純真無垢というR18

 夕方の帰宅ラッシュ。朝の喧騒に、1つ加わる同僚や友達、恋人などの人間関係をつなぐ会話という話し声。


 次々と改札口へ、ピッという電子音をともなって、吸い込まれてゆく人々。その脇にある銀の鉄格子の前を利用客が通り過ぎ、行き交うがさっきから繰り返されている。


 学生2人のリュックがその前を横切ると、いきなり白いシャツが現れた。それはずいぶん肌けた感じで、止まっているボタンは1つきり。


 まるで翼でも広げたように、全開の長袖の腕を柵の上に横たわらせる。呪文でも唱えるようでありながら、どんな聖水にも負けない透明感を持つ男の声が雑踏に混じる。


「魂が濁ってたら……」


 その響きは、皇帝で天使で猥褻わいせつで純真で大人で子供で、様々な矛盾だらけのもの。質感は、数々の真逆のまだら模様。幾重にもかけられたシルバーのネックレス。手先が器用と言わんばかりの手で、そのうちのヘッドの1つがすくい上げられた。


 ――――18時1分19秒。


 その人の前をサラリーマンが忙しそうに通り過ぎると、不思議なことに白のシャツは消え去っていた。だがしかし、螺旋階段を突き落としたようなグルグル感のある声が話の続きを語る。


「……守る必要なんてないんだよ」


 女物の肩がけのバックが改札から出てくると、銀の鉄格子の前に、ピンクの細身のズボンが、紺のデッキシューズを連れて立っていた。


「そんなやつ……」


 人ごみよりも頭1つ半出ている、異様に背の高い男。彼の瞳は一度見たら忘れられないほどの強烈な印象。どこかいってしまっているよう。それでいて、宝石のペリドットのようにキラキラと輝く黄緑色の光を放つ瞳。


「……死ねばいい」


 死神みたいな言葉が、平和の日常、駅の改札口に禍々まがまがしくではなく、神々こうごうしく侵食した。アンドロイドのような無機質な表情の前で、男の右手がすっと上向きで出されると、マスカットの楕円形が突然現れた。


 蛇が絡みつくようなデザインのバングルをした腕が、綺麗な唇に果実を運ぼうとしたが、不意に止まり、スマイルマスカットは不思議なことにどこかへワープしてしまった。


 山吹色のボブ髪は180度後ろへ振り返り、かがみこんで白のシャツの肘を銀の柵にもたれ掛けさせた。黄緑の瞳の先には、綺麗な女とサラリーマンの男が向かい合って立っている。


 天使のように整った顔は、ナルシスト的に微笑んで、軽薄的にナンパするように軽く上げられた男の右手。


「ねぇ、そこの彼女?」

「はい?」


 見つめ合っていた男女は、一斉に男の方へ振り向いた。女は綺麗な顔立ちで、鈴の音のような可愛らしい声が響き渡った。宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳は、今度はホスト的に微笑む。


「どうしたの?」

「あ、あぁ! 聞いてください!」


 女の足を美しく見せるためのピンヒールは慌てて、山吹色のボブ髪の方へ近づいてきた。男が首を傾げたことにより、何重にもかけられたペンダントのチェーンが、チャラチャラと柵にぶつかる。


「何〜?」

「この人、私に痴漢したんです」


 女はそう言って、今は斜め後ろになってしまったサラリーマンを指差した。改札の柵の向こうで、男は足早に近づいてくる。


「い、いや……」

「そう」


 面白いものでも見つけたように、まだら模様の声は短くうなずいた。黄緑色の瞳には、女のブレスレットをした手の中に握られているものが映っている。それは、1万ギル札が3枚。


「そのお金はどうしちゃったの?」

「これで、黙ってて欲しいって言うんですよ。ひどいと――」


 女は息巻いて、持っていたお金を、背の高い男の顔の前で、念を押すように見せびらかした。だがしかし、ナルシスト的な笑みは消え、まるで何の感情も持たないアンドロイドのような無機質な声が途中でさえぎった。


「嘘」

「え……?」


 女は信じられないものでも見るように、言葉を止めた。それに構わず、山吹色のボブ髪は気だるくかき上げられる。


「痴漢されてないよね? お前」

「されました!」


 売り言葉に買い言葉のように、女がヒステリックに叫んだ。だがしかし、まるでどこかの国の謁見えっけんの玉座に座る皇帝のような堂々たる態度で、女を絶対服従させるように、さっきと同じ言葉を繰り返した。


「嘘」

「嘘じゃないです!」


 女は強気。サラリーマンは何か言いたげ。どうもおかしい2人。どこかいってしまっている感のある瞳の向こう側を通る人々がこっちを見て、何かコソコソ話し出した。


 だが、それは、今目の前で起きている3人の事件のことではないようだ。人々の視線が、山吹色のボブ髪の男に集中している。しかも、全員、冬の星空みたいにキラキラと目を輝かせて。


「じゃあ、どうされちゃったの?」


 まだら模様の声が軽薄に聞き返すと、写メのフラッシュが一斉に向こう側から、雷光のように光り出した。だが、男にとってはそんなことよくあることで、女の顔をじっとうかがっている。


「それは……え〜っと……」


 さっきまでの勢いはどこかへいってしまった女。狙った獲物が逃さないというように、さらに前へかがむため、長いピンクのズボンは後ろで交差される。


「どこをどう触られたの?」


 恥辱ちじょく的な質問に、女はカッとなって言い返そうとしたが、


「あなたまで、私に言葉でセクハラするん――」


 さっきまでなかったスマイルマスカットを指先でつまんだそれは、女に突きつけられた。


「お前でしょ? 心にセクハラしてんのは」

「どういう意味ですか?」

「お前が痴漢されたふりして、相手の男を脅して、お金を奪い取るのは、今回ので76回目。違う?」


 罪人が逆転。カウント済みの数字。シャクッとかじったスマイルマスカットのさわやかな甘さを感じている男は、今目の前にいる小ぎれいな女に会うのは、今日が初めて。


「何をでたらめ言って――」


 女は勢いを取り直し、バカにしたように笑った。だが、男は気にした様子もなく、いや、戦車のキャタピラで、丸腰の人間を踏み潰すように、またさえぎった。三日月のような食べかけのヒスイ色の果実を持つ手を、ナンパするみたいに斜め上に向かって持ち上げる。


「そう? ちなみに、75回目は、今朝、7時59分17秒。14番線のホームで。74回目は、昨日の19時13分45秒、今と同じ15番線のホームで少し前寄り。まだ言っちゃうよ〜! 73回目は――」


 日付込み。しかも、秒単位の時刻。場所指定。怖いほど言い当てられてゆく。女の瞳はオロオロと落ち着きなく、何重にもかけられたペンダントの前で、さまよい始めた。


「な、何で……?」


 ハイテンションで続きそうだったデータは、マスカットを綺麗な唇に投げ入れたことによって止まった。


「見てる人間っているんだよ、世の中。最低でも1人いる、誰だか知ってる?」

「……?」


 女はじっと、男の宝石のように異様に輝く瞳を見つめた。それはまるで催眠術のようで、自分が今どこにいて、何をして、どう思って、自分が誰だったかまで、煙に巻かれたように、グルグルとわからなくなってゆく。


 それから解放するため、パンと手を打ち鳴らしたように、男の話の続きが告げられた。


「お前。お前自身が見てる。自分の心、裏切ってる。綺麗に着飾ってるけど、醜い老婆みたいな心してるよね、お前って」


 綺麗だと、美人だと自負しているような女。突きつけられた言葉は屈辱的。唇がわなわなと震え始める。グロスまでつけて、見た目だけ整えたそれがかすかに動いた。


「そんな……」

「脅すって、最低な人間のすることだって知ってた?」


 人ごみ、排気ガスだらけの汚染された首都。それなのに、まるで聖堂のような神聖な場所で、神が天から与えし光が、男の山吹色のボブ髪に、きらめきという妖精が舞い踊るように、降り注いだようだった。


 女からくだらない質問がやってくる。


「どうしてですか? みんなしてますよね?」

「みんなしてるから、していいって理由はどこから来んの?」

「…………」


 女は言葉をなくした。自分の中身のなさを思い知らされて。


 みんながしているから正しいとは限らない。そんな簡単なこともわからない女。判断力の著しい欠如。自主性なし。流されてばかりの人生。


 テレビのドラマの見すぎで狂っている世の中。女がしている行為がどんなものか、男は個性的なバングルをしている腕を上下に軽く振って、親切にも教えてやった。


「脅すっていうのは、人の心を物のように縛りつけて、自分の思う通りに動かす。確信犯だよね? 心にセクハラしてるんじゃないの?」


 女は両手で顔を覆って、すっとしゃがみ込んだ。肩を小刻みに震わせて、嗚咽おえつをもらし始める。


「うぅ……」


 自分の目の前で女が急に泣く。動揺する男は多い。それにつけ込んで、泣いたふりをする女も多い。だが、この黄緑色の強烈な印象を放つ瞳の持ち主には、どうでもいいのだ。人を蹴落として、平然としている女など。


「泣いてる暇があるんだったら、人を傷つけないで生きていける方法を探したら?」


 容赦無く浴びせられる正論。女は派手に泣き出した。


「ひくっ!」


 ぎゅっと握りしめられていたはずのお札3枚は、不思議なことに、肌けたシャツの白の隙間から見える鎖骨の前に現れた。女の脳天でもかち割るように、まだら模様の声が最後の審判を下す。


