第11話『女神アポロニアを発見せよ・桜の巫女このは』

 あちらこちらでサファイアを溶かしたような清水が湧き、木々は太陽の光で燦々と木漏れ日をつくる。

 アルベルトがその性格らしく堂々と皆を先導する。

 やがて開けた場所に出た。

 神殿の跡地、遺跡のようだ。

 かつて白亜のかがやきを誇っていたであろう石柱はくすみ、木々のツタが延びている。かつての美しさはないものの、これはこれで神秘的だとこのはは創作クラスタとして感じた。

 アルベルト、クラウス、このはは歩みを止めた。護衛役の近衛師団の将校下士官兵らがそれにならう。

 クラウスがこのはに向き直る。

「コノハ様、こちらが初代の精霊女王アポロニアが眠る、聖地ガイアになります」

「……修繕はしていないんですか?」

「国王陛下の勅令です。当時のままで残すようにと」

「へえ……」

 石柱を見上げるこのはをよそに、アルベルトは神殿に足を踏み入れた。侍従長と言えどクラウスは共には入らない。ここは限られた者しか入れないからだ。パルパティア王国国王と王位継承者。そして──

「コノハ、一緒に来てくれ」

 階段の途中で足を止め、アルベルトは平手でこのはを誘う。

「私が?」

「そのために貴女あなたをここに連れてきた」

 貴女。アルベルトはこう呼んだ。彼が目下の者に敬意を払うことはあり得ない。すなわち、桜このはを対等な存在だと認めたのだ。

 おずおずとこのはがアルベルトと手を繋ぐ……ゆっくりと階段を登り、アルベルトはこのはをエスコートする。


『(桜の巫女現れし時、高貴なる女王アポロニアは目覚める──!)』


 ……生命の息吹が森、草花に宿り、花が咲く。

 たゆたうクラウスの藍色の髪……はらり、と花びらが舞い降りた。

 桜だ!

 いつの間にか、あたり一面は満開の桜が咲き誇り、百花繚乱の桜吹雪に包まれていた。花びらの桜舞い散る先には──


 女神がいた! うら若き乙女だ。シルクのように繊細な金髪に、さらに金色の瞳を宿す。古代ギリシャのトーガのような柔らかな布地を身にまとう。

 彼女こそが、天孫降臨にてパルパティア王国に遣わされた初代精霊女王アポロニアだ!


 アルベルトとこのはは手を繋ぎ、アポロニアを見つめる。

 女神アポロニアは微笑んでいたが、一旦目を瞑ると、慈愛のまなざしでふたりを見据える。崩御ののちは高位精霊に昇華し、世界のあらゆる事象を見通す精霊王だ。

「アポロニア陛下ですね」

 アルベルトががらにもなく敬語で語りかける。

『……あなた方を待っていました。王太子が桜の巫女を連れて来ることは分かっていました』

 アポロニアはこのはに視線を移す。

『彼女は桜このは──すなわち桜の巫女。桜とは満開の花咲かせ儚く散るパルパティア王国の戦士の象徴、そして心の拠り所です。そう、王太子はあなたを愛しました──』

 アルベルトの頬が紅潮する。

 このははパルパティア王国の戦士が英霊として眠る神殿ファルキューレを思い出していた。確か桜の樹が植えられていたと。

『王太子はようやく大切な伴侶を得ました。桜このは。あなたです。異世界転生、王太子との出会い、戦のさなかに結ばれたこと、イエーナ島の休日。全てが必然。運命でした』

 ふたりはよりいっそう力をこめ、手を繋ぐ。

『ですが、桜はいつしか散るもの……』

 アルベルトが渋い面持ちとなる。このはがはっとしてアルベルトの顔を見上げ、アポロニアに問いただす──

「散る……!?」

『いずれ回生かいせいの時が訪れますが、その前にあなた方は魔界皇帝と戦わねばなりません。パルパティア王国をも巻き込む戦乱です』


 アポロニアが遠くへ視線を移す──

 アルベルト、このは、クラウスがならった。近衛師団の人垣が分かれる……


 ──紅蓮の魔方陣が現れ、幾何学模様を描き、廻っていた。

 皆が注視すると、現れる人影──鎧に身を固め、青き肌は筋肉質に引き締まり、角が生えている……


 魔界皇帝グォーザスだった!


 溶岩のように熱く煮えたぎる憤怒を抑え、震える声でグォーザスはアルベルトに問いただす。

「王太子アルベルトだな?」

 ただならぬ様子に近衛師団下士官兵が構えるが、アルベルトはそれを制し、神殿の階段を降りる。クラウスとこのはが静かに続いた。

 グォーザスは単身、この場に来ていた。

「そう言うあんたは魔界皇帝グォーザスか?」

「いかにも。グォーザスだ……一度ならず二度までも愛する女をパルパティア王室に奪われたグォーザスだ!」

 グォーザスは怒り狂っていた。

「あの凶悪な消滅魔法で、女戦士リジル、女軍団長トリーナは死んだ! 私の愛する女は死んだ! 貴様の先祖と貴様自身が殺したのだぞ!! 失った同胞……犠牲。私はそのためにもアポロニアに慈悲を乞いに来たのだ」

 怒髪昇天。髪は逆立ち、まなじりは裂けそうだ。

「火焔転移砲を用いている貴様ら魔界軍が言えたことか、蛮族が」

「先に用いたのは貴様らだろうが!」


 ……魔界皇帝とパルパティア王国王太子の罵りあいをアポロニアは静かに見据えていた。

 女神は口をつぐんでいたが……

『これも、定められたこと──』

 王太子と魔界皇帝が振り向く。

『どちらかが滅びるまで、戦いは永遠に続きます……天上の高位精霊となった私には現世に干渉できません』


 閃光が走る──!

 ……光の粒子を残し、精霊女王アポロニアは消え去った。


 グォーザスは舌打ちし、紅蓮の魔方陣を展開する。

「待て! グォーザス!」

 アルベルトは止めるが、魔界皇帝は姿を消した。


 王太子アルベルトは戦慄する。

 破滅の時が訪れようとしていた──!



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