第二十話『セイリアのお勉強・その②:魔法編』
一通りレベリングを終えてレベルが四になったところでオレとグレースは村に戻ってきた。
食堂で彼女からオレがどういうステータス構成にするのか聞いたフーリエさんは苦笑している。
「これはまた……このゲームには難しいステータス構成にするつもりかい?」
「オレがしたいことです。どうしても無理なら諦めますけど、可能性があるなら挑戦したい」
その様子からは、やはり普通じゃない構成を目指しているのだとオレは直感的に理解した。
「でも君がやりたいなら別に良いんじゃないの? さっきも言ったけど、このゲームでは剣と魔法の両立って結構難しいけどね」
「それでもまだ新しいスキル構成とかも考察されている以上は絶対なんて無いし、この先面白い要素が追加されたら、君のステータス構成がスタンダードになる可能性は大いにあるだろうね」
フーリエさんは少々心配な様子だが、一応の理解は示してくれた。それでもオレの先輩二人は渋い表情を変えることはなかったが……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「それじゃあ、今日は僕が魔法について基本的なレクチャーをするとしよう」
昨日グレースにしごかれた村近くの小さな林で、フーリエさんが魔法とスキルの先生をしてくれる事になった。
このレッスンが終わった後にすぐにこの村から出発して、いよいよヒューマン族の水の街に到着する予定である。
「まずは、魔法に欠かせない隠しステータスマナとオドについてからね」
何やら難しそうな話になる予感、そしてそれは斯くの通りとなる。
「どちらも魔法を使うために消費されるエネルギーみたいな物なんだけど、マナはこの大気に存在して、オドは自身の精神力、ここではSPを元にして創られるんだ」
ここまでの理解を最後に教えてもらった一時間の間、結果としてフーリエさんが教えてくれた内容の半分も分かったかどうかだった。
魔法の練習にすっかりくたびれて草地に倒れ込むオレを見たフーリエさんは、苦笑して隣に腰を下ろす。
「まぁ無理をすることは無いよ。このゲームの魔法は単にコマンドを選択して使えるものじゃないから、最初は練習あるのみだ」
「というか、息切れするのはゲームの域を超えてますよ……」
はじめこそ魔法を使うのは特に異常は無かったのだが、SPを消費していくと徐々に運動した後のような疲労感が出てきて、終いには立っていられなくなるほどだった。
フーリエさんいわく、魔法に限らずスキル類はどれも使い過ぎによって、このような体力の消耗につながるという。
仰向けで空を眺めながらも、軽々と魔法で文字を書いていくフーリエさんの様子は正直オレに魔法のセンスが無いと暗示しているかのようだ。
「ちょっと僕の昔の通り名の由来になっている魔法を見せよっか。一回見たことはあると思うけど、ゆっくり見せておこう」
立ちあがったフーリエさんは杖を空に構えると、手近にあった石ころを三個、真上に投げて何かを呟いて大きく声を上げた。
「ルネ、おいで!」
その言葉の後に石ころの周りに水が集まると、三十センチ位の獣の形を模してフーリエさんの足下にゆっくりと着地した。
「これって、アレスティアで呼び出した……」
グレースが空に放った三本の矢を中心にして同じ水の獣を召喚していたのだ。しかし、あの時は全長二メートルくらいだったので、今は随分と小さくなっている。
すると、フーリエさんが犬のような見た目の水の獣を両腕で抱えて説明し出した。
「この子はルネ。精霊獣って言う種族なんだけど、この子を召喚するのも魔法の一つだ」
説明によると、精霊獣は特定の魔法スキルを取得した上で、一定レベルの熟練度まで上げると設定できるようになるスキルらしい。いわゆるエクストラスキルというもののようだ。
「君が使えるスキルじゃないけど、魔法職のプレイヤーはこうした複合魔法スキルを使いこなせて、初めて一人前というのがこのゲームなんだよ」
なるほど、魔法とは奥深いものだな。本当に魔法らしい魔法を目の当たりにして、本当にゲームなのだと改めて認識した。
「剣士職にも魔法を使っているプレイヤーはいたりするけどね……」
「そうなんですか!?」
