#143:双輪な(あるいは、為井戸ルーツ)

「ちゃ、着手開始っ!!」


 運営側からゴーサインが出たのだろうか、インカムに手をやっていた実況の桜田さんが、気を取り直したかのようにそう告げ、3rdピリオドは始まったようだ。


 <1st指名者:タメイド:着手>


 バックスタンドの巨大ディスプレイにはそう表示が出るが、あれ、僕と丸男の指名は? これ忘れられてるな。というか、もうタメイドVSアオナギの直接対決の構図が色濃すぎて、他はどうでもいいって感じか。


「高校、大学と言えば誰でも知っている一線級のところを常に上位の成績で通過し、晴れて一流企業の花形営業に就いた私が、何故こんなところまで堕ちたか話してやろう……」


 タメイドの顔はもはや陶然なのか卑屈なのか嘲笑なのか、歪みに歪んでいて何の表情だかわからない。その目はアオナギの顔しか見えていないのだろう、どろりと濁った目は奇妙な光を纏っていた。そして、


「飼っていた猫が突然痙攣を起こして動かなくなった」


 タメイドは吐き出すようにして、押し殺した感情が込められた声を放った。


「夜中の動物病院を叩き起したが駄目だった。次の日欠勤し、億の商談をふいにした。叱責、謝罪、左遷、嘲笑、無関心……自分の部屋から出られなくなり、友人や同僚と会っても顔を見て話せなくなった。会社は辞めた。独りになった」


 ぽつりぽつりと感情を押し殺すように淡々と述べると、にやりとするタメイド。会場は静まり返ったままだ。その空虚な声が響き渡る。そんな中、場違いのように集計がなされ、その結果がディスプレイに映し出される。


 <タメイド:54,321pt:チョキ>


 !! ……この最高評点……っ!! これまでのタメイドのDEPとは全く違う、心の叫びのような、嘆きや憤りが噴出してくるかのような……何というか、心に迫ってくるというか。


「ネットで出逢った仲間から、アプリの存在を教えられた。半信半疑にアクセスして、驚愕した。私のダメになった一部始終が賞賛され、評点まで、優劣まで、勝ち負けまでつけられて露わにされた。恐ろしく不気味な反面、奇妙な快感やら開放感が頭を埋め尽くしていった」


 評点が出されてからも、タメイドの語りは止まらなかった。


「一方で、私はダメを憎んだ。こんなものは負け組同士の傷の舐め合いだと。実際その手の輩が大多数であって……しかし内心、そいつらを小馬鹿にしながらも、私は一度浴びた賞賛からは抜け出せなくなっていた。金も栄誉も思うがままであって……。私は、貪るようにDEPを溜め込んでは、それを一気に吐き出し悦に入る……過食嘔吐のような、いや、それでもない、自分でも理解できない精神状態に陥っていた。そんな時、貴様の事を知った。ダメでありながら、ダメに縛られていない、自由な男を」


 タメイドの表情は今や落ち着きを取り戻していた。その眼差しだけ、鋭くアオナギを捉えてはいるものの。


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