神界再編

第89話 自ら地獄に舞い戻り、そのまま地獄に落とされる


 『執務中につき巫女の立ち入りを禁ず。特にシムカとシムナ、わかってるよね!?』



 勇国との終戦協議を終わらせてミカ・ヴァスに戻った私は、執務室入り口に立て看板を立て、自ら書類地獄へと身を投じた。


 全てはシムナとシムカという侵略者から逃れる為。


 全力再生を始めてから三日経ち、ようやっと括約筋の断裂と緩みを修復できた。歩行に若干の支障が出ているものの、二日も静養すれば身体構造を最適化し直し元に戻り、今まで通りの生活に戻れる。


 そう、戻れる。


 戻ってしまう。


 あの二人の毒牙が私の尻穴を狙い、正面から、横から、後ろから、木陰から、直上から、音もなく姿もなく気付く暇すらもなく襲い来る恐怖の日々に。



「しなずち様。率先して仕事をして頂けるのは嬉しいんですが、私達に交代勤務を強いて一人でいる事を回避するのはやめてください。仕事が進み過ぎて、まだ昼なのにもうやる事がありません」


「そんなはずないよ、アラタッ! 三日前に王都に向かう前はあんなに残ってたのに、戻ってきた後の一日と少しで終わるわけがない! 町長だからって隠してると為にならないよ!?」


「隠してなんていませんって。ただ、やけに巫女の皆さんが協力的で、現場の仕事がすごい勢いで終わっていったとの報告があります。愛されてるって事ですから、さっさと出てって貪られれば良いんですよ、この淫乱蛇」


「小指の第一関節も入れられた事がないからそんな事が言えるんだよ! あのゾワッと来る感覚に気持ち良いかもって思ったら最後、一本が三本になって四本を通り越して手首まで入ってるんだよ!? 嫌って二回目を言う前に女の子みたいな声を出させられて、『イヒィッ!』とか『あふぇぇええええっ!』とか言わされて…………もうお婿にいけないぃぃぃ…………」


「嫁を貰えば良いと思います。では、私は現場の視察をして直帰しますから、あとはお一人で頑張ってください。他の皆も帰しましたので、明日の朝までなら誰か連れ込んでも邪魔は入りません。ごゆっくり」



 踵を返す九尾の白狐を、私は裾を触手で掴んで引き留めた。


 上目遣いの涙目で縋り、「気色悪い」と唾棄されて振り払われる。恋人との仲を夫婦に昇格させてあげた恩を忘れてしまったのか。ぐちゃぐちゃになった死体を見る様な蔑みを向けられて、とてもとても悲しい気持ちにさせられた。


 君の何が、私にそんな感情を向けさせるのか?


 反乱を起こそうとしたけど命を助けて町長にして、恋人と片想いされていた娘二人を娶らせてあげて、来月くらいにはご懐妊の報告を貰えるよう仕込んであげて――――私はそんなに悪い事をしたのだろうか?


 メインディッシュの後に食べる丼物も美味しかったでしょ?



「おにいたん、たすけて……」


「エハの真似ですか? そんな事をやってるから自分の首を絞めるんですよ? 窓の外でシムナ様が聞き耳を立ててます。『おねえたん』とか言わせられますよ、きっと」


「アラタ、どうにかして! 不老不死の秘薬でも何でもいくらでも用意するから! 何だったらパパって呼んであげるから!」


「ド淫乱なショタ蛇の子供なんていりません。シムナ様っ! 私はもう行きますので、後はごゆっくり! 立て看板も片付けておきます!」


「嫌っ! やめてっ! 誰か、誰か助けて! 犯される!」



 部屋の外を触手が這い始め、徐々に隙間が無くなっていくのを熱感知で感じ取る。


 アラタが立て看板を外したら、ありとあらゆる隙間から侵入してくる筈だ。そうしたら最後、眷属の力で私の身体は人型に固定され、抵抗もままならず前と後ろを蹂躙される。


 カラとカルの二人も、興味深そうに私の尻を見ていた。


 きっと全員でかかって来るに違いない。


 今度こそ自我と理性を保てず、圧倒的な快楽に魂と脳細胞を焼き切られるのだ。廃人となってバター犬のように扱われ、来る日も来る日もお腹を晒して踏み躙られる生活を送る羽目になる。


 何か手はないか?



『――――』


「っ!?」



 シハイノツルギが、体の中で甲高い音を鳴らした。


 自分と何かをぶつけて、存在を知らせている。しかし、私の中にある私以外は旅費用の硬貨が主で、シハイノツルギなら簡単に斬り裂いてしまう筈。


 他には何が――――!?



「魔神封印!」



 音源の辺りを弄って、封印のナイフと鍵を取り出す。


 琥人の言った事を鵜呑みにするなら、この鍵で封印の中に入れる。一時的とはいえ姿を隠せ、態勢を立て直す余裕を持てるかもしれない。


 アラタがドアに手をかけ、押し開けようと力を込めている。


 もう時間がない。私は鍵をナイフの柄部分に差し、躊躇せずに一周回した。


 鍵穴なんてないにもかかわらず、鍵は鍵としての機能を当たり前のようにこなして見せる。三百五十五度の辺りで僅かな抵抗に当たり、勢いに任せて残りの五度を回し切ると真白な布が鍵から伸びて私を包む。


 自由落下に似た引き込まれる感覚に若干の不安を抱くが、今迫る恐怖に比べればずっとマシだ。


 私はされるがままに委ね、少しでもマシな状況に逃れられることを願って目を閉じた。

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