「お前みたいな女いらないんだよ、はっきりって。死ねばいい」


 極端すぎる。悪を絶対に許さない性格。それなのに、そこにどんな感情も持たない。優越感も正義感もない。ただただ、アンドロイドのように無機質な男の背中に、一瞬、死神が持つような大鎌が刃物という三日月の鉄色を鋭く光らせた気がした。


 金を巻き上げようとしていた女は、こうして、さっきから写メを撮られまくりの男に成敗され、パッと走って逃げてゆく。それをしてやったりと見ているサラリーマンへ、お金は男の手によって無事に戻された。


 だがしかし、男が2人に声をかけた要件はこれだけではない。どこからどう見ても、10代後半の肌ツヤ。それなのに、タメ口で説教は続く。


「お前もお前」


 矛先ほこさきが自分に向けられたサラリーマンは、びっくりした顔をした。


「は、はい……?」


 無事に戻ってきたお金。それを財布に入れている男の前に、さっきまでなかった新しいスマイルマスカットが突きつけれらた。


「何? お金渡して、自分の心売り飛ばしてんの?」


 そうだ。濡れ衣で渡すとは、これいかにである。山吹色のボブ髪を持つ男が言う通り、売り買いできないはずの心を、人に売買している。男は財布にお金をしまい終え、当然と言うように話し出した。


「いや、これは、痴漢だと言いふらされて、社会的地位を落とさないように、家庭を守るため――」


 意味不明な言い訳。厳格という言葉がおびえるほど、異常な厳しさを持つ、写メ撮られまくりの男は、ヒスイ色の果実を一口かじる。


「自分の信念曲げてまで、生きる意味って何? お前、何のために生きてんの?」

「妻と子供のためにです」


 誰かのために生きる。確かに素敵なことだろう。だが、宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳を持つ男からしたら、意味が違う。果実の甘い香りが手を上下に振ると、フワフワと辺りに漂った。


「それって、よくある回答だよね。そういうこと聞いてるんじゃないんだよ。妻と子供がいなくなったら、お前、何のために生きんの?」


 人生は何が起きるかわからない。今目の前にある幸せが全て突然なくなることもある。その時になって、考えていては遅いのだ。自分1人。財産も名誉も何もかもを取っ払ったところに、何があるのかという奥の深い質問。


「そ、それは……」


 サラリーマンの視線は、足元のあたりをウロウロする。自分のために生きられない人間が、人のために生きるとは足元がおろそか意外の何者でもない。下手をすれば、盲目な主人に連れられて、家族まで共倒れである。さっきから、そこを問われていたのだ。今目の前にいる、どう見えも10代の少年から。


「その答えが信念でしょ? それがないから、簡単にお金で自分を売り飛ばすんでしょ?」

「自分のために生きます」


 どこからか適当に見つけたきた答え。当然、螺旋階段を突き落としたグルグル感のある声が、チェックメイトをかけた。


「どうやって?」

「…………」


 これが物事の本質を見ないまま、生きてきた結果。その場限りの言葉で、自転車操業並みに、やりくりした連続の果て。まさか、自分の欲を満たすために生きるとは、体裁ていさいを気にする人間が口にもできるはずがない。


 マスカットをポンと口の中に入れた。袖口のボタンが全開の白いシャツは、鉄の柵にハの字に乗せられる。


「37年と9ヶ月。今まで何して生きてきたの?」

「な、何で、年齢を知ってるんだ……?」


 さっきから、数字がピタリと出てくる。異様に背の高い男の綺麗な唇から。


「人生の半分近くも生きてきて、答えらない。お前何やってんの?」


 10代後半の少年に、30代後半の妻帯者が説教を食らっているの図。サラリーマンはイライラした様子で聞き返した。


「じゃ、じゃあ、反対に聞くけど、何のために生きてるんですか?」


 白の肌けたシャツとピンクの細身のズボン。それらが、聖なる光で包み込まれ、羽根がフワフワと頭上から舞い降りてくる。幻想的な聖堂の身廊を、堂々たる態度で歩いてくる人ではない。もっと高次元の何かのように、少年が降臨したように見えた。


「俺は自分の心、魂を磨くために生きてる。いつも死ぬ間際で努力し続けてね。死ななければ、どんなことしてもいいでしょ? レベルの低い話はやめてよね。人を傷つけるとかそういうの。そんなのしないに決まってるだろう。そんなことしてるやつはいらない。死ねばいい。今日生きるのもやっとの本当に困ってるやつを、1人でも多く助けるために、俺は生きてるけど?」


 いきなり引き上げられた話のレベル。類は友を呼ぶ。下から上は見えない。だが、上から下は見える。なぜなら、自分自身が通ってきた道だからだ。


「…………??」


 まるで未知の言語でも聞いたように、サラリーマンは理解不能で固まった。


「お前にはわからない話だろうね。もう行っていいよ。お前と話すだけ、時間の無駄。っていうか、お前も死ねばいいのに……いらない、お前みたいな人間」


 個性的なバングルを従えて、山吹色のボブ髪はあきれたようにかき上げられた。少年の心は、無機質。そこに感情などない。ただただ、物事の道理を、正直に話しているだけ。しかも、呼び止めて助けて、自分の時間をさいてまで、親切にも言ってやったのだ。本当に大切なことは何なのかと。


 暴言を吐く人は、相手も暴言を吐いてきていると思う。悪意のある人は、相手も悪意を持っていると思う。さっきまで人のよさそうだったサラリーマンの表情は、今や鬼の形相ぎょうそう。本性をとうとう表した。 


「っ……」


 少年には感情がない。それは恐怖心もないということ。どうでもいいのだ。人が怒ろうとなげきわめこうと、そこにきちんとした理由がないのなら。


 事実を受け入れられない。それがどんなに、自分の心を豊かにする糧を、素通りしているのかわかっていない30代後半の男。少年はアンドロイドみたいな無情で、悪の行為にペナルティを放った。


「逆ギレ。そんなことしてる暇があるんだったら、一生はいつくばって努力するんだね。でなきゃ、死んだら疑獄行きっていう未来は変わらない……」


 男は顔を真っ赤にして、右手を後ろに大きく振りかぶる。


「っ!」


 30代後半。それなのに、人を殴ろうとする暴力を働く。少年が言う通り、精神的に大きな欠陥ありだ。人生の半分近くも生きてきたのに、自身の怒りをコントロールできないのだから。


 だがしかし、皇帝で天使で純真で猥褻で大人で子供で、挙げたらきりがないほどの矛盾だらけの少年。彼は無効化する方法を持っていた。


 天地がひっくり返るよりももっと衝撃的で大きな激変。世界が崩壊するほどの豹変、いやもっと上をゆく虎変こへん――惑星が誕生するビックバーン。


 まわりを通り過ぎていた人の流れが、ピタリと止まった。空気がガラッと変わる。その言葉一番しっくりくる。人を超えた存在。それに出会った時の畏敬。ビリビリとした雰囲気。


「何?」


 無機質だが、螺旋階段を突き落としたグルグル感のある声で、少年が軽めに聞き返した。だが、それは、どこぞの国の皇帝のような威圧感のあるものだった。いや、地上にいる全ての人々をひれ伏せさせるほどの迫力を持っていた。


 フラッシュをいていた携帯電話を持つ手が、プルプルと恐怖で震え出す。青白い閃光せんこうは消え去り、駅の硬い床に次々に携帯が思わず落ちて、画面にヒビが入ってゆく。


 騒然とし、殺伐とした、帰宅ラッシュの改札前。駅員が何があったのかを確かめることもできない。まるで自分よりもはるかに大きい生き物に、上からにらみつけられているような戦慄せんりつの有刺鉄線。


 それがあたり一帯に、張り巡らされている感じ。人の気配はするのに、物音が極端に少なくなった国の首都の主要駅。その一角。


 白の肌けたシャツと細身のピンクのズボンを中心として、世界は完全に動いていた。この男、少年が何かしたわけでもない。それなのに、多くの人の動きを思考を抑えられるだけの何かを持っている。


 一度見たら一生忘れられないほどの強烈な印象の瞳。サラリーマンよりも30cm以上も背の高い少年。たった一言聞き返しただけ。しかも、まだら模様の声の持ち主はただ聞き返しただけ。


 それなのに、サラリーマンは手足が震えだして、意気込んでいた怒りも消さざるを終えない状況に追い込まれた。まるで気軽に声をかけてはいけない身分の高い人に、誤って声をかけてしまったような、あの自分の居場所がなく、手の施しようがない無礼という理由で、死刑を言い渡され、執行されるような青ざめ感。


 自分の行為がとても小さなものに思えて、少年の威厳というもので、気まずそうに男は腕を引っ込め、立ち去ってゆく。


「っ……」


 蛇ににらまれたカエル状態だった駅構内は正常に戻った。靴音、話し声、改札を通過する時の電子音。少年の肌けている白のシャツはくるっと反転。銀の柵にピンクの細身のズボン。その腰で、待ち人探すで、寄りかかった――――



 ――――160cmの背丈の瑞希。人ごみに埋もれ気味で、右奥のロータリーへと続く夜空の下から、駅構内に入ってきた。どこかいってしまっている黄緑色の瞳。その照準はなぜか、会ったこともない瑞希に絞られ、


「あの女? そう」


 ターゲットが右から左へと動いてゆくのを眺めながら、皇帝で天使で純真で猥褻で大人で子供で矛盾だらけのまだら模様の声がつぶやいた。


 チャージがないかもしれないという恐怖心。瑞希は今それに鎖でグルグル巻きにされたように心を拘束されていた。バックのポケットに手を突っ込んだまま、人の流れという川に乗ってゆく。


(だ、大丈夫かな? 引っかかる?)


