第8話

「先日は大変お世話になりました。私はこの度株式会社……ではなくて、魔法少女に就職しました新人魔法少女です。この度は――」

「え?あ、そ、そのそう言う堅苦しいのは無しにしない?ちょっと接し辛いと言うか……」

「じゃあ、普段通りにするわね」


 社会人じみた挨拶を繰り出してレインバレットを困惑させる影人を見て、黒毛玉はジト目でぼそっと呟いた。


「中身の年齢バレるよ」

「………うっさいわね。幅があるでしょ。幅が!」

「まぁ、ボクは別に良いけどね。さてと、この際だから魔法少女名も決めておこうか」

「……」


 遂に来たか。

 影人は若干嫌な顔をして黒毛玉を見詰める。


 人前で魔法少女の名を自身で付けるというのは、自身の趣味趣向をバラしてるようで何処と無く恥ずかしい。

 別の誰かが付けてくれるのなら余程酷くない限りは仕方無いで受け入れられると影人は考えているが……


「言っておくけどボクが決めたりはしないからね」


 世の中はそう甘くはない。

 恥は掻き捨て、頑張れ影人。


「じ、じゃあ……白雪シラユキ……」


 顔を少し赤くしながら魔法少女名を言う。


「ごめーん。その名前使われてるから別のにしてくれない?それにしても無難で可愛らしい名前だね」

「く、クソ毛玉!!」


 考え直しである。

 良く良く考えてみれば世界で8千人くらいいるので、無難な名前は既に使われていてもおかしくは無いのだ。


「ん?」


 下を向いた影人の目に入ったのは、自身の腰の帯に刺してある刀。

 透き通った氷で形成された無色透明の刃と自身の力の象徴とも言うべき雪の結晶のような鍔……


「ユキゲショウ……」

「ん?」

「雪!華!晶!雪華晶ユキゲショウ!!これで良いわよね!?」


 半ばヤケクソ気味に脳裏に浮かんだ名前を叫ぶ。

 流石に一般名詞の名前は無いだろうと思うが……


「うん、それなら問題無いね。じゃあ早速だけど……」


 シャドウを狩ってみようか?



 ――――――――――――――


 現在、影人もとい雪華晶の目の前には先日襲ってきたシャドウがいる。


 このシャドウはシャドウの中では最底辺に位置する存在で通称クリオネと言うらしい。

 名前の由来はクリオネの捕食行動みたいな攻撃をしてくるから。


 動きも遅く戦闘能力も低いそいつは、攻撃が通じるならば一般的な成人男性でも倒せると言われている。

 現実世界への影響力も極めて少なく、驚異度も極めて低い為かマジポギフトのポイントも最低の1ポイントしか貰えない。

 円換算で約1円。

 単体での旨味は非常に少ないのだ。


 しかし、クリオネは自身より強いシャドウに惹かれる習性があるため、大物を狙う目印にされるらしい。


 ちなみに先日倒したインベーダーのおかげなのか、雪華晶は500万ポイント程持っている。

 レインバレットと仲良く分け合ってそれなのだから、あのインベーダーはそれだけ驚異だったのだろう。


「キミなら一撃で倒せるよ」

「頑張れ雪華晶!」


 雪華晶は刀を抜き、切っ先を敵に向けて上段に構える。

 霞の構え。

 雪華晶がその構えをちゃんとした名前のある刀の構えだと知るのはもう少し先の話である。


「ッ!」


 雪華晶の気合と共に放たれた一撃で黒毛玉の言う通りシャドウはあっさりと切り裂かれてしまう。


「よーし!その調子で次も行ってみよう!今度は別の技で倒してね」


 まだまだザコシャドウは沢山いる。

 ゴキブリの如く現れるザコシャドウに向けて雪華晶は刀を振り下ろす。


「?」


 横一閃


「あの……」


 縦一閃


「別の……」


 斜め一閃


「技……」


 真ん中一突き


 尽く黒毛玉の言う事を無視して刀だけで攻撃する雪華晶を見て、レインバレットが黒毛玉に話し掛ける。


「ナビィ、実は嫌われてんじゃないの?」

「え?ナンデ?」


 ナビィって名前だったのか……

 そう思いながら雪華晶は次々現れるザコシャドウを全滅させる。


「ふぅ」


 一息吐いて雪華晶は刀を鞘へと戻す。

 もう、周辺にはシャドウの影はない。


「あのさ……色々強引に物事を進めちゃったのは謝るから、機嫌直してくれないかな?」


 納刀した雪華晶の背にナビィが話し掛ける。

 ゆっくりと振り返った雪華晶の顔は機嫌の悪そうなムスッとしたような表情では無く、何か困り事があるような苦い表情を浮かべていた。


 何も雪華晶は好きでナビィの指示を無視した訳ではない。


「あー……そ、某不器用ゆえ刀の振り方シカワカラヌ……みたいな?」

「……」


 ナビィが完全に沈黙した。


「そ、そんなポンポン新技が出る訳無いじゃない!アタシが使えるのってこの前の足止め技くらいよ!」

「……どういう事?」

「どういう事も何もそのままの意味よ」

「ナビィが言いたいのはそう言う意味じゃないと思う」


 困惑して何か思案しているナビィに変わってレインバレットが雪華晶に話し掛ける。


「魔法少女って色んな技を初めから使えるから、1つしか使えないなんて事は無いの」

「……キミは魔法少女としては異常な状態にあるって事だよ。もしかしたら、変身した直後に死にかけたのが魔法少女としての能力に何か悪さしてるのかもしれない」

「……つまり」


 雪華晶は1つの結論に辿り着いてしまった。


「アタシは魔法少女としてはクソ雑魚ナメクジって事ね……」

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