あ、せんぱいせんぱい
@eomena
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千歳からすという後輩について
桜がほぼ散ってしまった4月の後半、その放課後。
さっさと帰ろ。今日は塾無いし適当に駅前の本屋でも覗くか。なんか好きなシリーズの新刊出てねえかな。もしくは一人カラオケでもするか。いやゲーセン行くか。迷う所だ。
とか考えながら校門を抜けた所で、
「――――あ、せんぱいせんぱい」
ぴょこぴょこしたうさぎを思わせる明るい声が耳に入り、俺はぴたりと足を止めた。
そして後ろに顔を向ければ、そこには予想通りの人物――同年代の少女に比べて少し小柄な制服姿の少女が、無邪気な笑顔をにこにこと浮かべて立っていた。
俺はやや疲れ気味の声を返す。
「……
「はい、せんぱい」
その少女――千歳からすはアホの子よろしくピースサインをしてみせた。そして、しゅたたっと駆け足っぽい歩調で素早く俺の隣に並ぶ。
「探しましたよー、せんぱい」
「探さなくてよかったぞ」
俺は駅の方角へすたすたと歩き始める。
その横をとたとた歩きながら喋る千歳。
「もう、相変わらず冷たいですねせんぱい。こんな超絶美少女が独り寂しく下校するぼっちせんぱいと一緒に帰ってあげようとしていると言うのに」
「ぼっち言うな。あと自分で超絶美少女とか言うなアホ」
「どっちも事実ですからー」
こいつ、さらっと言いやがった……。
だが確かに、俺には明確に友達だと言えるようなやつはいない。一緒に登下校する友達も休日に一緒に遊ぶ友達も教科書忘れた時に借りる友達もいない。ぼっちと謗られてもまあ甘んじて受け入れざるを得まい。
また、これまた確かに、こいつの容姿は客観的に見て悪くはない――と言うか、凄く良い。情報を列挙していけば分かる。丸っこい瞳、スッと通った鼻筋、形の良い唇、整った顔立ちに白磁の肌、
ともあれそんなわけで、真っ向から千歳に反論する材料はなんも持ち合わせていないので、俺はとりあえず姑息に一般論臭い事を並べて適当に返す事にした。
「……確かに事実かも知らんが、事実だからって何でもかんでも言ってると敵作るぞ敵」
「分かってますよ、ご心配なく」
千歳はひょいひょいと手を振って、悪戯する子供みたいに微笑んだ。
八重歯がちらりとのぞく。
「寂しいやつとかぼっちとかわたし美少女ですとかそんな感じに何でもかんでも言うのはせんぱいにだけです。わたし的にせんぱいは特別なんですよ? 喜んでください」
「えー……。それ『特別』ってか『圏外』みたいな意味だろ……しかもその言い方だと俺が敵になっても構わんように聞こえるし」
いい感じの台詞なのに釈然としないぜ。
「へ? ……ああ、確かにそうかもしれませんね」
俺がそんな風に取るとは思っていなかったらしく、千歳は意外そうに目を
そしてすぐ、でも、と前置く。
「知ってますから。せんぱいはわたしの敵にならないって」
「なんだその無根拠な台詞……」
「ふふ、せんぱいの事は大体分かるんです」
千歳がいかにも自信ありげにアホみたいな事を言ってのけたタイミングで、ちょうど駅の中央口の手前まで着いた。人通りが一挙に増えて騒々しさが増す。
俺は雑に肩を竦め、少し声を張って話題を変えた。
「んで、どこまでついてくる気だ。もう駅着いたぞ駅。真っ直ぐ帰れ」
「そうはいきません。真っ直ぐ帰っても暇なだけなんで、せんぱいについていきます」
何故かどやっとばかりに力強く宣言する千歳。えー……。
「えー……俺一人で本屋とかカラオケとか行きたいんだけど……」
「は?」
千歳が妙な生き物を見る目をした。
……大変失礼な反応をされてる気がする。
「おい、なんだその反応」
「いやあのー……」
千歳は妙な生き物をおっかなびっくり触る人みたいな調子で口を開き、
「その、一人で本屋ってのはまだ分かるんです。むしろ大勢で本屋に行く方が珍しいですし。けど一人でカラオケ行くって何ですかそれ。新手の羞恥プレイですか」
「いや言い草酷すぎるだろ……」
別に一人でカラオケ行くのくらい珍しくないだろ。最近だと一人カラオケ専用のカラオケボックスがあるくらいだし。
「でもほら、一人でカラオケ行くのきつくないですか? 友達やら家族やら恋人やらで行くのが普通な所に一人で行くとか、いかにも寂しいやつです感出ちゃうじゃないですか」
千歳が青汁を飲まされた人みたいに超嫌そうな顔で言う。
しかし俺は首を横に振った。
「いや、寂しいやつ感出ても問題ない。周りのやつは誰も俺の事なんか気にしてないから『こいつ寂しいやつだな』とすら実は思われてない。よってなんも気にならない。余裕」
「……それはそれで悲しくないですか」
「まあ、そこは慣れだな」
「何でちょっと得意げなんですか……」
千歳は呆れ半分の声を溢す。
「……まあ、いいです。とりあえずせんぱいは本格的に友達がいない寂しいやつだという事を再認識出来たので」
「失礼極まりないけど事実だから何も言えねえな。……それじゃ、じゃあな」
「あ、はい。ではまた……」
俺の適当な言葉に釣られてうっかり別れの挨拶を口にしようとする千歳。
しかしすぐにはっとした表情になり、慌てて言葉を止めた。
「って、何で自然に解散する流れになってんですか! 騙されませんよ!」
「ちっ、気付いたか」
