かを斬った。平和のために誰かの幸せを奪った。
--だけど俺にも出来た。この血に染まった手で、最期に平和の礎を築けた。アイツの手を取ることが出来た。
--けどいつも考えてしまう。俺が勇者ではなく、アイツも魔王ではなかったら、違う結末があったのではないかと。
--笑って過ごせた未来があったのならばと…
--そうだったのだとしても最期に側にいるのがアイツで良かった。
俺は唯一動かせる腕をアイツに伸ばした。
***
--彼女は魔王だった。
--数々の人間を屠り、数え切れないほどの血に染まった。
--人間は彼女を悪魔と呼び、魔族は英雄だと称えた。
--彼女の心の内を分かってくれる者などありはしなかった。
--誰よりも優しく、誰よりも平和を願っていた。
--自分の足元に崩れ落ちていった戦士を見るたび、彼女の中の何かが失われていった。
--そんな自分を救ってくれたのは敵である勇者だった。
--彼も苦しみ、また平和を望んでいた。
--その出会いこそ、魔王として長い時間を生きてきた彼女の最初で最後の恋だった。今までの人生で一番、甘く、甘くそして苦い想いだった。
--決して長くない二人で過ごした時間…
平和に捧げた自分たちの命。
そこに悔いはない。
--だけど二人で過ごしたかった。
それは彼女が唯一平和以外に望んだ願い。
自然と彼女の頬に一筋の涙が伝う。
(あやつは最期まで笑っているというのにな・・・・)
***
伸ばされた彼の手がそっと彼女の涙をぬぐった。
「愛してるよ、レノア」
「妾もじゃ、アトラス」
二人は微笑み、消えかけている手を重ねる。
まるで互いを繋ぎ止めるかのように・・・
全身が光の粒子と化し、二人の姿はこの世界から消えた。
二人が手にしていた剣だけを残して・・・・・
***
その日を境に世界は変わってゆく。
完全ではなくとも、少しずつ少しずつ平和に近づいていく。
誰よりも優しかった、二人の望んだ世界へと・・・・
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