フーリエさんの付け加えた情報はかなり参考になる。オレがこうしたことに更なる期待を持っているのを察知してか、杖の先で宙に絵を描いて丁寧に説明してくれた。
「例えば妨害系魔法なんだけど、敵を土属性の植物魔法で縛ったり、風属性でも突風で思うように動けなくすることで自分よりも速い相手にも同じ土俵に持ち込めるんだ」
「へぇ、そんな使い方が……」
使いこなせればかなり強いのはグレースも言っていた通りだった。しかし、フーリエさんはこんな事も語る。
「それでも大して魔法スキルの熟練度を上げる人はいないから、いざ使われても僕らにとっては強力な妨害にはならないし、そもそもSP量が魔法職よりも低くくなる。だから使うなら簡単な魔法だけにして欲しいのが僕の意見だ」
本職としての意見は結構厳しいものだった。そしてあと一度だけ魔法の練習に付き合ってもらったところで、村を出発することとなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
水の領地に入って三日後。大きな川があちらこちらに増えてきて進行ペースが落ちてきたが、その間もオレは剣技スキルの特訓を進めていき、ついに熟練度が百に達した。
スキルの一つの到達点を越えると色々とボーナスをもらえるのだが、新しいウインドウが現れたのだ。
「やった、新技が使えるようになった!」
【新たな片手直剣技】というタイトルのウインドウが現れ、その下には二つのスキル名、【クロス・スラッシュ】と【ダッシュ・スラスト】を覚えたと書いてある。
スタートポジションやどのような技なのか分かりやすいように簡単な文章と図での説明もあり、メニューから詳しい内容もチェックできるようだ。
ここでスキルの熟練度の説明をしておくと、熟練度は最大千まで上昇するのだが、百ごとの到達で新技が使えるようになり、さらに高い威力の技や回数の多い連続技といった、より多彩な戦闘を可能にしている。
そして五十ごとの到達で消費SPの軽減かスキルの威力上昇といったスキルの強化ができるようになる。
これはオレ自身もまだまだ勉強不足だが、いずれはその辺りも知識として蓄えようと思う。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして水の領地に入ってから五日後の昼。オレらが歩く草原の先に大きな川に囲まれた街が見えてきた。フーリエさんはマップを確認してからそこを指を指す。
「あそこがヒューマン族、水の領地のホームタウンになっている【ウォルリーネ】みたいだよ」
マップによると水の領地の中心に位置しており、オレらが通ってきた南西側の湿地地帯、北東側の大河地帯の中継地点になっている。
遥か昔にレニアという盗賊の長がここに街をつくり、貧しい人々を住まわせたのが起源になっているようだ。
大河に繋がっている事もあって、特産の魚介類は新鮮かつ絶品らしく、上流域からは円環山脈から流れてくるレアドロップ品にも恵まれている事から、ヒューマン族の中では比較的物資の潤沢な街らしい。
「じゃあ、ここにも現実世界のプレイヤーが居るのね?」
「うん、僕達プレイヤーがこの世界に来て十日目、恐らくホームタウンを挙げて他のプレイヤーの領地に移動はできていないはずだ。生活基盤とか、リーダーの選出とか、初心者とか生産職のような非戦闘員が暮らしていけるようにしていくのがやっとだろうね」
「確かに、食料とか確保するのも重要だわ。私とかならともかく、セイリア君みたいな何も知らない人のために動く必要があるもんね」
十日前、確かにオレはコーネリアから多くのことを教わった。
それでも不十分なこともあるし、未だにグレースたちから学ぶことは本当に多い。それだけこのゲームは現実に近い環境が備わっているのだ。
「とりあえず行ってみよう、ここがどんな状況か気になる」
「確かにね。一応ここには僕の知り合いで、攻略組なら誰でも知ってる人がいるはずだ」
「へえ、誰でも……ね。フーリエの知り合いって気になるわ」
太陽が真上から熱を浴びせる中、オレたちは水の街ウォルリーネの門に繋がる大きな木製の吊り橋を歩き始めた。
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