13-4
神代アタルと
少しは昨日の出来事が話題になるかと思われたが、妃織の相手が名前の知られていないアタルということもあり、噂話にもならなかった。
その代わりに、またしても妃織が幻獣を倒したという衝撃的なニュースが校内を駆け巡る。しかも今度は、小型ではなく中型の幻獣だったということも合わさり、いつにも増して生徒たちの注目を集めていた。
これで妃織のポイントは、累計で7500近くになっていた。対して、レイラはいまだにポイントはゼロ。差は絶望的なくらいに開きつつあった。
そして、あまりに一方的すぎる勝負は、逆に生徒たちの興を削ぎつつあった。
(……いや、流石におかしすぎるでしょ。四日連続で幻獣に遭遇し続けるなんて、いったいどんな確率だ?)
妃織のめざましい活躍に、当然ながらアタルのように疑問を持つ者もちらほら現れるようになる。判官びいきという言葉があるように、彼らはポイントのないレイラに同情し、次第に彼女の肩を持つようになった。
こうして、圧倒的に勝利の揺るがない妃織と、絶望的に不利でも諦めないレイラの二人を応援する声は日に日に増していく。そしてついには、彼女たちを支援する勢力は、学校を二分するほどの騒動へと拡大していくのだった。
『ご主人様、今日の放課後はどうするのです? また、幻獣を探しに街をぶらぶらしますか?』
携帯端末の中で、サポートAIの〝マナ〟がアタルに尋ねる。
今日はレイラや美幸と会う約束もないし、特に予定はなかった。だからこそ、アタルにはどうしても確かめたいことがあった。
「いや、今日は幻獣探しには行かないよ。だけど……もしかしたら、幻獣に遭遇することになるかもしれないけどね」
『どういうことですか?』
アタルの言うことを理解できないマナは、首を傾げる。そんな彼女を気にせずに、アタルが校舎の玄関から外に出ようとした時だった。
「待って、神代君!」
誰かに、アタルは呼び止められる。
だが、アタルは自分を呼び止める声に違和感を持った。それは、レイラや美幸ではない、聞き覚えのない男の声だったからだった。
クラスには当たり前だが、アタル以外にも男子生徒はいる。だが基本的に自分から話しかけることのないアタルは、誰からも相手にされない。もちろん、誰かに呼び止められる理由もない。
(いったい、誰だろう?)
それでも、自分を呼ぶのだから無視するわけにもいかず、アタルは立ち止まって、後ろを振り返った。
……そこにいたのはやはり、見覚えのない男子生徒だった。ただ、目の前の彼がしているネクタイがアタルと同じ色であることから、かろうじて同じ学年ということだけは分かる。
身長はアタルよりも少し高く、目尻がすこし下がり気味な丸目と、落ち着いた髪型が特徴的だった。見た目からして大人しそうで、温厚な性格の持ち主のような印象をアタルは抱いた。
向こうは自分のことを知っているようだが、全く記憶にないアタルは困惑する。そんなアタルの心中を相手も察したようで、慌てた様子で自己紹介をし始める。
「あっ、そ、その……ごめん、いきなり話しかけちゃって。俺は、Cクラスの
それを聞いたアタルは一気に警戒の色を強める。
加賀美達臣の声のトーンは、昨日聞いた正体不明の人物のそれと似ていた。しかも、わざわざアタルに話しかけるほどのこととすれば、昨日のこと以外考えられなかった。
「僕に聞きたいことって?」
「君は昨日の試合で、分島さんに弾を当てないように、わざと外していた。違うかい?」
どうやら目の前にいるのは、昨日の模擬戦で、アタルが本気を出していないことを見抜いた人物に間違いなかった。
(どういう根拠でそう思ったのか聞き出したいところだけど、変な噂を立てられたら厄介だ。とりあえず、お茶を濁しておくか)
そうと決まれば、アタルは思考をフル回転で巡らせ始めた。
「そんなわけないじゃないか。君も分島妃織の素早さを見ていたならわかるだろう? あんな速度で動き回られたら、どれだけ頑張っても狙いのつけようがないよ」
「でも、君の手元と視線は常に分島さんの姿を追っていた。普通の人だったら、視線と銃口がいろんなところをフラフラして、混乱するはずなのに」
(僕の動きをよく見ているな。あの場にいた全員の注目は分島妃織にしかいっていないと思っていたけど……、迂闊だったな)
達臣の観察眼の鋭さに、アタルは舌を巻いた。
「ただの偶然だよ。それに……」
アタルが言葉を続けようとした時だった。たまたま視界の端に現れた、明るい茶色のサイドポニーの少女を無意識に目で追っていた。
「悪いけど、大事な用事がこのあとあるんだ。話ならまた明日にしてくれないかな」
