モンキートレイン

第10話

 借りたアニメが意外と面白かった。

 充実感と激しい後悔を抱えて影人はデスクに向かう。


 その目の下には薄っすらと隈が出来ている。

 睡眠不足だ。

 変身してから見れば肉体的な睡眠不足にならなかったと気付いた時には後の祭りである。


「おっはよう!夏山くん!」


 バシンと背中を職場の先輩に叩かれる。


おはようございますパワハラで訴えますよ

「おう、目付きがやばいぞ。それになんか副音声みたいなもんが聞こえた気がする」


 どうやら寝不足のあまりに本音が少しだけ漏れてしまっていたようだ。


「それにしても元気ですね。こんな時期なのに」

「まぁな!なんてったって巫美琴《カンナギ ミコトことミコミコのライブに行ってきたからな!!」

「みこみこ?」

「知らないのか!!?」


 そう言えばこの先輩ドルオタだったなと影人は思い返していた。


「この前の金曜日の音楽番組に出てただろ!」


 金曜日の音楽番組?

 影人は遠い記憶の奥底からテレビの番組表の記憶を引っ張り出す。


 確か音楽番組のやってる時間帯はゴールデンタイム。


 家族がテレビの前で団欒しているという都市伝説的なアトモスフィアを醸し出してるアレな時間帯だ。


 無論、影人と眼の前の先輩はまだ仕事中の時間である。


「ゴールデンタイムに帰れてませんよね?」

「録画しとけよ常識だろ!」


 知らんがな。

 この時点で影人の精神的疲労を感じ始めて先輩を相手にするのが面倒になっていた。


「まぁ、でも仕方無い。常識のない後輩に常識を教えてやるのが先輩ってもんだ。常識のない夏山くんにはこれをやろう」


 そう言って職場の先輩が取り出して来たのはCDだった。

 半ば押し付けられように受け取った影人はそのパッケージを見詰めて違和感を覚える。


「先日発売されたミコミコのニューシングル、消失アトランティスだ」

「……どうして開封済みなんですか?」


 新品の用だが何故か開封してある。

 それにアイドルのファンと言うならば先日発売されたばかりのニューシングルを簡単に他人に渡す訳が無い。


 その2つが導き出す答えは……


「特典の為に何枚買ったんですか?」

「……」


 職場の先輩の保有枚数、残り25枚。


 ――――――――――――――――――――


 今日も今日とて終電ギリギリの便に乗る。

 去年の事を考えればあと一週間もすれば平常運転に戻る筈だ。


 年度末の地獄も終わる。


 影人は欠伸を噛み締めて、眠気を紛らわす為にスマホを弄る。


 かんなぎ みこと


 検索エンジンの予測に巫美琴と現れる。


「……」


 現在話題沸騰中のアイドル。


 その他にも色々書いてあるが、現在の影人の頭の中にはそれ以上の情報が入って来ない。

 頭の中の9割が眠気に占められている。


 そして、影人の頭がスマホの上に落ちた。


「うが」


 影人は弾かれた様に頭を上げて席を立つ。

 寝落ちは危険。

 今の時間帯で終点に辿り着いてしまったら、カプセルホテルかビジネスホテルに自腹で止まらねばならない。


 少なくとも立っていれば寝ることはない。


 影人はスマホをから顔を上げて車内の見渡す。

 終電間近とあって人の数は少ない。


 完全に熟睡してるおっさん、船を漕いでる若いOL、ギターケースを担いだ青年、何かブツブツ呟いてるおじいさん。


 深夜の車内は正しく魔境。

 少ない人数ながら様々な人間がいる。


 稀に見るからにヤバい目付きの人間が乗ることもあるが、そう言う奴と関わらない為に目を合わせないようにスマホを弄るか寝たフリをするのだ。


 触らぬ神に祟りなし。


 しかし、シャドウと言う存在を知った今はもしかすると何かしらの影響を受けた人間だったのでは無いかと思い始めた。


 何しろ東京では魔法少女の手が足りてない。


 駆除し切れなかったシャドウが多くいるのだ。


 影人は車内の窓から明かりの無い真っ暗な外の景色を眺める。

 こうやって日常生活を送っている間も他の魔法少女はシャドウを狩り続けている。

 ちょうど今くらいの時間帯が一般的な魔法少女が最も活発に活動してる時間帯だ。

 ハザマに入ればシャドウと戦っている魔法少女達の活躍が見れるだろう。


「……」


 影人はナビィから受け取った方のスマホを無意識に触る。

 ナビィからの連絡はまだ無い。

 あの黒毛玉型マスコット風の生命体モドキは影人をどうするつもりなのだろうか?


 まぁ、連絡があるまでは大人しくするつもりである。


「……?」


 窓の外を見続けてる内に影人は違和感を覚え始めた。

 外の景色は相変わらず真っ暗なのは変わらない。


 真っ暗?

 ここは都会だぞ?


 田舎のローカル路線じゃあるまいし、外に街灯の明かり1つ無いのは明らかにおかしい。


 トンネルの中?

 通勤路線上にトンネルなんて無かった筈だ。


 振り返ると車内から乗客の姿が消えていた。

 先程乗客の姿を確認してから駅には止まっていない。


 消えたのは周囲の人間ではない。

 消えたのは……影人自身。


「まさか!!」


 異変に気が付いた影人は急いで周囲を見渡す。

 なんの変哲も無い車内に僅かに立ち込める黒い煙。


 黒い煙はシャドウが纏う特有のもの。


『次はー………次はー………』


 無人の車内に生気を感じられない平坦な調子のアナウンスが流れる。


『次はー活け造りー次はー活け造りー』


 銀色の光を閃かせて、鋭い刃が哀れな獲物に襲い掛かる。

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