第13話『王弟エアハルト、アルベルトとの和解』

 王都は震撼していた。

 パルパティア王国アーノルト国王陛下が崩御!

 さらに、侍従をはじめとする宮内省職員、陸軍の実働部隊たる陸上総隊、海軍のイージス艦が丸ごと消失した。国王の側近と、武官上層部がごっそりと消えてしまったのである。

 アルベルトが王都を訪れた時、宰相を務める王弟エアハルトは難を逃れていた。内閣の大臣と文官は皆無事だった。

 王弟にして宰相エアハルト、王太子アルベルト、連合艦隊司令長官ローラント大将が生き残った文官、武官それぞれの最高責任者となったのだ。


 宮殿内にてエアハルトは、国王アーノルトの崩御を受けて閣議室かくぎしつをすぐさま対策本部と定めた。

 閣議室は宰相はじめ大臣らが意志決定を行う極めて重要な場であるが、事態が事態だけに扉は開けられていた。


 アルベルトに連れられたこのはと、侍従長クラウスや侍従武官までもが緊張する。今まで軍事一辺倒だったアルベルトと彼に仕える自分たちが文官の最高機関に足を踏み入れる機会はなかったからだ。

 燕尾服のクラウスが先に入室し、紹介する。

「王太子殿下がお見えです」

「失礼いたします叔父上」

 黒革のブーツがワインレッドの絨毯を踏みしめる。アルベルトは漆黒に深紅の差し色と黄金の装飾が施された近衛師団の軍服姿で入室した。似た軍服の侍従武官が続く。

 エアハルトは立ち上がった。対照的に彼は文官の礼服である燕尾服を纏っている。彼は四十代後半である。その彼が燕尾服を纏う様子は落ち着きを感じさせ、文官の最高責任者である宰相らしい。

 聖地ガイアへの遠征前は武官と文官として対立していた王太子アルベルトと王弟エアハルトだ。クラウスは身構える。だが……

「待っていたぞアルベルト。道中のことはローラントから聞いたぞ。長旅で一皮むけたようだな」

 エアハルトが穏やかに問いかけると、アルベルトも表情をくずす。

「ようやく桜の巫女と出会えました」


 和やかな雰囲気にクラウスは拍子抜けする。事前にローラントからエアハルトに報告があったようだ。

 火焔転移砲について改めてアルベルトからエアハルトに報告が上がった。魔界軍との抗争のエスカレートを招いたことをアルベルトは悔やんだが、パルパティア王室のさだめだとエアハルトは断じた。


「……彼女は来ているのか?」

「はい。廊下に──コノハ」

 まさか王弟にして宰相に呼ばれるとは予想外であり、このはは緊張しつつ入室する。次の挨拶がきっかけとなった──

「失礼いたします宰相閣下……いえ、国王陛下」

「おいおい、陛下って。…………!?」

 大層な肩書きにエアハルトは戸惑うが、アルベルト、このは、クラウス、そして侍従と侍従武官らに見据えられ、息を呑む。

 アルベルトが切り出す。

「俺は王太子といえまだ二〇になっていません。パルパティア王室の本来の王位継承順位では直系子孫が優先ですが、状況を考えて叔父上が国王陛下です」

「いやしかし……最前線に出て武勲を上げているお前の方がふさわしいのでは? 私にも宰相の仕事がある」

「それも考えましたが、俺には国王よりも身軽に動ける王太子の方が性に合っています。最前線で近衛師団大佐として軍を指揮するのは面白みがありますし、魔界軍をぶちのめしてやりたいとも個人的に思います」


 アルベルトは笑ってみせる。


 エアハルトは驚いた。権力欲と軍国主義の塊であるかつてのアルベルトなら隙を見て国王の座を奪いかねないからだ。

「お前が遠慮するとは……」

 桜このはとの出会いを経て、アルベルトが成長したのだとエアハルトは理解した。

「コノハ殿、わが甥を頼む」

「かしこまりました陛下」


 このはとこうべを垂れあうと、再びエアハルトはアルベルトに向き直る。

「しかし後任の宰相はどうする? この危機だ。軍事にも通じる相応な人材が必要だが」

 それについてはアルベルトが既に考えていた。数々の修羅場を乗り越えた人物がアルベルトの側近にいるではないか──


「海軍連合艦隊司令長官、ローラント大将に宰相を兼任させます。空白となる前線部隊指揮官ですが、海軍戦力と陸軍戦力を近衛師団第一騎兵連隊隊長である俺自身が指揮したいと思います」


 エアハルトが目を見開く。

 文官武官関係なく皆がざわめいた。

 エアハルトが手で喧騒を制し、語り出す。

「…………荒唐無稽だが、代案はなさそうだ。文官畑の私には軍事に精通した補佐が必要だろう。前線指揮はお前の得意分野である。王太子が出陣すれば士気も高まるだろう。好きにするといい」


 王太子アルベルトの進言で、国王エアハルトは本日付で王位継承順位第一位である彼を上級大将に昇進させる勅令を発布した。

 国王は大元帥であり、文官である宰相と軍務大臣は無理やり軍の階級にあてはめれば元帥に相当する。アルベルトは歴戦の将であるローラント大将に敬意を払って、彼を元帥相当の宰相に、自身は上級大将に収まったのである。


 エアハルトが腕を組み、アルベルトを見やる。

「ローラント大将が引き受けてくれるかどうか……」

「まさにそこが不安です」


 果たして、ローラント大将は宰相の重責を引き受けるのか──?




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