第33話 奢り
UGFCの控え室に湯沢浩が入るのを一瞥した彼の弟である由輝は、手にしていたスマホをロッカーにあるバッグにしまう。
「由輝、どうしてここにいんだよ」
問いかけられた由輝だが、まるで聞こえていないかのようにタオルで血塗れの足を拭き、ジャージを手に取った。
◇
控え室に湯沢浩が入っていくのを見届けた佐藤剛は、新田義彦から平手を受け ショックを隠し切れなかった静香のことを思い浮かべる。
──
「佐藤! 」
不意にかけられた聞き慣れた声に佐藤剛は視線を向ければ、頬に氷嚢を当てているチャイナドレスの女子、原川静香と刺青顔の黒服が歩み寄ってきた。
「よ! チビ坊」
佐藤剛は刺青顔の男が自分のアパートの隣人であることに目を開いた。
「なんでいるんだ。クソジジィ」
日頃から彼にクソジジィ呼ばわりされている刺青顔の男は一笑する。
「日雇いで働いてんだよ。お嬢ちゃんが顔に氷嚢当てて歩き回ってたのをたまたま見つけてな。一緒におめぇを探したんだぞ」
小走りに佐藤剛へ寄ってきた原川静香は顔を彼に ずいと近づけた。
「佐藤! 湯沢さんは無事!? 」
急いた口調で問う彼女の圧力と顔の近さに 佐藤剛はほんの少し後退りして、頷いた。
「どこにいるの!? 」
「この控え室ん中」
佐藤がすぐ隣の控え室を指差すと、ほぼ同時に扉が開く。
赤髪でツーブロックのジャージ姿の男子──由輝が姿を現したあと、彼と同じ髪色でモヒカンの湯沢浩が後から出てきた。
「待てって由輝! 」
彼の言葉に聞く耳を持たない由輝はスピードを緩めずに歩く。その様子に湯沢浩は痺れを切らして、由輝の行手を塞いだ。
「由輝、なんでここにいるんだよ!? 最近様子がおかしいと思ってたけどよ! 答えろ!! 」
「ごちゃごちゃ出来損ないが言うなよ。そんなに正拳突きして欲しい?」
睨まれて湯沢浩の体が硬直したのを由輝は鼻で笑うと、彼の横を通り過ぎて去っていく。
湯沢浩はただただ去っていく背中を見つめるしかなかった。
「えーと。どういうことなの……? 」
展開についていけていない原川静香はぽつりと呟くように湯沢浩に尋ねた。
「あいつは、俺の弟です」
「湯沢さんの弟さん……?
「逃げられた」
佐藤剛は答えると、原川静香は早口で捲し立てるように問う
「2人とも無事で良かったけど。でも! なんで
「知らないっすよ! もう何がなんだか……」
今にも泣き出しそうな表情で湯沢浩は頭をぐしゃぐしゃと掻き毟る。
「佐藤……! 」
「俺が今の状況 わかると思うか? 」
佐藤剛は半目で原川静香を見ると、彼女は膨れ面になって視線を下に落とした。
まるで泥水のように淀んだ空気に包まれる。
「あ〜。腹減った! 」
大袈裟に刺青顔の男が大声で言う。
「おめぇらメシ食いに行くぞ! 」
「……なんでそうなんすか? 」
「クソジジィは関係ないだろ」
当たり前に湯沢浩と佐藤剛は突っ込み、原川静香は眉間に皺を寄せて刺青顔の男を見つめる。
「腹が減っては『思考』もできぬ、だ。食いながら話し合えばいいんじゃねぇか」
「それ、『戦』でしょう…… 」原川静香の呟きを気にする様子もなく、佐藤のアパートの隣人である刺青顔の男は 踵を返す。
「今日はおめぇらにメシおごってやるからよ。四の五の言ってねぇで ついて来いや!! 」
さっきまでの調子とは一変したドスの効いた声に 湯沢浩と原川静香の肩が小さく震えた。
佐藤剛の方は心底嫌そうに顔を歪ませる。
この態度が出た時のこの男は、相手をぶん殴ってでも我を通すことを 身をもって知っているからだ。
仕方なく 後を追いだした佐藤剛を見て、原川静香もついて行く。
「行くんすか…… 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。