第四話 舞台づくり【001】

001.

先ほどの野営に戻ると、皆が地図を囲んで会議をしていた。

「おかえりなさい、スピカ君。それと、ようこそ、エレナちゃん。」

そう秋月さんは言って、手招きをする。


僕たちが焚き火を囲んで座り込むと、秋月さんは

「それじゃあ、私たちが何をするかの説明をしようか。」

と言って僕たちの方を向き、説明を始めた。



僕たちは基本的に毎日の生活で困ることはない。

魔法の力を用いて自然と調和した生活を送ることで、この世界の人間は十分に満ち足りた生活を送ることができているのだ。

しかしそんな僕たちにとって、脅威が一つだけ存在する。


それは「魔王」の存在である。


人類は魔王を斃すことが出来ない。

人間は魔王をどう攻撃しようと、その体に傷をつけることすら出来ないのである。

そのため人間は、魔王から攻められれば無抵抗のまま殺されるしかない。

そして魔王が飽きるまで隠れ、魔王の気が済んだらまた文明を発展させる。


その存在はまさに脅威以外の何物でもない。


そのため国は、魔王についての研究を長い間行ってきた。

人類にとっての脅威である魔王をどのように斃すことができるのか。

それは今の人間にとって最大のテーマであるのだ。


そして遂に、長い研究の結果、次元を介して異世界から死んだ人の魂を引き寄せ、この世界の人間に憑依させることで、魔王を斃すことができるということがつい最近判明した。


そのためこの脅威は、もう排除できるものだと思われていた。


しかし実際は、その予想とは異なるものだった。



魔王を斃すことができる生命体を作るということは、その存在自体が救世主であるのと同時に、人間にとっても脅威なってしまう。


「救世主である」という事実の裏を返せば、全人類の生殺与奪がこの人間に委ねられているということが言える。そのため、もしこの力を逆手に取られてしまえば、救世主であったはずの存在が、一気に脅威と化してしまう。


それを防ぐのがこの職業、「モブ」である。


世界中の人間に、この存在を「勇者様」として認知させ、崇めさせる。

国は大量の金を使って、この勇者を援助する。

見目形のよい人間を侍らせ、最強の力を持たせる。


これにより、勇者は心に余裕を持ち、人々を助け始める。それにより、国や人民に忠実になり、民衆も勇者や国に忠実になる。



しかし例外的に、それが人民にとって望ましくない結果をもたらす問題因子が出現する可能性がある。

また、勇者自身が魔王を斃すということに興味を示さなくなる可能性もある。


そこでこの仕事の出番が来る。


勇者を魔王のいる場所まで安全に誘導し、勇者の残した問題を解決し、様々な国の町や村に出向いて勇者が出入りしやすくなるよう根回しを行い、時には情報操作や従順で無くなった勇者の暗殺すら行う。

そのような、まさに「秘密組織」のような組織がこの職業なのだ。


そのため国王に認可された者しか入ることはできないし、そもそもその存在は世間で認知されていない。また、その仕事柄、目立ってもいけない。

これにより一般市民には、その姿は村人にふんし勇者を誘導する姿として映る。


この経緯から、この職の人間は群衆を意味する「モブ」と言われるようになったのだという。


僕たちがこれからするのは、勇者が召喚されて最初に降り立つ場所、「はじまりの村」の中心部に存在する、大きな噴水の周辺に初期装備と基本的な資本が入った壺を散りばめ、勇者を国王が居る王都まで誘導するための道を引いておくという仕事である。

明日には勇者が噴水前で召喚されるため、それまでに前述の行程を済ませねばならないのだ。


「そういう訳で、よろしくね。二人とも。」

そう言って茜音さんは僕たちの方を向き、手をパタリと合わせる。

「じゃあ、早速で悪いんだけれど、今から私たちと一緒に仕事に行くわよ。」

僕は少し怯えながら、「あ、茜音さん。え、エレナさん。よろしくお願いします。」と言った。


「なんであんたと一緒に行かなきゃいけないのよ。もっと頼りがいのある奴がいいです、茜音さん。」

エレナさんはそう言って僕を軽蔑するように見る。

「ま、まあ。最初の仕事だし、慣れれば彼も出来るようになるわよ。」

そう茜音さんが言うと、エレナさんはあからさまに嫌そうな顔をしてそっぽを向く。


僕は気まずくなって思わず言う。

「や、やっぱりいいです。僕、ここで待っていますから、二人で行ってきてください。」

するとルドルフさんが僕たちの方を見て注意する。

「おい、新人の二人。そういうのは良くないぞ。同期の仲間なんだ。お互いに食わず嫌いするもんじゃない。」

「うんうん、そうだね。食わず嫌いはだめだよ、新入りくん。とりあえずやってみる、これが重要だよ。何事も挑戦だからね。」

そう言って、茜音さんは僕たちの手を取り、「行きましょ。」と言った。


「いってらっしゃい、お二人さん。気を付けてね。」

そう言って、背の小さい爺さん、秋月さんは僕たちの背中を押す。

「道を引く仕事は俺たちに任せな!新入りの坊主がしっかりやるか、見張りを頼むぞ、

茜姐さん!」

「その呼び方は止めてって言いましたよね、ルドルフさん!」


こうして僕たちは、初仕事に向かうことになったのであった。

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