第6話 才能の無駄遣い

 ノアは椅子から立ち上がると、迷うことなく部屋を退出しようとする。

「ちょっとお待ちください。ノア様どちらに?」

「この報告書が  使        から、自分で調べることにしたよ」

 口調は柔らかく、主の表情も穏やかな笑顔だが、完全にこの役立たずと言われたも同然でヴィンセントは下を向く。

「僭越ですが、ノア様」

「なんだ、ヴィンセント、他に何か有益な情報でも?」

「余裕があるようならスクロールを何枚か作成していただけないかと……その公爵様から伝言を預かっております。先日王都で辺境貴族の方々もお呼びになった盛大な仮面パーティーがあったせいで、転移スクロールの在庫がかなりなくなってしまったそうで……その」

「ヴィンセント」

 窘めるかのように自分の名前を呼ばれてヴィンセントの方がビクッとなる。それでも、公爵様から受けてしまった命を遂行しなければいけない。

 ヴィンセントはここで主の迫力に負けるわけにはいかないのだ。

「はい、なんでございましょう」

「お前を信頼して頼んだ、調査結果はこのザマ」

 主の口調が丁寧なものから砕けたものになる。

 ノアは部屋の入り口から引き返してくると、トントントンと規則正しく、テーブルの上で握りつぶされくしゃくしゃになった書類の傍を人差し指で規則正しいリズムで叩く。

「申し訳ありません」



「スクロールはお前でも、なんとか一日がんばれば1枚作ることはできるが。調査は数日お前に猶予をやったがこのザマ。どちらが私にしかできないことか、もうわかるな。連日任されていた仕事を見事私は仕上げた。でも、お前は私が望む答えを用意できなかった」