 鎖骨が見えるほど肌けている白いシャツ。細身のピンクのズボンは、急いでいる人ごみだからこそできる死角の中で、すうっと消え去り怪奇現象をまき散らした。


 だがしかし、人々の注目は改札口であり、その先の駅のホームへと続く階段。少年の山吹色のボブ髪がどこにもいなくなったことに気づくものは誰もいなかった。


 瑞希の心臓は今や、ヘヴィメタルを熱演するほどバックバク。近づいてくる、改札という生死を分ける決戦の舞台が。引っかかったら、後ろの人たちが両脇の別の改札へ移動するを余儀なくされる、チャージ不足。


 審判の時がやってきた。瑞希は右手でカードをしっかりと握り、青い画面の上に恐る恐ると近づく。ごくり生唾を飲む。


 自分の行く手を阻んで、バタンと扉が無情にも閉まった時のあの音。聞きたくないものだ。他の人に多大な迷惑をかけ、頭を下げつつ後退し、急いでチャージに行くが、販売機の前で長蛇の列に並ばざるを負えない。すなわち、電車を何本か見逃すという、無駄な労力と時間。


 後悔先に立たず。それを思いっきり知らしめられる出来事。瑞希の左足はとうとう、改札の中へ踏み出した。右足が進むとともに、右手が判決を下す青い光の上にかざされた。


 だが、何も起こらなかった。歩幅を変えることもなく、振り向くこともなく、通り抜けてゆく改札。


(よかった!)


 人ごみ、大勢の中にいるモード。瑞希は声には出さず、心の中で羽が生えたように飛び上がって喜んだ。そうして、次の目的地を目指す。


(よし、山ノ足線……15番線)


 嬉しいことがあると、人によってはテンションが上がるものだ。瑞希もそれにもれずに、そうだった。彼女の空想癖が暴走。


 妄想世界で、彼女のミニスカートとタンクトップは、一気に迷彩柄の戦闘服へ着替チェンジ。上空で待機中の戦闘機から、釣りハシゴが、


 ガシャンッ!


 と、地面へ向かって落とされた。瑞希は急いでそれを降りてゆき、地面近くでパッと大地へ飛び降りる。そうして、大砲みたいな武器、ロケットランチャーを肩に担ぎ、警戒態勢、腰を低くして足早に、


(ゴーゴー!)


 現実での駅の構内で人ごみの間をすり抜け始めた。どっからどう見ても、おかしな人になっている瑞希。妄想中の彼女のブラウンの長い髪が離れてゆくのを、宝石のように異様に輝く黄緑の瞳が追っていた。さっき消えたはずの改札脇の鉄格子のそばで。


「予想外のことはしない……。じゃあ、こうしちゃう!」


 まわりの人をひれ伏させたような威厳はそこにはなく、軽薄的でナンパな声が響いたと思ったら、また男の姿は猛スピードで物が動くように、少しの残像を残してすうっと消えた。そうして、足元には1枚の白い羽根が落ちていた。


 だが、それは誰に気づかれることもなく、人々の靴が動く風圧で、右に左にゆったりとしたスイングのリズムで揺れ動き、クルクルと輪舞曲ロンドを踊りながら、金色の光の尾を引いて、流れ星が消えてゆくように姿が色を落とした――――



 ――――電車が到着もしていないのに、降りてくる人がやけに多い階段。妄想世界で戦士になっている瑞希は気づかなかった。ここで感づいていれば、まだ救いの手はあったのだが。


 すべて登りきったプラットホーム。広がった光景に驚き、現実世界へ引き戻された瑞希。彼女のクルミ色の瞳は大きく見開かれた。


(うわっ! な、何でこんなに混んでるの?)


 右側の電車に乗るため並ぶ人の列。その最後尾は、反対側の左側の端まで伸びており、それが幾列にも奥へ奥へと鯉のぼりが風ではためくように広がっている。ホームのコンクリートはもはや人々の海で、全く見えない状態。それでも、人の流れができているところを探し、瑞希は進んでゆく。


(うわ〜! やっぱり、山ノ足線、混んでる……。だから、地下鉄の方がいいんだよね)


 自販機のライトもかろうじて、あそこにあるであろうぐらいにしか見えないほど、人、人、人の山、いやこうなったら山脈である。いつ、線路に転落事故が起きてもおかしくないほどの大混雑。


 危険回避のため、改札が今すぐにでも閉鎖されてもおかしくない寸前まで来ていた。だがしかし、突如、みんながさっきから繰り返し聴いているアナウンスが響き渡った。


甘谷あまや駅での車両故障の影響のため、山ノ足線はただいま1時間以上の遅延が発生しております」


 首都を環状している沿線。1つでも、トラブったらアウトなのである。瑞希は心の中で後悔の荒波に飲まれた。


(電車がこないから、こんなに混んでるのか! わざわざここを選んで、激ラッシュに巻き込まれた〜〜!)


 瑞希の歩みは止まり、今登ってきた階段があるだろう方へ振り返る。


(今から戻って、3丁目まで歩いて……。首都心しゅとしん線で行った方がいい――)


 だがしかし、一度乗車カードで駅の中に入っている。その場合、改札にピッとしては出れないのである。有人通路に行って、理由を説明した上、出たいと願い出て、乗車履歴を抹消してもらわないといけない。一手間なのだ。


「電車到着しております。白線までお下がりください」


 待ちに待った電車が、ホームに先頭を突っ込んできた。人だかりと騒音で、列車が来たことに気づかない乗客。この機を逃してなるものかと、階段からホームへ登り混んでくる人という津波に瑞希はさらわれ、どんどん後ろへ押され始めた。


(え、えっ? も、戻れない。階段が〜! どんどん遠くなって……)


 そうこうしているうちに、電車がホームへ到着。今度は左側へと動く人の流れに連れていかれる。乗車拒否という選択肢がなくなった瑞希は、もうこれ以上乗らないだろうというのに、降りる人のためにシューッと開いたドアへ他の人たちと一緒に吸い込まれてゆく。


(ダメだ。大人しく乗ろう。せめて、肩がけのバッグは降ろさないと……。迷惑になっちゃうからね)


 斜めに背負っていたアウトレットのバックを手持ちに変えて、いざ出陣。満員電車レベル96に挑戦。すでに乗る場所のない車内、瑞希は入り口に背を向けて、ドアの上の壁に手をかけ、そこを反動にして、中に無理やり体を押し入れた。


(よし! 乗れた!)


 それでも、まだスペースはあると、次々に背を向けて乗り込んでくる人々。瑞希はバックを手にしたまま、反対側のドアへ向かって流されてゆく。


(うわっ! いたたたたっ! 乗る乗る〜! みんな、待ってたんだもんね、乗るよね〜)


 足の踏み場がない。靴だらけの電車の床。


(どこまで流されて……。っていうか、ドア付近から離れたい! 右だ、右……)


 入り口近くのポールから、2つほど入ったつり革で何とか止まった。だがしかし、それでも入ってくる人の群。瑞希にピンチが訪れた。


(あっ! バックと自分が離れそうになってる! 何とかこっちに引っ張らないと……)


 右手だけしか持っていないバック。離したら最後、どこへ行ってしまうかわからない。今や、人々の陰で姿形も見えないそれを、必死に自分へ引き寄せる。腕を引っ張ってを繰り返しながら。


「発車します」


 運転手の人がどんなに気遣ってくれても、足を広げて乗れないほどの混雑。それでも動き出した電車。当然倒れそうになる。しかも、ドミノ倒しのように。


(うわ! お、押されてる……。捕まるところがない)


 瑞希は必死で、頭上をくまなく探す。ポール、つり革。その間にある鉄の棒。どこもかしこも、人の手だらけ。全くスペースがない。


 何とか真っ直ぐ立とうとする人の流れで、愛しの恋人――バックは永遠の別れへと連れ去れそうになる。瑞希は手を自分の方へ引っ張る、人々の服の間で横すれを起こしながら。


(バック、離れちゃう! 引っ張って!)


 話す余裕もない。いや、話せるような雰囲気ではない。超満員電車。瑞希はあたりに漂う平和ではない空気をひしひしと感じる。


(殺気立ってるよね、満員電車って……。まあ、そうだよね。みんな苦痛だからね……仕方がないね)


 何とか一息つけるかと思いきや、


(うわっ! 急ブレーキ!)


 バタバタと足音が響くと同時に、人がどっと押し寄せる。下手をすれば、ボウリングのピン並みに倒れそうな満員電車。


(仕方がないよね。運行が乱れてるから……。でも、その度に、つかまってない人が民族大移動のごとく動く〜〜!)


 瑞希のすぐ隣に、白の肌けたシャツがいつの間にか立っていた。その人の髪は山吹色のボブ。それは、他の人よりも頭1つ半ほど出ていて、天井に着きそうに高い。何重ものペンダントヘッドのすぐそばで、瑞希は安堵のため息をもらす。


(駅に着いた。あぁ〜、私は降りないんで、背中を通ってください!)


