第17話 偽物君

 思わず、ファーストネームで呼んでしまった。

「どうされましたか? ヴィスコッティ様でしたら、先ほど帰っていかれましたよね」

 私にむかって、少し心配そうな顔で首を軽く傾げるしぐさは、セバスそのものだった。

 普通だったら完璧なそのしぐさに、気のせいだったのかもと思ったかもしれない。

 でも、私の瞳はウソ偽りを見抜く。

 ぼんやりと、宙に浮かんだ文字『先ほど帰って行かれましたよね』に赤くまとわりつく、ウソ、ウソ、ウソの文字。

 先ほどノアは帰っていないとわかっていないと、この言葉にウソとでることはない。

 とすると、答えは一つだ。



 ノアはあの魔法のスクロールを作ることができるヴィスコッティ家の人間で、ヴィンセントはその弟子。

 魔法使いとしてかなりの使い手だということはわかっていたのに……



「まんまと騙されたわ。ノア・ヴィスコッティ」

「お嬢様何をおっしゃっているのかが……」

 セバスが困った顔で否定する。

「あなたがセバスだというなら、そうねヴィンセント様に変身してごらんなさい。変身魔法の使い手は少ないもの。できなければ、あなたはセバスじゃない」

 私はそういって、じーっと見つめた。

「ふぅ……かしこまりました」

 ため息を一つつくとセバスの大柄な体が煙に包まれ、部屋に現われたのは、ノアの付き人ヴィンセントだった。



 あぁ……やはり。

 セバスは優秀な使い手であるが、彼は人から人じゃない生き物にはなれても、人から人にはなれない。

 人から人へと、人から人じゃないものへと両方の変身ができる人物などそれこそ、片手でたりるくらいしかいないだろう。



「一つ教えて差し上げます。変身魔法の使い手はとても少ないし、人から人じゃないものへ変身できる人物は人から人に変身できる人よりずっと少ないの。そして、身体の外見を変えるのと、身体を別の生き物にするのとは全くの別物で、その両方を使える人物なんてほぼいないの。優秀なことが裏目にでましたわね……ヴィスコッティ様」

 私がそう言うと。

 目の前に現れたヴィンセントは、長い溜息を一つついた後、両手を挙げた。

「降参だ。自信があったんだが……」

 そういうと、変身をといたのか、私の目の前には困った顔のノアが現れた。




 よもや猫に化けれるような人間がセバスの他にほいほい私の周りに現れるとは思っていなかった。

 きっと加護がなければ、私はその可能性を完全に除外していたと思う。

「それは、残念でございました。もう正体がばれましたから取り繕いませんが、私はこれでも売れっ子の占い師ですから。このように私の素顔をみるのはルール違反では?」

「それは、君が占いを当てたらの話だろう――――君は占いをはずした」

 約束は、私の占い結果が間違っていなければノアの勝ちとなる。

 私は、ノアは私に好意を持っていないと告げたのだ。

 でも、私が会話をして加護をみて結果を知った相手は、ノアではなく、ノアに化けたヴィンセントだった。

 ヴィンセントが私に好意を寄せていないことは事実だったとしても……

 私の占いが外れってことは……



「はぁ?」

 思わず真顔でノアを見つめた。

「明日には私は家に戻るよ」

 そう言いながら、ノアは表情を変えず、先ほどまで私が座っていた占い師の用の椅子に腰かけて、水晶玉をしげしげと眺める。



 だって、私の占いが外れということは、ノアが私に好意があるということになってしまう。

 おかしい数日前部屋でノアとヴィンセントの話を聞いたときは、はっきりとノアは言っていた。

『マクミラン姫君は私が姫君と婚約をするつもりがないのを知っていて』と。

 婚約をしないってことは好意がないということじゃないの?

 私の頭の中を沢山の? マークがぐるぐるとまわる。


「この水晶に魔力を込めると何か見えるのか?」

 ノアはマイペースにそういって水晶に触れる。

「ちょっとまって」

「すまない、大事な商売道具に……他人の魔力を注ぐのはやはり変な癖がついてしまうね」

 私がそういうと、ノアはすぐに水晶玉からぱっと両手を離してもう触らないよと言わんばかりの態度だけれど……

「そうじゃない」

「ふむ、ということは水晶は見せかけで、本当の占いのカギは――――この椅子に」

 ノアは素早く立ち上がると座っていた椅子を今度は眺め始める。


「私が言いたいことは」

「君の言いたいことは?」

 ノアは不思議そうに首をかしげる。

「あなた……私のことが好きなの?」

 失礼極まりないけれど、私はプルプルと震える手でノアを指してそう言った。

「そうだよ」

 ノアは間をおくことなくそういうと、私のところにすたすたと歩いて来て、指をさす手をマナーが悪いと言わんばかりにおろしてきた。


 加護を使ったことで、ノアの言葉が宙に浮かびあがる。

『そうだよ』ホント、ホント、ホント

 ウソでしょ……なんで、どうして。加護が言っていることは真実だ、ということは確かに賭けは私の負けなのだけど。

 どうして、なんで? 何があったの? 婚約者が決まるどころか、恋愛すらちっともしてなかった私に、奇人の考えなどわかるはずもない。

 ただわかることは、ノアの返事が真実だということだ。



 


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