「えっ? あっ、ちょっ――」
達臣との会話を強引に打ち切ったアタルは、急いでその少女の背中を追い始めた。連日幻獣に遭遇し続ける少女、分島妃織の正体を確かめるために、アタルは彼女を尾行することにしたのだった。
もちろん、女子生徒を尾行するというストーカーまがいの行為がバレれば、タダでは済まないだろう。だが、この状況下なら、多少のことは偵察だったと言えば何とか逃げ切れるかも知れない。
リスクとリターンのつり合いから、アタルは思い切った行動に出ることにした。ただし、不運にも想定外の荷物を背負うことになったことをアタルは思い知らされる。
「待ってよ、神代君!!」
アタルは舌打ちする。それは引き下がらずに、自分の背中を追ってくる達臣に向けたものだった。
今はとにかく、妃織の尾行に集中したい。達臣がどんな目的をもっているのか分からないが、自分の行動の邪魔をされるのをアタルは嫌がった。
「まだ僕に用が? さっきも言ったけど、大事な用事があるんだ。今は君に構ってられないよ」
「大事な用事って何さ」
「どうしてプライベートなことを、会ったばかりの君にいちいち話さなきゃいけないんだ。今は急いで――」
そう言いかけるアタルだったが、いつの間にか視界から妃織の姿が消えていることに気が付いた。マズいと思ったアタルはすぐさま校門から飛び出して、あたりを見回す。幸いにも、妃織はすぐに見つけることができた。
だが、先ほどの行為は、アタルにくっ付いてきた達臣にあらぬ誤解を生じさせることになってしまった。
「神代君、君の大事な用事って……、まさか分島さんへのストーキング……?」
「違うに決まってるだろ!」
「でも、さっきから分島さんを追いかけてるようにしか見えないよ」
(さっきから何なんだ、こいつは?)
何度も追い払っているにもかかわらず、いまだに離れない達臣にさすがのアタルもイライラし始める。とはいえ、ここで足を止めたらまた妃織を見失ってしまうかもしれない。
ここで押し問答をしていても仕方ない、と冷静に判断したアタルは、苛立ちを押し殺して達臣にひとつの提案をする。
「なあ、君は疑問に思わないのか? 四日連続で幻獣に遭遇する彼女のことを」
「それは、そうだけど……。でも、いくら何でも尾行はマズいよ」
「僕は彼女を
真剣な表情でアタルは言い放つと、再び達臣に背を向ける。
ものを言わせぬアタルの雰囲気に達臣は
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………なんで、僕の後をつけてくるんだ」
何も言わず、ぴったりと一歩下がって歩く達臣に、アタルは尋ねる。
「君と同じ理由で、俺も幻獣が現れる原因が知りたいんだ。それに、君に他意がないか見張っておきたいし」
もはや、それ以上何かを言う気力をアタルは持ち合わせていなかった。その代わりに、大きくため息をつく。達臣のあまりの頑固さに、アタルが譲歩する形となった。
「好きにすればいい。でも、僕の邪魔をするのだけは、勘弁してくれ」
「うん、分かった」
面倒そうな人物に目をつけられたことに、アタルは心底うんざりする。
昨日の妃織もそうだが、高校に入学してから、どうもクセの強い人物ばかりが自分に近づいてくるような気がする。
中学のころは周りを気にすることなく、普通に暮らしているだけで注目されることなどなかった。ゆえにたいそう気楽に過ごすことができたが、今となっては周りをいちいち気にしないといけない。……なんとも窮屈な学生生活だ。
そんなわが身を
××
分島妃織に対する尾行は、今のところ、特に問題なく順調に進んでいた。
彼女は学校を出るとそのまま地下鉄に乗り、渋谷へと向かっていった。そして、渋谷に着くと、今度は別の路線へと乗り換えをしようとしていた。アタルにとっては何も問題がないように思えたが、背後の達臣が何か気づいたようだった。
「あれ? そっちの電車は……」
「何か問題が?」
「えっと、いま乗ろうとしている電車は、分島さんの通学経路じゃない。むしろ家からどんどん遠ざかっていく方面に向かってる。」
(怪しいな――)
アタルの直感が鋭く反応する。
まっすぐ家に帰らないということは、何か目的があって、移動していることになる。おそらく、幻獣を探しに行くのであろうが、果たしてそう都合よく幻獣が彼女の目の前に現れるものだろうか。
いろいろ思うことはあるが、妃織がいる隣の車両にとりあえずアタルと達臣は乗る。その間、妃織はひたすら携帯端末を見つめていた。そのおかげもあって、いままでアタルと達臣の存在に気が付くことはなかった。