 主はルールは必ず守る。でもそれは相手もルールを守るからである。

 ルールを相手が守れなかった場合は、だましだましでそれでもゲームをやってくれるような人物ではない。


 普段は見目が麗しいだけに、ノアに対して残念な奇人と影でささやかれているが。

 ノアが譲り受けたのは、母譲りの美貌と祖父のちゃらんぽらんさと膨大な魔力量だけではない。

 怒ってる時に、こちらの退路を断ち、唯一の逃げ道しか選べないようにするしたたかな性格と話術はノアの父である今の公爵様そっくりである。

 ヴィンセントは、白紙のはがきサイズの用紙を一枚、そっとノアのテーブルから手に取るとノアの迫力にまけて部屋から下がった。



 ヴィンセントに今できることは、なんとか転移スクロールを一枚作成することだ。

 公爵様からの命はあったが、わが身のほうが大事に決まっている。



 その後、ノア自ら占いの館があったことを知らないか? と富裕層の庶民に聞き回ったのだ。

 しかし、ノアが聞いた人物の中に実は該当顧客はいたのだけれど。

 庶民にするとかなりの額を払い占い師に悩み相談をしていたのだ、だから絶対に口をわるはずもなかった。



 なんとしてでも、見つけ出す。

 そして、もう一勝負。

 今度こそ、本物じゃなければ当てれない質問を彼女にぶつけ真偽を明らかにする。


 そう、思って手当たり次第に動いてみるが手掛かりはちっとも得られない。

 運送業者ですら、とぼけてるのか、公爵家である私が聞きこみをしても口を割らないってことは、自分と同等もしくはそれ以上のバックがあるのか。

 ますますわからなくなる。

 相手は街の一介の占い師だぞ。

 もう一勝負挑む難易度がこれほど高いとは……



 すでに、更地になった建物跡地に何か手掛かりになる物はないかと必死にノアは足しげく通った。

 またも、始まった目に見えた息子の奇行に公爵は頭をかかえさせた。

「毎日毎日、そんなよくわからないことに時間を割くならば、作るのが難しいスクロールの作成のノルマを増やすぞ」

 そう言ったのだ。

 その瞬間ノアは、屋敷を飛び出した。


 ノアは怒ったから屋敷を飛び出したのではない……ひらめいたのだ。




 あの占い師の部屋の中は高価な家具や、高価な魔道具であふれていた。

 自分が払った金額を払うような客は他にいないだろうが、他の客からもそれなりの金額をとっているはず。

 となると、建物への出入りを見られるのを嫌うかもしれないし、彼女はスクロールを買う金があったかもしれないと望みをかけたのだ。



 ノアは奇人であったが、父である公爵がその才能の無駄遣いを惜しむほどの人物だった。

 息を切らせて、ノアは更地になってしまった、あの夜彼女とであった場所に目を凝らす。

 他の人にはわかるまい、でもノアにはわかる。



 スクロールは本人の魔力を用いて魔法を使うのではない、スクロールに込められた魔力を使う。

 その魔法が使えない人間が魔法を使うのだから、スクロールを破った途端、膨大な魔力がその場でスクロールからあふれ出るのだ。


 簡単な例えだと、本来であれば転移に使う魔力は10であればいいところ、100の魔力を用意して無理やり転移の魔法陣を魔法の構造を理解してない人物が使えるようにするのだ。

 こういうものは、スクロールは金貨1枚と割と高価なものだ。

 だから、購入者がスクロールを破ったけれど、発動しないってことになれば大変だ。

 だから大量に余剰魔力が詰め込まれるのだ。

 実際にスクロールを破り、転移を発動させるために、使われる魔力はその時その時で違うが、100すべて使い切らないと飛べないということはないはずなのだ。

 余剰魔力は転移の魔法陣には結局使用されない。自然と消え去るまでしばらく辺りを漂うのだ。

 自分で発動させる何倍もの魔力を込めるからこそ、作成が難儀で作れる枚数にも限りがある。

 ノアにしてみれば余剰魔力は無駄だと思っていたけれど、こんなところで万が一使えないと困るということで多めに魔力をスクロールに込められていたことが役に立ったのだ。



 あぁ、なんで気がつかなかったのだろう。

 もっと早く気がついていたら、どうかどうか……



 魔力の残留を探して、辺りを見渡したノアの目は、2階の有った部分にスクロールを使った時の残りの魔力の残留を見つけたのだ。


 ノアは天才だった。

 残された魔力にさらに自分の魔力を足して、無理やり転移の陣を残っているわずかな座標の残り香のようなものをつかって復元しようとしているのだ。

「ハァ!?」

 スクロールは本来、半日ほどかけてやっと1枚が作られる。

 にも関わらず、ものすごい速度で、新しく1からスクロールを作るどころか、一度使ったスクロールの復元が目の前で行われていく。

 屋敷を飛び出したノアの後ろを慌てて追いかけてきたヴィンセントが、主人の才能の無駄遣いに思わず声をあげる。

「集中が切れる。静かにしてくれ」

 何もない空中に金の糸が紡がれるかのように、本来であれば、スクロールの表にかかれる魔法陣が、空中に浮かびあがる。



「わかったぞ、転移先はマクミランだ!」

 複雑な陣が空中に浮かびあがると、主人は陣をみただけで座標がどこかまで絞り込めたようで声を張り上げた。

 ノアがそう言ったと同時に完成した転移の陣が発動するためより一層の光を放つ。

「ばっばっ」

 転移の陣を復元なんかしたら魔法が発動しちまうだろう、あんた馬鹿じゃないかとヴィンセントが言う暇もない。

 主においていかれては大変と慌ててノアの服をヴィンセントが掴んだ。

 金の糸が伸びてきて、術を発動させたノアとその服を慌てて掴んだヴィンセントを包む。

 今回はスクロールをつかった転移の陣ではない、転移の陣を使えるご本人が再度組み立てた本物だ。転移に30秒もラグはいらない。金の糸が術の者身体を包めばすぐに発動するのだ。



 マクミランの中心部で、転移の陣が現れたが、すぐに消えた。

 不発のスクロールかと辺りはざわついたが、それだけで終わった。

「マクミランにアタリをつけてもう一度調査をやり直すぞ」

 てっきり僻地であるマクミラン領まで飛ばされると思ったのに、ヴィンセントは先ほどの更地の前に立っていた。

「え? 転移は……」

「キャンセルした。うかつに私が行くと警戒されるだろう。なんとしても断れない形で次は合わないといけない」

 主の才能の無駄遣いを何度もこの目でみて、魔導師を目指すヴィンセントの心は今日も折れそうになる。


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