 人が自分より奥から、湧き水のようにドヤドヤと流れ出てくる降りる人々。よけないと、障害物と認識され、出入り口まで押されていってしまう。瑞希は背をそらして、無理やり隙間を作る。白のシャツに、顔があと数mmでぴったり近づいてしまうくらいまで。


(人が動くたびに、バックが〜〜! 離れちゃうから、引っ張らないと……)


 ドアから再び人が乗ってきて、車内が動き出す。瑞希は手で必死に捕まえる。誘拐されそうなバックを。出発した列車内で、彼女はブラウンの頭の上に、異変を感じた。


(ん? 視線を感じる……)


 ふと顔を上げると、そこには、宝石のように異様にキラキラと輝き、どこかいってしまっている瞳の黄緑色が降り注いでいた。瑞希のクルミ色のどこかずれているそれと出会うが、それは刹那。気まずそうに瑞希は視線を外す。


(……仕方ないよね。すぐ近くにいるから、目が合うよね。他のところを見ておくようにしよう)


 パーソナルティースペースは完全にもう破壊されていて、電車が動き止まるたびに、人々は進行方向に前進後退する。そのたびに、熱く激しい逢瀬おうせを重ねたが、夕方の大ラッシュという宿命に、瑞希はバックと悲劇的に引き裂かれそうになるのだった。他の人の服の間で、彼女の手が引っ張るをリピート。


 それでも、やはり感じる視線。瑞希はもう一度見上げる。白の肌けたシャツから露出している鎖骨を通り越して、男の顔を。空から降りてきたのかと思うほど、神がかりな顔つき。天使かと見間違うような顔立ち。


 黄緑色とクルミ色の瞳は、火花を散らすような勢いで、密着度満点の中でバッチリぶつかった。


 だが、瑞希がまた慌てて視線を落としたため、視界は何重ものペンダントの銀の楕円だけになった。その中の1つの時計のヘッドをぼうっと見つめる。それは、今18時10分過ぎを指していた。


(え……? 綺麗な人だ。こんな人いる――!)


 23歳、彼氏なしの乙女。素敵な人がいれば、当然、感心する。だが、ここまでだった、瑞希が幸せで平凡な人生を送れたのは。


 彼女は体の一部に異変を感じて、満員電車の中で混雑からくる苦痛ではなく、別の意味で1人顔をしかめる。


(あれ? 手の甲に何がある……。さっきまでなかったよね?)


 突然、何かが現れた。しかも、人が幾重にも重なっていて、それが何かを直視できない。瑞希は手の甲という触覚を使って、原因究明に当たる。


(硬い棒状のものがある……? でも、これはどこかで感じたことがある……!! これはっっ!!)


 自分の数少ない経験からはじき出した結果。それは衝撃で狂気で脅威で革命……まとめて、各々おのおのてきがつく。瑞希の顔は驚愕きょうがくに染まり、


(手、急いで離せ! す、すみません。バック、引っ張ってた手がすれて――!)


 バックを引っ張っていた手を自分へちょこっとだけ寄せた。


 人はいっぱいいるが静かな車内。事がことなだけに、瑞希は声にはせず、白いシャツの前で、小さく頭を何度も下げ続けていた。だが、電車が止まったと同時に、その手首をガバッとつかまれて、電車の床の上をローヒールサンダルは、ズルズルと引きずられてゆく。


(え……えぇ? あ、あの……ちょっと待ってください! 私は降りないんです! 手を離してください! あ、あの!)


 ツルツルとした床の感触がなくなり、ストンと下に一段降り、コンクリートの無機質でありながら、夏の熱を十分吸い込んだそれに、サンダルのヒールは立っていた。


 瑞希の視線の先には、白の肌けたシャツが夕風に舞い、最低限の筋肉しかついていない男の素肌が映っていた。


 みそぎをするために、頭上高くから降り注ぐ、聖なる光のスポットライトを浴びているような神聖なオーラ。


 様々な真逆を含むまだら模様の男の声。それは怒っているのではない。もちろん、笑っているわけでもない。だた、威圧感この上ない。下手をすると押しつぶされてしまうほどであった。


「お前さ、俺に何してくれてんの?」


 瑞希は唇を噛みしめて、ぺこりと頭を下げた。すると、ブラウンの髪がバッと、駅の明かりの下で半円を描く。


「あ、あぁ……すみません」


 そうして、螺旋階段を突き落としたグルグル感のある声が、体の部位名と状態の単語を何の躊躇ちゅうちょも、いや下心、それも違う。羞恥しゅうち心も猜疑さいぎ心も背徳感もなく、それどころか、純真無垢という言葉が一番似合う。矛盾しているようだが、そうとしか言いようがない。それで口にした。


「俺のペ××をさすって、ボ××させてる。これって、痴漢行為だよね?」


 浴びせられた言葉が言葉なだけに、23歳の女なら、公然わいせつ罪と反発するところ。だが、瑞希はそこは普通にスルーしていってしまい、自分よりも41cmも背の高い男の黄緑色の瞳を真摯しんしに見上げた。


「……確かに、結果はそうですけど、違います」

「どう違うの?」


 201cmの長身。それだけでも目立つのに、そばを通っていた女子高生の黄色い悲鳴が突如上がった。


「きゃああっ!!」


 そうして、さっきの改札口と同じように、写メのフラッシュが大量に焚かれ始める。まるでどこぞの記者会見のようになってしまった駅のホーム。他の人たちがこっちを見ては、写真を撮る人と目を見張る人ばかり。


 だが、それは今起きた痴漢行為のことではなく。男の身元が原因。瑞希はそんなことなど視界には入らず、真面目に経緯を説明中。


「故意にではありません。バックが自分から離れそうになってたのを、引き寄せるのに、手の甲がすれただけです」


 そうして、またやって来る。神がいるような畏敬。荘厳。フラッシュは止み、まわりを通っていた人々は不意に立ち尽くす。手足が震え出し、空気は一気にビリビリとしたものに豹変。


 それなのに、男の声は軽薄でナンパで、ナルシスト的な微笑みつき。矛盾。ここでも出ている。


「肩にかければよかったんじゃないの?」


 他の人たちがひるんでいる中で、瑞希だけは1歩男に歩み寄った。動けるのは彼女だけ。どこかの国の謁見の間で、皇帝陛下の玉座の前に伸びる赤い絨毯の上。そこで最敬礼でひざまずいているが、まこと僭越せんえつながら……をすっ飛ばして、瑞希は男に物申す!


「いや! 混雑してる電車の中では、足元の方が空いているので、下におろしたんです。他の人の邪魔にならないように。ですが、乗る時にうまく自分の方に寄せたままにできなかったんです。だから、それは私の責任です」

「そう」


 そこにどんな意味が、どんな感情があるのかもわからない。短いうなずき。山吹色のボブ髪はすうっと額から頭の後ろへかき上げられる。


 そうして、瑞希からこんなやっちゃった発言が出てきた。


「あの……ご立派な状態にしたことは、すみませんでした」


 他の人だったら、大爆笑であっただろう。この謝罪の言葉は。だが、男は笑いもせず、表情1つ崩さず、視線もはずさず、アンドロイドみたいな無機質な声が響いた。


「お前、鈍臭いね」

「え……?」


 瑞希の視界が男のピンクの細身のズボン。白の肌けたシャツ。下から順番に登ってゆき、銀のペンダントヘットにたどり着くその前に、彼女の体は強い風にあおられたようにふわっと浮いて、サンダルのローヒールはホームのコンクリートから離れた。


 一瞬、視界がガラス瓶の底をのぞいたようにゆがむ。


(ん?)


 次に視界がはっきりすると、自分がいたであろうホームの屋根の縦線が見えた。物理的な法則を無視して、どうやら通り抜けたようだ。少しはずれたところでは、反対方面行きのホームの明かりがどんどん小さくなってゆく。


(上に向かってる?)


 誰かにつかまれているわけでもない。何かに運ばれているわけでもない。それなのに垂直に空へ登り続ける。駅の外に広がる街並みが、猛スピードで上から下へ通り抜ける。ビルの屋上が見る見る足元の下へ遠ざかってゆく。


(飛んでる? どうして――)


 星が葉隠する夜空を見上げようとした時、意識喪失を連想させる、無音とブラックアウトがやってきた――――



 ――――カツンと足元で、硬いものに尖ったものが当たった音がした。真正面にいたはずの男の声が右側から、皇帝のような威圧感があるのに、春風のような柔らかさを持つ響きでやってきた。


「人間ってさ、自分に都合のよくないことから、すぐ逃げるよね?」


 湿った空気が、乾いた心地よい冷えたものに変わり、頬をなでるわけでもなく、寄り添うだけの無風。いつの間にか閉じていた瞳をまぶたから解放して、瑞希は男の顔を見上げた。


「そうなんですか?」


 本当に不思議そうな会話。その話題は避けたいから、素知らぬふりをするではなく。知らない。自分は違うから、聞き返した瑞希。


 夜色が混じってしまった山吹色のボブ髪は、くしゃくしゃに手にされた。


「しかもさ、相手の男が普通とは限らないよね?」


 危険な香りが思いっきりする発言。だったが、瑞希は首を横に振って、自分が人と違うことを、無意識のうちに大アピール。


「あぁ、その件に関しては、自分はかなり変わってるので、全然気にしてません」

「そう」


 男はホストみたいに微笑んで、軽薄でナンパでうなずき、言葉を続けた。


「じゃあ、次」


 何かのデータを取っているような感。都会の喧騒が何1つない空間。人の気配が自分たち2人しかいない場所。照明なしの薄暗さ。


 そんなことなど、忘れさせられるているような、いや惑わされるようで、瑞希は未だ自分が立っている場所がわかっておらず、男の顔をまじまじと見つめた。


「え……?」


 男は袖口が全開のシャツの腕を、ガラス窓にもたれ掛けさせた。その仕草はひどく、エロティックでサディスティック。


「どう? この景色。俺の家、タワーマンションの最上階」

「……け、景色? えっ? どこ……?」


 瑞希が正面に顔を戻すと、そこは全面ガラス張り。足元には都会という名の光の海。航空障害灯の赤いランプが同じ高さで、遠くの方で蛍火のように点滅を繰り返す。


 後ろへ振り返ると、闇色に染まっているベッド。ソファーにローテーブル。奥の方でカウンターキッチンの主役である、銀の冷蔵庫が鈍いシルバー色を放っていた。


(さっきまで駅にいた……。この人の部屋に、何でいる――)