妃織とアタルたちを乗せた列車は、どんどん東京から遠ざかっていく。その間、アタルと達臣の間にこれといった会話はなかった。アタルは妃織の動向を見張るのに集中していたため、達臣が話しかけても気が付かなかったということも度々あったりもしたが。
そうして電車に乗ってから、およそ一時間が経過していた。電車はすでに終点に到着し、改札口に向かう妃織から十メートルほど離れて、アタルたちは尾行を再開していた。
「そういえば、電車に乗る前に分島さんは家から離れてるって言ってたね。だったら彼女がどこに住んでいるか、君は知ってるのか?」
「まあ、詳しいことまでは知らないけど、横浜にある全国でも屈指の高級住宅地に住んでいるらしいよ」
「さすがは、大企業の創業者のお嬢様だ。きっと僕のような庶民とは違って、さぞ広いお屋敷に住んでいるんだろう。うらやましい限りだね」
「……そうとも限らないよ」
何やら意味深なセリフであるが、特にアタルは気にしなかった。
真夏のうだるような熱気の中、妃織は迷うことなく道を進んでいた。彼女の足取りはしっかりとしていて、特に迷う様子もないことから、すでに目的地は定まっているのだろう。問題はどこに向かい、何をしようとしているかだった。
やがて妃織は、とある施設の中へと入っていく。そんな彼女を追うアタルたちは、施設の入り口に立てられた看板を見て、互いに顔を見合わせた。
「分島カントリークラブ……。それってつまり、ゴルフ場?」
広々とした敷地に、青々とした芝生に覆われたフェアウェイが遠くまで続いている。その広大な景色から、ここが都市圏の中にある施設であることを忘れさせるほどにのどかな場所であった。
予想だにしない結果に、アタルは肩を落とした。
うまくいけば、分島妃織の秘密を探れるかも知れないと思ったが、どうやらアテが外れたようだ。
「どうやら、とんだ無駄足だったみたいだ。まさか、彼女の趣味がゴルフなんて思いもよらなかったよ。……にしても、彼女の会社はすごいね。こんな都市部のど真ん中にゴルフ場を持ってるなんて」
額から噴き出す汗を拭いながら、アタルはWFAグループのスケールの大きさに呆気にとられていた。
だが、対照的に隣にいる達臣の表情は曇っていた。それどころか、どこか不安を抱えているようにも見えた。
「おかしい……。分島さん、虫が嫌いだから、ゴルフ場みたいな場所に絶対に近づかない人なのに……」
「え? ゴルフが趣味なんじゃないの?」
ため息をつきながら引き返そうとしていたアタルは足を止める。
彼女が普段から近寄らない場所であれば、話は別だ。薄れていた直感が再び反応し始めた。
「だったら、中に入って確認してみるしかないな」
「でも、用もないのに勝手に入ればきっと追い返されちゃうよ」
「そんなに心配することもないさ。もし、ゴルフウェアを来た彼女がいれば、僕たちはこのまま、180度方向転換して帰ることができる。だけど――」
「もし、そうじゃなかったら……?」
アタルは無言で、カバンの中にしまっていたものを取り出した。
それは、肉抜きされた
幻災が発生するところに、幻闘士が駆けつけるのは当たり前のことだ。これなら、何の法的責任も問われることはない。
アタルの言いたいことを察したようで、達臣の顔もみるみるうち強張り始めた。
「君も戦闘科の生徒だろ。念のため、武器を準備しておいたほうがいい。せめて、自分の身は自分で守るんだ」
「それなんだけど――」
煮え切らない態度の達臣が何かを言おうとしていていたが、彼の声は突然鳴り響いた警告音にかき消される。
その警告アラームを、アタルは何度も聞いた。そして、その後に起こるのは、平和とは遠くかけ離れた災いがやって来ることも知っている。
『〝
携帯端末の中のマナが大音量で幻災の発生を告げる。
同時に、画面の中に表示されたマップには、赤い点で幻災が発生した地点がマーキングされている。場所はもちろん……、分島カントリークラブ内だ。
(やっぱり、なにか裏があるとしか思えないな)
「ど、どうしよう。神代君……」
情けない表情の達臣は指示を乞うが、アタルの頭の中でやることは決まっていた。
「幻闘士なんだから、どうするばいいのかなんて決まってる。それに、分島さんを一人にして、万が一のこともあったら困るだろ!」
達臣を叱りつけるように言って、アタルは幻災が発生したゴルフ場の中へと走り出した。
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