第12話
壁床天井前後左右
様々な方向から槍が飛び出して雪華晶を貫かんとする。
シャドウを仕留める為には前に進まなければならない。
刃と違い線ではなく点で攻撃してくる槍の回避は油断しなければどうにかなると雪華晶は考えていたが、すぐにその考えが甘いことを悟る。
「槍は木の枝じゃ無いっての!」
槍から槍が出現し、その槍からも槍が出る。
まるで木が枝分かれするかのように槍が分岐しながら襲ってくる。
「あっ」
長い袖が貫かれる。
槍が引く動作に右腕が引っ張られて、雪華晶はバランスを崩した。
「っ!?」
槍が目前へと迫る。
だが、次の瞬間に迫りくる槍は砕け散った。
「え?」
生命の危機に瀕して身体が勝手に動いたのか、雪華晶は無意識に左手に握っている鞘で槍を薙ぎ払ったのだ。
一瞬呆けたが直ぐに気を取り直して、右袖を引き千切って崩れた槍の檻から抜け出す。
全長20メートルの車内の攻防は二度目も雪華晶の逃げ切りで幕を閉じる。
「3両目、都市伝説の通りなら……」
『次はー挽き肉ー次はー挽き肉ー』
雪華晶の予想通りのアナウンスが流れる。
挽き肉と言うくらいなのだからこちらをミンチにするような攻撃を行う筈だ。
雪華晶は前の車両のように油断して一撃を貰わないように慎重に進む。
「……どういうつもり?」
真ん中まで歩いて来たが攻撃が始まらない。
雪華晶の疑問の声に答えるように車内に変化が訪れた。
ガン!
鈍い金属音を響かせて車両の入口と出口に空間を潰すかの如く、刃が無数に付いた巨大なローラーが出現した。
「……」
あまりの殺意の高さに雪華晶は思わず絶句する。
まるでミキサーを凶悪にしたような回転音を響かせながらローラーが前後から雪華晶を挟み込むようにゆっくりと迫って来た。
物凄く遅い。
「ふ……フフ……そんな亀みたいな速度じゃ簡単に突破されちゃうわよ?」
雪華晶は正面のローラーに恐れずに近付いて刀を振り上げる。
前回までの車両では車両の破壊は叶わなかったが、繰り出してくる武器の破壊には成功していた。
故に眼の前の迫りくる壁のような刃の付いたローラーも破壊可能な筈。
雪華晶はそう確信して刀を振った。
ギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!!
「!?」
圧倒的なまでの数の暴力。
高速で回転するローラーに付いた刃が雪華晶の刀をローラーに辿り着く前に削り取る。
「刀が……」
刀身の3分の1が刃先から削れた。
車内には雪華晶の刀だけでなく、ローラーの刃の残骸も散らばったところを見るに破壊出来ないと言う事は無いのだろう。
だが、雪華晶の刀が使えなくなる前に破壊できるかと言えば否である。
都市伝説でも3回目のアナウンスの先が語られた事はない。
そつまりこの先で助かった人物は居ないと言う事だ。
甲高いローラーの回転音の中に何かが雪華晶を嘲笑うような笑い声が聞こえる。
雑音が聞かせた幻聴なのか、あるいは奥に潜む者の声なのか。
「………」
考えろ。
この状況を打破する方法を……
「レインバレットみたいに遠距離攻撃が出来れば……」
雪華晶は最適解を口にするが、残念ながら雪華晶には遠距離攻撃を行う手段が無い。
鞘を投げる?
いや、破壊されるのがオチだ。
もう一度切ってみる?
食えないかき氷が出来るだけ。
殴ってみる?
自らミンチを志望する気か!
徐々に迫りくるプレッシャーに耐えながら雪華晶は思考を巡らすが、実現可能な良い案が浮かばない。
「魔法少女なのになんで魔法が使えないのよ!!……使えたわ」
雪華晶は自身に対する不満を口にして1つだけまだやってない事がある事を思い出す。
攻撃力が皆無に等しいので始めから選択肢の中に入れて居なかったのだ。
ガン!
雪華晶は左手にある鞘の先端を地面に付き立て、たった1つしか会得して無い魔法を使った。
「氷縛!!」
鞘の先端から地面を伝ってローラーに氷に絡み付く。
ローラーは硬い物を削るような異音を立てながら派手に氷の破片を散らす。
尚も雪華晶を挽き肉にするべく近付いてくるが、氷縛の影響を受けているのか少しづつ回転速度が落ちてきている。
「凍れ凍れ凍れ凍れ凍りつけぇええええ!!!」
雪華晶が叫びながら力を送り続け、凶悪なローラーの表面にどんどん氷が付着していくがまだ止まらない。
不規則な甲高い音が雪華晶へとさらに迫る。
「っ!」
ローラーはもう目と鼻の先。
雪華晶は目を瞑り身に迫る痛みを想像して身を竦ませる。
ギギギギ……ギギ……ギ……………
……………………………………
…………………
…………
…
「……………?」
いつまで経っても痛みが無い。
その事に気が付いた雪華晶は恐る恐る目を開ける。
一面氷に覆われたローラーが鼻先から数センチの場所で完全に静止していた。
「た、助かった……」
安堵して腰が抜けそうになるが、
「せい!」
雪華晶はローラーが再び動き出す前に刀で切り裂いた。
切り裂かれたローラーは沼に沈むかのように電車の床へと沈んで行く。
おかわりはない。
この車両は先程のローラーで力を使い果たしたのか沈黙を続けている。
「これで終わり?」
執拗なまでに追撃をしてきた前の車両との違いに戸惑っている雪華晶が見ている前で、奥の扉が勝手に開く。
まるで雪華晶を誘うかのように……
「……奥に来いって事ね」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
この電車の心臓部と思しきシャドウは奥に佇んでいる。
ここでシャドウを倒さねば助からない。
雪華晶は覚悟を決めて最後の車両へと足を踏み入れた。
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