 考える暇なく、男がすぐ隣で、右手を斜め上へ上げた。すると、2人きりの部屋で、白い肌けたシャツの裾が揺れ、彼の綺麗な素肌が、健全でありながら色情という風を吹かせ、少しだけ顔をのぞかせる。


「はい! じゃあ、感想を言っちゃってください!」


 どうも、男のペースに巻き込まれている感がする、会話の内容。しかも、空を突き抜けてしまうほどの超ハイテンション。


「えっ!?」


 瑞希は意見求めます的に男を見ていたが、彼は気にした様子もなく、ペンダントヘッドの中から時計のものを取り出して、こんなことを言ってきた。


「制限時間、1分、スタート!」


 瑞希はツッコミもせずに、真面目に正直に考え始める。彼女の視線は、部屋の大理石に伸びている自分たちの影を見つめたまま、ない頭を悩ませていた。


「ん〜?」


 ここで、彼女の得意技が出る。頭の中でピカンと電球がついたようにひらめいた。すっかり雰囲気に流されている瑞希は、元気よく右手を上げ、


「あっ! はい!」

「はい、そこの女、どうぞ答えちゃってください!」


 男から手を指し示された瑞希。ローヒールのサンダルで大理石を噛みしめるようにして、窓に向かって仁王立ち。ヤッホーッと叫ぶように、手のひらを口に添え、力の限り叫んだ!


「ここはどこかの展望デッキですか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 夕日のバカヤロー的に、いつまでもどこまでも、彼女の地声は低いんですのそれが響いていた。やがて、息切れとなり、瑞希はミニスカートの下にある膝に両手を当てて、上半身を前後に激しく揺らして息を整える。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……もう、今日1日分のエネルギーは使い果たしました。ご臨終です! チーン!」


 仏壇のりんを叩いた時の音を再現し終え、礼儀正しく頭を下げた。


「以上です」


 瑞希のパフォーマンス終了。いつの間にか指先に現れていたマスカットを、男は彼女に軽く押し出した。


「うん、合格、いいよ」


 何かを図っているような、見極めているような言葉。シャクッと果実をかじった男の前で、瑞希はぽかんとした顔をした。


「はぁ?」


 両手をガラス窓に押し付けて、万華鏡のように不規則に無限に変わりゆく車のヘッドライトの川を眺める。ボブ髪の中にある脳裏に、過去の記憶が近づいては通り過ぎてゆく。


「今まで連れてきた女はさ、『綺麗〜!』とか『素敵〜!』とか『すご〜い!』だけだったんだよね」


 自分と価値観の違う女の話をされても、瑞希も困るばかりで。興味なさそうに反応した。


「はぁ……」

「感性の貧弱さが丸わかりだよね? でさ、どうしてそう思うのかって理由聞くと、答えられないんだよね。それってさ、どんなに着飾ったって、心は老婆でしょ? 話すだけ時間の無駄。だから、そんな女は即行、送り返したけど……」


 無機質に合理主義な男。自分の理論から外れているものは決して許さない。しかも、見ているのはルックスではない中身。


 自身は彫刻のように彫りが深く整った顔立ちなのに、中身も外見もそろった、本物のいい男。瑞希、無事に返品されずに生き残れるか。


 まるで学校の先生が教壇に立っているように、男は右手を上げて、注目〜! をさせた。


「はい! 次の質問です!」

「えっ!?」


 次々に疑問形を投げかけられる瑞希。驚いている彼女とは正反対に、無感情、無機質の男は、再びペンダントヘッドの中から時計を取り出した。


「この景色を展望デッキと思った理由を答えてちゃってください。制限時間、2分。スタート!」

「ん〜?」


 意外と素直な瑞希。しばらく考える。男と自分の足元に広がる光の海。とこどろこで、様々な色が点滅。車のテールランプの赤い川が流れてゆく。それが、まるで砂時計の砂のようにスルスルと自分から遠くへ落ちてゆき、残り時間を知らせるように思えていたが、


「夜景……光……!」


 瑞希の右手がまた大きく上がった。


「はい!」

「はい、そこの女、どうぞ答えちゃってください!」


 まだら模様で軽薄でナンパな声なのに、口調は丁寧語。勢いよく指を突きつけられた瑞希は、窓際に2、3歩歩み寄り、ヒールを大理石に打ち付け、カツンカツンと哀愁のリズムを刻む。


 今は夜色になってしまっているタンクトップの前で手を握りしめて、センティメンタルに潤む目。クルミ色の瞳の焦点をわざとぼやかして、黄色が大半を占める街明かり1つ1つの円を広げた。


「幾つもの人生がひしめき合う都会の海。まるで運命のように、それら1つ1つが絶妙に絡み合う光のイリュージョン。そこを見下ろす私は傍観者」


 体言止めを3回成功させた瑞希の横顔に、街角で客引きするホストみたいな声がかけられる。


「いいね。何かやってんの?」


 マイワールドから戻ってきた瑞希が、少し照れ気味に頭をかいた。


「あぁ、シンガーソングライターを目指してて、作詞はしてます」

「そう」


 また、そこにどんな意味が、どんな感情があるのかわからないうなずきをして、男の彫刻像のような彫りの深い整った顔は、ナルシスト的に微笑む。


「ノリいいね〜」

「あぁ、ありがとうございます」


 素直にお礼を言ったが、こんな言葉が男から返ってきた。


「ノリがいい人間ってさ、話適当に流しておけば、罠に簡単にはまるタイプだから、いいね」


 聞き捨てならない内容。瑞希は化石並みに固まった。


「え? 罠にはめる……?」


 寝耳に水の話。だが、少し考えればわかる。男に目的があるはずである。連れてきたのだから。


 しかし、残念なことに、瑞希は感覚人間であり、理論の人の考えは理解できなかった。どこかの皇帝陛下が2頭の馬で引っ張る昔の戦車を使って、彼女の意思を無理やり引きずり回している感じで、時が過ぎてゆく。


 男は長い足で、大理石の上を裸足でピタピタと歩いていった。窓際に置いてあった、デッキチェアのそばで手招きする。


「はい! こっち来て、ここ座って!」

「あぁ、はい……」


 瑞希のローヒールがカツカツいって、近づいてゆくと、男は彼女の両肩を下に押して、チェアに座るように仕草だけで命令した。


「はい! 空見ちゃって!」


 無理やり視界を下げられた頭上に、突如広がった。夜空に浮かぶクイーン。月の銀色の光が惜しげもなく降り注ぐ、ガラス張りの部屋。どこかずれているクルミ色の瞳に、それを映して、瑞希は歓喜の声を上げる。


「うわー! やっぱり高いところだから、月が近く見えますね〜。いつも見てるんですね?」


 彼女の隣の床に、片膝を立てて、ラフに座った男の声は、どこかアンドロイドみたいな無機質だった。


「あれはもっと綺麗なの、本当は。不浄だよね、この世界ってさ」


 さっきまでのハイテンション、軽薄的でナンパは息を潜めていた。男の背中にフサフサしたものが一瞬割り込み映像のように浮かび、瑞希は視界の端でとらえた。


(あれ? 気のせい? 今、白いものがついてたような気がしたけど……)


 月を見せたくて、チェアに座らせた女。それなのに、自分に見ているという、その視線を気づいて、男は瑞希の髪に優しく触れて、首を真正面に戻した。


「はい、ほら! よそ見しないで」

「あ、あぁ」


 どれだけ過ぎただろう。窓から月を眺めた時間は。都会の喧騒も何もない。静かな部屋。お互いの呼吸しか聞こえない空間。ほのかに香る相手の匂い。自分の他にもう1人いると嫌でも感じる相手の息遣い。


 月影という癒しを浴びながら、静寂がどこまでも続いていきそうだった。だがしかし、男のまだら模様の声がそれを破った。


「シューレイ、聞きたいよね、こういう時は……」

「ん?」


 瑞希が不思議そうな顔をして、まぶたを激しくパチパチ。せっかくのいいムードが台なし。いきなりの固有名詞登場。街明かりが山吹色ににじみ込むボブ髪を、器用さが目立つ手でかき上げ、またそこにどんな意味があるのかわらかない相づちを打った。


「そう。知らないんだ。世界的に有名なヴァイオリスト」


 瑞希の記憶の引き出しは、適当にしまい込み、あげくいっぱいになって入らなかろうが、それでも押し込むため、中身がはみ出している。


 しかし、それがかえっていい時もあるもので、シューレイいい具合にはみ出し――いや、引き出しに挟まっていた。瑞希は顔の横で右人差し指を勢いよく立てて、ウンウンとうなずいた。