俺は残念とばかりにぱちんと指を鳴らす。まあ結構無理のある流れだったし、いくら千歳がアホでも騙されるわけないか、そりゃ。
千歳は不満そうな顔でぶうたれた。
「もー、せんぱいは何でそうやってわたしを避けようとするんですかー」
「安心しろ。俺は皆を平等に避けてる」
「安心させる気無いですよね」
「バレたか。じゃあな」
「いや、だから帰りませんってば!」
うがーっと吠える千歳。さながら餌を取り上げられて噛みついてくる犬みたいである。
本当に折れねえなこいつ……と思いつつ、どうしたもんかと頭を掻いていると、
「えーい、とにかく! 今日は一緒にカラオケ行きましょうせんぱい!」
「ええー……俺はソロライフ派で……」
「んな事知ってます!」
千歳はぐわっと俺の言葉を遮る。
そして、一つ息を整え、口を開いた。
「まず、わたしもぼっちカラオケがせんぱい的にアリなのは分かりました。羞恥プレイとか言った事は撤回しましょう」
さも殊勝げにうむうむと頷く千歳。
「ほう。その割には『ぼっちカラオケ』という言い方に悪意が感じられるな」
「言葉の綾です。で、せんぱいがぼっちライフを好む事もまあ、理解と尊重はします。好みは人それぞれですから」
さも殊勝げにうむうむと頷く千歳。
「ほう。その割には『ぼっちライフ』という言い方に悪意が感じられるな」
「言葉の綾です。で、その理解と尊重の上で言いますが――せんぱいの生き様はぜんぜんだめです。人生損してます」
「理解と尊重どこ行った?」
ついに表面上の殊勝さすらかなぐり捨てて俺のライフスタイルをしれっと全否定した千歳は、俺のツッコミなど完全にスルーし、悪びれもせずびしっと人差し指を突きつけた。
「せんぱいは人と一緒に何かをする楽しさを知るべきなのです」
「ふむ」
「カラオケも、一人よりふたりの方が楽しいはずですし」
「ふむ……、そうか?」
「ええ。その証拠に、どんな出来事もふたりなら一人の時に比べて楽しみは倍になり苦しみは半分になる――と世間はいかにももっともらしくわたしたちに吹聴しています」
「まるで信じてねえじゃん」
「言葉の綾です」
「汎用性高いなそのフレーズ」
「ともあれ」千歳は自慢の黒髪を適当に弄りながら、雑な調子で話を切り替える。「結構本気でせんぱいは複数でカラオケする楽しみを知った方が良いです。一人カラオケとはまた違った楽しさを発見出来るはずです。食わず嫌いは損ですよ」
「うん、まあ、そうだな」
俺は首肯する。確かに食わず嫌いはよくないという事は俺も理解出来る。小説や漫画やアニメなんかもパッケージだけで判断して中身を見ない、なんて事をやった暁には名作を逃しまくる事請け負い。ある物事に好き嫌いをつけるなら、それについてある程度は深く知らなければならないのだ。それは分かる。
と、そういう意味で頷いた俺に、千歳はぱあっと笑顔を浮かべ、押し売りでもここまではしないぞってくらいにぐいぐいっと来た。
「お、分かっていただけましたか! それでは早速行きましょう! せんぱいにぼっちカラオケでは味わえない楽しみを分からせてやりますよ!」
「いや、別に俺は……いや、うん、もういいや」
俺は組み立てかけていた反論を中途で投げ捨てた。これ以上頑強に断り続けても多分無駄っぽい。おまけに既に千歳は嬉しそうな表情で「カラオケカラオケー♪」とかアホ丸出しな鼻歌を歌って上機嫌で歩き出してるし。流石の俺もこの期に及んで奴を放置して帰れない程度には血も涙もある。
俺は軽い溜め息を飲み下して、後輩の背中を一歩遅れて追った。
★★★★★★
30分後。
「へっへー。どーですかせんぱい。人と行くカラオケの良さ、分かってきました?」
薄暗いカラオケボックスにて、最近街でやたら耳にする気がする酸っぱい果物の名前がタイトルになってる曲を妙に通る声で歌い上げ、荒い息を吐き吐きテンション高めに聞いてきた千歳に、俺は嘘の無い所を真面目に述べた。
「……ま、快適ではあるな。一人カラオケの場合、ぶっ続けで歌うと喉が死ぬし、かと言って休憩時間を取るとなんかその時間分は損した感じがするが、歌う相方がいれば抵抗無く休憩を取れる。ありがたい」
「いやそこじゃないですよ……なんかもっとこう、テンション上がるとか楽しいとかないんですか」
呆れきった目を向けてくる千歳。
いや、そんな事言われてもなあ。
「んー……まあ、お前歌上手いなくらいしか感想が浮かんでこない」
「そ、そうですか……へへ」
俺が素直に言うと、千歳は恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻き、持っていたマイクを照れ隠しみたいに俺の方へひょいと寄越した。
「じゃ、次はせんぱいの番です!」
「ん……」
ドリンクを一啜りして、俺はマイクを手に取った。
★★★★★★
……いつも、こうなってしまうのである。
千歳からすという後輩。
何故かやたらと俺の前に現れる後輩。
何故かやたらと俺に付いて回る後輩。
俺の志向するソロライフにとって唯一の
そんな彼女を前にすると、俺はいつもこうなってしまう。
至高とする単独行動は、なんだかんだでふたりの行動に変わる。
……これでは、駄目なのだ。
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