「あ、あぁ! どこかで聞いたことあると思ったら、あの人ですか!」

「そう。あれの曲じゃないと、浄化されないんだよね〜」


 さっきから、意味深な言葉が男の綺麗な唇から出て来ている。


 基本、瑞希の記憶力は、入って来ては抹消という運命の旅路を歩む。それなのに、時々、しっかり覚えていることがある。今で言うところの、男が最初の方で言った、普通ではないである。そのため、彼女は追求すべきところも全てスルーしまくり。


 冷蔵庫のグーンと低い鳴き声に、滑らかな絹をキュッと絞り上げたような弦の音が薄暗い部屋に、そよ風のように回り滑るように流れてきた。無伴奏のヴァイオリンだけの曲。


 まるで夢見枕に立ったような音の出どころ。瑞希はあたりをキョロキョロする。


「ん? あれ? 今、CDかけました?」

「リモコン」


 両手を背中の後ろについて、ピンクの細身のズボンは軽く床の上で組まれている。当たり前のように返ってきた言葉。瑞希は素直にうなずいて、夜景を見ようとした。


「あぁ、そうですか」


 螺旋階段を突き落としたみたいなグルグル感のある声が、細い紐の上を歩くようなアンバランス感で短くフワフワと言い、瑞希が男の綺麗な横顔に訴えかける視線を送るが繰り返される。


「嘘」

「え……?」

「魔法」

「え……? どうして、現実からいきなりファンタジーになって――」

「それも、嘘かも!」


 真相は闇の中。


「どれが本当ですか!」

「教えて欲しい?」

「はい」


 こうして、男の要求が告げられた。さっきまでとは全然違う、ケーキにさらにハチミツをかけたような甘さダラダラに語尾を伸ばして、10代の少年、可愛くおねだり。


「じゃあ、12時まで、俺と一緒にいるって約束して〜?」


 いきなり家に連れてこられ、知らない男と2人きり。ツッコミがいがあるというか、連れ去り事件、誘拐という犯罪といっても過言ではない。それなのに、瑞希は思いっきり聞き流して、こう意見した。


「はぁ? 終電がなくなるので、11時30分にしてください!」


 どこのタワーマンションで、最寄り駅がどこだかわからないのに、どうやって計算したのか、この時刻が出てきた。男の言葉は交換条件。それに答えないのだから、当然、まだら模様の声はこう響き渡った。


「じゃあ、教えない。今の話は没収です!」


 右手を斜め上に、チョップするように上げた。やはり、真相は闇の中。いや、異次元へと飛ばされた。瑞希は悔しそうに唇を噛みしめる。


「く〜〜〜っ!」


 彼女は諦めて、ここでしか堪能できない月の美しさに魅了され続ける。ベールのように静かに優しく降り注ぐ月影を、感じながらそっと瞳を閉じた。さっき会ったばかりだというのに、なぜかリラックスして、馴染んでしまっている2人。


 黄緑色に映り込む夜空と月。様々な色を見てきたレンズ。男は手のひらを自分の前に出すと、マスカットがすぐに現れる。


「できない色って、どうやって作ればいいんだろう」


 何かを探すために部屋を見渡す瑞希の影が、大理石の上で左右に揺れる。


「ん? 絵、描くんですか?」


 男は肩ひじだけで床について、マスカットを一口かじった。


「そう。気づいてなかったの? 俺、超有名なんだけど……」


 自分で言っちゃっている男。だが、彼に謙遜けんそんという言葉はない。事実は事実。自慢するという感情もない。あの駅にいた時のフラッシュの嵐。それは、現実。ただただ、現状を口にしただけの話。


「名前、何て言うんですか?」


 瑞希は知らなかった目の前にいる男が有名人だと。それどころか、写メ撮られまくりの男だとも気づいていない。謝罪することに夢中だったために。


 マスカットのさわやかな香りが漂う中で、男からこんな質問がやってきた。


「どっち聞いちゃいたい?」

「はぁ? 名字みょうじか下の名前ってことですか?」


 普通、そうなるだろう。ここは瑞希の性格おかしいとか、ボケ倒しているように見せかけて、笑いを取っているとかではない。


「そう。そっちにいっちゃった。じゃあ、言っちゃいます!」


 男はすっと上半身を起こした。瑞希が礼儀正しく頭を下げると、


「お願いします」


 こんな響きが出てきた。


「ラリュー ミセネ」


 横棒が入った名前。当然、瑞希はここに結論づいた。


「らりゅー みせね? 外国の人?」


 確かに異様に背が高い。彫りの深い顔。しかし、きちんと言葉は通じている。違うという可能性もあるが……。首を傾げ続けている瑞希。彼女が今もしっかり斜めがけしているバックへ、男は手の甲を押すようにして指し示した。


「いいから、調べちゃってください! はい!」


 瑞希はチェアの上で身を少しよじって、バックのポケットをガサガサとして、一緒に入っていた定期券が出てこないように、指先で器用に押さえ込んだまま、携帯電話だけ取り出した。


 彼女の顔を、青白いバックライトが照らし出す。未だに、文字入力が下手な瑞希は、画面を右に左に上に、人差し指を滑らせながら文字を入力。とにかく、声でしか聞いていない。ひらがなとカタカナをごちゃ混ぜに打ち込んだ。


「らりゅー ミセネ……ん?」


 検索ボタンをタッチ。当然、そのまま出てくるはずもなく、瑞希は携帯電話が親切にも指摘してきた画面の文字を読んだ。


「検索違い? 藍琉らりゅう 御銫みせね……か」


 キラキラネーム。しかも、名字まで。1番上に出ていた記事をタッチ。そうして、1行読んだだけで、瑞希は驚きで息を詰まらせた。


「っ!」


 画面を戻して、次々に検索結果を表示して、文字を目で追うたびに、瑞希のもつれにもつれた叫び声が上がってゆく。


「え、え、えぇっっっっ!?」


 自分の横で、裸足でマスカットをかじって、白いシャツを肌けさせている男。それがどんな人物なのかわかって、瑞希はパッと振り返ると、彼女のブラウンの髪が衝動でベールのようにふわっと広がった。


「何で、世界的に有名で、神の申し子かと言われるほどの、天才画家の藍琉らりゅうさんが私を捕まえてるんですか!」


 瑞希はただのフリーター。たとえ、つながりがありそうなものでも、シンガソングライターを目指している、だ。美術界とは全く関係がない。


「そっちじゃない方で、用事があんの」


 このおかしな選択肢を選ぶ理由となった回答を聞き出せそうだったが、瑞希は割と天然ボケなところがあるため、ふんわり飛び越えていった。


「どんな用事ですか?」

「それは、俺が1番最初だから、内緒なの〜」


 始まったばかりみたいなことを言う。しかも、語尾は甘すぎてのどが痛くなるほど甘々のダラダラ口調。ここは、瑞希はきちんと拾った。


「何で、急に可愛く言ってきてるんですか?」


 駅構内で、偽痴漢事件、いやぼったくりを告発し、滅多打ちにした男。あのどこかの国の皇帝のような堂々たる態度。人の怒りまでも、雰囲気だけ抑え込めるだけの人物。彼の綺麗な唇から、こんな言葉が出てきた。


「お前より、俺、5歳年下だからさ」


 瑞希は23歳。引く5=は、すぐ答えが出てきた。


「18?」

「そう」


 どこからどう見ても、確かに10代の若さがある。だが、話している内容が、もっとはるかに長い時を生きているようだった。


「あと1つ下だったら、お前さっき、淫行条例違反になってたよ」 


 確かに、17歳の少年に痴漢行為はいけない。自分は間違ったと主張しても、相手が嫌がれば、警察行きである。セクハラとはそう言うものなのだから。


 ずっと月を見上げていた御銫みせねは、暗闇なのに宝石のようにキラキラ輝く黄緑色の瞳を、瑞希に向けて、ナルシスト的に微笑む。


「まあ、俺は触られちゃって、よかったけど……」


 さっきのご立派事件は、双方でそれぞれの理由で解決済みとなっていた。


「ドMですか〜?」


 ムンクの叫びみたいに、瑞希は変顔にして、噛みつくように聞き返す。だがしかし、個性的なバングルをした腕で、山吹色のボブ髪をあきれたようにかき上げた。


「そっちにいっちゃったの〜?」

「はぁ?」


 指示語。さっき会ったばかりで、以心伝心になるはずもない。瑞希の思いっきり聞き返す声は、何十畳もある、下手をするとベンチャー企業の事務所にもなり得る、広い部屋に響き渡った。


「お前のこと、俺が好きなんでしょ?」


 瑞希の方に御銫の器用さが目立つ手が伸びてきて、指先で彼女の頬をなぞろうとした。マキが入りすぎである。間を飛びまくりの告白文。瑞希はパッと後ろへ下がって、御銫の指先を回避。疑いの眼差しを向けて、少し怒ったように聞き返した。


「……また、嘘ですか?」


 確かにさっきから、嘘を連発している御銫少年。どんなことを言っても、その言葉を口にすれば、全てがチャラになる、嘘という魔法の呪文。


 皇帝ではなく天使。大人でなく子供。猥褻ではなく純真。聖水で作られているのかと思うほど、澄んだ黄緑色の瞳。肌けている素肌は、陶器のように滑らかな麗姿れいし


「今は真面目に話してる。人の気持ち、もてあそぶようなことするって、人としてどうなの? お前、冗談で人に好きって言うの?」


 また嘘かと思いきや、違った。激変する雰囲気。性格。予測不可能な人物。藍琉 御銫、18歳。薄氷がピンと張り詰めたような冷たさと鋭さを持つ緊迫感。その前で、瑞希は答えていたが、


「言わないですけど、そんなに急に好きになる――」


 大理石の上を、ピンクの細身のズボンが瑞希に向かって横滑りしてきた。


「人を好きになるのに、時間がいるの?」


 1ヶ月経ったら、好きになります。そんなバカな話があるわけがない。じゃあ、線引きはどこかとなったら、人それぞれだ。数秒の人がいてもおかしくないだろう。


「どうなんでしょう……? でも、私の名前も知らない――」


 さらに距離を縮める。御銫は瑞希との間にある大理石の面積を。


「名前がいるの? 心が大切なのに?」

「あぁ、そうですね」


 瑞希はウンウンと納得した。名前は肉体を識別するもの。そんなものが必要なのだろうか。イケメンだから好きになる。外見重視、中身空っぽ男が好きというバカな女と一緒である。


「ちなみに、お前の名前は知ってるから」


 今や、お互いの匂いがすぐ近くで、夏の火照りが空気を通して、静電気でも起きるように感じられるまで近づいた。初対面のはずなのに、また名前を知っている人がいる。それなのに、さっきの子供と話したことはすっかり忘れている瑞希。


「え? 何で――」

刻彩ときいろ 瑞希でしょ?」


 選択肢を選び、御銫みせねと出会ったことで、何かのつながりがあると気づくものである。だがしかし、人は事件という嵐の真っ只中に巻き込まれていると、自分の居場所も状況もわからないものだ。ただの偶然が起きていると思う人は多いのだから。瑞希ももれずにその人になっていた。


「どうして知ってるんですか?」


 御銫はナルシスト的の微笑んで、人差し指を山吹色のボブ髪の横で立てた。


「俺、こう見えても、超能力持っちゃってます!」

「嘘」


 瑞希、即行ツッコミ攻撃。


「そう。よくわかったね。勘?」

「あぁ、時々、勘は使います」


 直感、天啓。大切な時もある。瞬発力が問われる問題には、重宝ちょうほうする。だがしかし、決定的な欠点がある。それは、外れる時がある、である。これだけで世の中生きていけるほど、甘くない。


「そう。じゃあ、俺も勘」


 どこか、話を合わせた感がある言葉。瑞希はもう一度、即行ツッコミ攻撃を食らわした。


「嘘」


 だがしかし、御銫のまだら模様で、螺旋階段を突き落としたグルグル感のある声が、おかしなことを言う。


「嘘じゃないよ。ただ、いつ、勘を使ったかはわからないんだけどね」

「わからない?」


 予告通り、おかしなの、である。直感というのは普通、ひらめいたとか、わかったとか思ってから使うものだ。それなのに、いつ使ったかわからないと言う。しかし、これが藍琉 御銫なのだ。


 しかも、話がまかれてしまっている。瑞希は違和感に気づいて、首を傾げた。


「あれ? 今違う話してたような……? 勘で、名前は全部当てられない気がするんだけど……」


 会話のどこかが嘘なのだ。ということは、そこを見つけ出して、突っ込まなくてはいけない。だが、御銫の綺麗な唇が先に動いた。


「仲間内ではさ。無意識の直感とか、策略とか呼ばれたちゃってんの、俺」

「仲間?」


 瑞希の記憶力は感覚人間のため、かなり崩壊気味。確かに、前半部分も大切なキーワードだろう。だが、後半も聞き捨てならない。


 無意識の直感。どういうことかとここも聞かないと、意味不明。しかも、策略と言ってきている。つまりは、罠が張られた会話だったのだ、今までの話は。


 このハイテンション、雰囲気が予告なしで激変。矛盾だらけ、甘さダラダラの御銫は、策士なのである。すなわち、瑞希はもうすでに彼の策という鎖を体に巻きつけられていた。


 まわりの人を抑えたり、動かすだけの何かが彼にはある。それが引き金となり、ほとんどの人が気づけない。要注意人物。


 御銫の皇帝で天使で大人で子供で猥褻で純真で、ちぐはぐな雰囲気に知らず知らずのうちに引き込まれてゆく。


「もっと、お前のこと好きになった。俺のベッドに寝て?」


 いきなりの話題転換。しかも、瑞希の質問をスルーしている御銫。思いっきり色欲漂う場所に、いきなり変更。それでも、瑞希は怒るわけでもなく、怯えるでもなく、取り乱すでもなく、デッキチェアから身を乗り出して、テールランプの赤い線の残像をたどる。


「何するつもりですか?」


 しっとりとした男女2きりの部屋。だったが、御銫みせねのまだら模様の超ハイテンションの声がぶち壊した。右手をさっと上げて、白いシャツから素肌を露出する。


「寝るはどっちの意味? 答えちゃってください!」


 問われている。

 そのままの意味か。

 大人の隠語として取るか。

 瑞希は顔色1つ変えず、後者を選択。


「何で、するんですか?」


 自分でドツボにはまっている女、刻彩 瑞希、23歳。5歳も年下の18歳の少年がまるで先生になったように、教育的指導。


「お前、結構エロだよね〜。自分で話、18禁に持っていっちゃってさ。普通に寝るんでしょ? ここは」

「何で、一緒に――」


 瑞希はあきれた笑い声をもらして、帰るという選択肢をさっきから選び忘れているのに気づかず、なぜか一緒に寝ることになってしまったことに、抗議しようとする。だがしかし、1つ目のオチが御銫からやってきた。


「俺、9時になると眠くなっちゃうの〜」

「はっ、お子さま……」


 瑞希は鼻で笑って、携帯電話を傾けた。バックライトが顔を照らし出し、クルミ色の瞳には、21時14分の数字。


 彼女のその腕を、御銫が両腕でつかんで、ブランコのように横へスイングして、だだをこねた。甘さダラダラの声で。


「一緒に寝て。ダメ〜?」

「1人で寝てください。子供じゃないだから」


 確かにそうだ。どう見ても、何十畳もある部屋。他に気配がない。つまりは1人暮らし。18歳の少年が言うことではない。だがしかし、次は年齢相応の話だった。


「ネットとかに落ちてるよね〜。エロ動画とか、いろいろさ」


 今度は瑞希から教育的指導。だったが、途中で、放置に変わった。


「そういうのは見ないでください! って、もう18歳になってるので、注意はしないですが……」


 ホストみたいに微笑んで、御銫はこんな言葉を連発してゆく。


「一緒にしちゃう?」


 その度に、瑞希の顔はわなわなと震え、指先に巻きつけていた髪がブチっと切れてしまうのではないかと思うほど、強く握られゆく。


「お前の中に入れちゃう?」

「一緒につながっちゃう?」


 全て、大人の隠語。ただ寝るだけだと言っていたのに、こんなワードをオンパレードさせてくる。瑞希は手を顔の前で大きく横に揺らした。


「いやいや! さっきから、18禁に微妙に触れないところで言ってきて……どういうことですか?」

「これが俺だから、わかって〜?」


 瑞希の瞳を、可愛く小首を傾げのぞき込む御銫。彼の瞳に嘘偽りはなかった。色欲でもなく、悪戯でもなく、そこにあるのは、まっさらな純真無垢。無邪気、神聖、純潔、崇高……聖なる言葉しか見当たらない。


(これで、お前が何か返してくるなら、即行送り返す。守る価値もない。死ねばいい)


 ふざけた感で超ハイテンションで、さりげなく審判の時がやってきてしまった。


 相手には相手の価値観があり、個性がある。それを『嫌い』という言葉を使って、他の角度から見ること、理解することをやめる言い訳にする。怠惰以外の何もでもない。


 御銫みせねは厳しい。異常がつくほど、悪の行為に対しては。瑞希はあきれたため息をついた。


「はぁ〜……わかりました」


 すんなり受け入れた彼女に、御銫はパッと抱きついた。


「そういうお前が好き〜!」


 だが、瑞希は怒るでもなく、反抗するわけでもなく、ただ子供を受け入れるような母性で御銫の言動を受け止めた。だがしかし、彼女の言葉はとても冷めたものだった。


「あぁ、そうですか……」


 ただの相づち。しかも、棒読みに近いもの。だったが、御銫は気にした様子もなく、少しだけ体を離した。


「次、きついの来るから、今のうちに甘い言葉聞いておいたほうがいいよ〜」


 瑞希にとっては空前絶後に近い意味不明な話である。


「はぁ? 誰ですか? きついのって……っていうか、どういうこと? 次?」


 おかしなの+きついの=危険度MAX。できれば、出会いたくないところである。瑞希は夜色を向こうにして、鏡のようになっている窓ガラスで自分の顔をぼんやり見つめて考えようとした。


 だがしかし、床に再び戻った御銫が片膝をついて跪いた。右手を差し出して、ナルシスト的に微笑んで、まだら模様の声を響かせる。


「姫、私と一緒に夢の世界へ行きませんか?」


 雪が吹雪いてるような冷ややかな瑞希の視線が、御銫に向けられた。


「何ですか? その、舞踏会へ行きませんかみたいな、歯が浮くようなセリフは……」

「女って、こういう言い方されるの好きだよね?」


 デッキチェアに片肘をついて、御銫の指先は何度か振られた。瑞希の好みのタイプが少しだけ披露される。


「そうなんですか? 私は好きじゃないです。恋愛シミュレーションゲームとかしてても、引きまくりです。画面を殴ってやろうかと思います!」


 バイオレンスな瑞希。普通のタイプが好きではない彼女。というか、結構、おかしなのが好みの性格。さっきまで、軽薄でナンパな感じだった御銫は、男の色香いろか全開で瑞希の頬をすっと触れる。


「いいね、お前、本当に……」

「え……?」


 急変した様子に驚いて、瑞希は手を払うのも忘れた。大きな月を背景にして、2人の顔がキスができほど近づくと、まるで媚薬が体にグルグルと渦を巻きながら染み込んでゆくような声だが、御銫のまわりは急にビリビリした畏敬を感じるものに様変わり。


「甘い言葉を聞きたい女は5万といる。それって、その他大勢でしょ? どうでもいいんだよ、そんな女。俺はお前みたいなのがいいの。世界に1人しかいない、お前みたいなのがね。だから、一緒に眠ろう?」


 ループで一緒に眠るに戻ってきてしまった。瑞希、手を振り払って、ドン引き。


「結局、そこに行くんですか〜」


 払われた手など気にした様子もなく、御銫は両膝を床につけたまま、瑞希から体を離した。


「俺の時間なんだからさ」

「いやいや、私の時間も――」


 そうだ。お互い平等であるはずだ。瑞希は猛抗議しようとしたが、御銫のまだら模様みたいな声がさえぎった。


「大丈夫。お前の時間はまたくるから」

「はぁ? またくる……? 何ですか? その、タイムループ予告みたいなのは……」


 嫌な予感が思いっきり漂っている夏の月夜だった。瑞希が唖然としている間に、御銫みせねのおねだりがやってくる。


「だから、一緒に寝よう?」

「何でですか?」


 引き下がる様子のない御銫。瑞希も負けずに理由を尋ねた。


「お前に甘えたいの、ダメ〜?」

「どんな甘え方する気ですか?」

「手つなぐの」

「はぁ〜、子供ですか?」


 幼稚園生レベルの甘え。さっき、駅で説教してたとは思えないほどの、変わりっぷり。しかも、御銫は子供だと堂々を認める。


「そう。俺、少年の心持ったまま、大人やってんの。それとも、セ×××のほうがよかった?」


 真逆という真逆を持っている、18禁ワードを聞いて、瑞希は御銫の綺麗な顔を見つめた、わざと泣きそうな表情つきで。


「何で、両極端なんですか〜?」

「同じでしょ? 仲良しするんだからさ」


 ひとくくりなのだ。全てが。だから、平気で言ってくるのだ。瑞希は御銫とは反対側に顔を向けて、極々小さな声でボソボソとささやいた。


「エキセントリック過ぎだ〜、この人。それにさっきから、向こうのペースに巻き込まれてる気がする」


 誰にも聞き取れないほどの声だったが、御銫は手を前で軽く前後に揺らした。


「お前さ、それ聞こえてんだけど、俺に全部」

「っ!」


 まさか聞こえていたと思っていなかった瑞希は、薄闇の中で、表情を凍らせた。


「そろそろ、お前、諦めて、俺におとなしく守られちゃいなよ」


 何を言っても、最後には手をつなぐになってしまう現状。瑞希は追求する手段を選ぶのを止めた。


「はぁ〜、次々に意味不明な言葉が出ては、巻かれての繰り返し……。もう手に負えない。これって、罠だったんですか?」


 今ごろ気づいた瑞希。だがしかし、御銫は顔色1つ変えず、宝石のように異様にキラキラした黄緑色の瞳のまま、不思議そうに首を傾げた。


「いつの間にかそうなってた?」


 オチ2つ目、到来。瑞希は思いっきり聞き返した。


「はぁ? 何で、自分のことが疑問形なの? さっきまで、あんなにしっかり話してたのに……」

「さっき言ったでしょ? 無意識の直感、策略だって」


 いつ変えたのは自分もわからない。しかも、それが策になっている。本人がわからないことを、他の人が知るよしもない。


 瑞希は街明かりと月影だけの部屋を見渡す。


「でも、まだ眠くないので、何か飲み物ってありますか?」

「冷蔵庫、あっち」


 指さされた方へ、瑞希のローヒールサンダルはカツカツ音を立てていたが、途中からカーペットに移った。防音材のように、靴音は吸い込まれてゆく。


 瑞希が背中を見せている後ろで、デッキチェアのそばにいた御銫みせねはすうっと消え去り、次に現れると、ベッドのシーツの海の上にいた。そんな摩訶不思議現象が起きているとも知らず、瑞希はカウンターキッチンへ歩いてゆく。


 彼女は業務用並みに大きな冷蔵庫の銀の前に立つ。何の警戒心もなくガバッと開けると、電気店の売り場かと思うほど、色とりどりの中身。


 甘酸っぱい香りがふわっと恋風のように広がった。瑞希のクルミ色の瞳は冷蔵庫内を見渡して、ベッドに横たわっている人へ振り返った。


「何ですかー? この、果物畑みたいな冷蔵庫は……」


 メロンの緑色の三日月。マンゴーの赤オレンジ。りんごの赤い丸。あらゆる、フルーツが入っていた。デパートの売り場といっても過言ではない。手前にある黄色いものはとりあえず、今は素通り。


「俺、フルーツしか食べたくないの」


 藍琉らりゅう 御銫みせねは果物でできている。新事実。大人なのか子供なのかわからない、困った人である。瑞希はため息をひとついて、一番手前に置いてあった黄色の三日月型のものにツッコミを入れた。


「子供みたいなことを……。――っていうか、バナナは冷蔵庫に入れないです!」


 南国産の果物を、クールダウンさせる。意味不明。だが、そこには御銫のこだわりが存在していた。


「え〜? 俺、冷蔵庫に入れたバナナが好きなんだけど」

「私は緑色のバナナが好きなんだけど」


 瑞希、自分の好みで、文章の末尾をそろえて対抗してみた。御銫はゴロッと転がって、うつ伏せになって、足を右に左に小さい子供みたいにモジモジと転がす。


「冷たいのがいいの」

「それだったら、1口大に輪切りにして、冷凍庫で凍らせればいいじゃないですか?」


 御銫が左右にゴロゴロと転がるたび、シーツのシワが濃くなってゆく。


「それ、硬すぎるから、や〜!」


 全く取り合わない瑞希。彼女の声が冷蔵庫の中でくぐもる。


「もう、文句ばっかりで……。水かフルーツジュースしかない……。よし、水もらいます!」

「いいよ〜」


 空に浮かぶルビーのようにきらめく航空障害灯。それらを眺めながら、ミネラルウォーターを傾けている瑞希。そこへ、まだ模様の誘い文句がやってくる。


「ねえ? 俺としよう?」

「しないですよ」


 瑞希は口を離して、反論した。帰ろうとしていた矢先の、人生という名の分岐点。選択肢の出現。超満員電車に揺られ、引きずり降ろされ、今ここにいるという波乱万丈な未来の形。瑞希は考える、カウンターに両ひじをついて。


(やっぱり、人生わからないね、何がある――)


 もっとわからない発言が、ベッドから向かってきた。


「俺、お前の手コ×にやられちゃったんだけど……」


 純真無垢なR18。勝手に行為の名前を変えられていたことに、瑞希は即行ツッコミ。


「あれは手コ×じゃないです! 手の甲がスレたでけです!」


 痴漢でもなく、バックを引っ張っていただけだ。だが、御銫の方が何枚も上手で、手を大きく上げて、薄闇の中で手招きする。


「はいはい、飲み物取ったら、俺のところに戻ってきて。早く!」

「もう……」


 ため息を1つもらすと瑞希のローヒールサンダルがベッドに近寄ってゆく。結露が出来始めたミネラルウォーターを手に持ちながら。


「手」


 当たり前のように、何の下心もなく差し出されたそれ。


「はい……」


 瑞希の香水がふわっと舞い、その上に乗せられたかと、安心したように、御銫みせねの黄緑色の瞳はすっと閉じられた。


「お前にさ、会えてよかったよ」


 就寝時刻をとうに過ぎている彼の言葉が、途切れ途切れになってゆく。


「たとえ、……だけでも、お互いの……から消え去っても」


 頬に乱れかぶった山吹色の髪がかき上げれることもなく、綺麗な唇はまだぎこちなく動いていた。


「……する……の時まで、一緒にいるから……お休み」


 重要な部分が抜け落ちた言葉たち。スースーと心地よさそうな寝息がすぐに聞こえてきた。手をつなぐという手錠に拘束され、帰ることも叶わなくなった瑞希。彼女は今の内容に違和感を持ったが、チャチャッと結論づけた。


「一緒にいる? 消え去る? また、無意識の直感かな?」


 ペットボトルを傾けて、水という癒しを体の中へ落とす。彼女の香水が御銫の頬に近づいて、指先で乱れた髪をすうっと直した。


(天使みたいな可愛い寝顔だ。この人はとても純粋なんだな。だから、罪悪感とか背徳感とかないんだ。だから、大人のことも全部同じ、仲良しでまとめられるんだ。何かよくわからないところもあったけど、この人に会えてよかったな。それだけでも、今日はよかった。いい日だった)


 瑞希は手の温もりと、寝息を聞きながら、空を見上げる。クレーターが見えるほど大きな満月。今隣で眠っている御銫は、あの月の光を作っている太陽のような気がした。なぜだか。


 夜にさえ、影響を与えるコロナ。その光を鏡のように反射させる月が少しずつ西へと傾いてゆくのを、瑞希は冷たい大理石の上で、地べた座りして眺めていた。だがしかし、急に体の異変を感じて、


(ん? 急に眠くなって……)


 空になったペットボトルが大理石の床の上に、力なくコトンと落ち、コロコロと少しばかり転がっていった――――

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